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目に見えない「動き」を可視化し新たなカルチャーを創造する—「うごきのカタチ – Shape of Motion」展覧会レポート

誰でも手軽に動画やSNSを楽しめるようになった今日。スマートフォンでアプリケーションやウェブサイトを開くと、多くの動画が流れてきます。また、SNSの「いいね」ボタンにもモーションが付いているなど、動きのあるデザインに日常的に触れるようになりました。

こういった「動きのあるデザイン」に親しんではいるものの、「なぜこの動きが心地良く感じられるのか」を意識することは少ないのではないでしょうか。

そんな「動きそのもの」にフォーカスした展覧会「うごきのカタチ – Shape of Motion」が、東京の青山にあるギャラリーANewFaceで、2025年3月21日(金)まで開催中です。

この展覧会は、モーショングラフィックデザインを手掛けるデザインスタジオ「EDP graphic works Co.,Ltd」(以下、EDP)が企画制作を行いました。パイプを上下に移動する黒い球体を展示し、目に見えない「動き」を物体で表現することを試みています。

この記事では、展覧会の見どころを解説するとともに、EDPが目指す「モーショングラフィックデザインをアート、そしてカルチャーへと進化させる」挑戦をご紹介します。

(トップ画像クレジット:@EDP graphic works.Ltd.)

「うごきのカタチ – Shape of Motion」展覧会レポート

「うごきのカタチ – Shape of Motion」展示風景

外の光が差し込む明るい空間に設置された12個の黒い球体。それぞれが異なる動き方をしており、まるで意志を持つ生き物かのように感じられます。

上下に移動する球体は、高速で動くものもあれば、ゆっくりと上昇するものもあります。よく観察すると、球体はランダムに作動しているのではなく、1個ずつ決まった動きをくり返していることが分かりました。

すべての球体が連動して上下運動をくり返す特別なモーション(画像クレジット:@EDP graphic works.Ltd.)

また、一定の時間が経過すると、すべての球体が連動する特別なモーションも楽しめます。球体が一斉に同じ速度で上下運動をくり返したり、波を表現したりと、ダイナミックな動きが展開されます。

特に、波のモーションは、12個の球体で表しているとは思えないほど迫力があり、目の前に海が広がっているかのようでした。

「うごきのカタチ – Shape of Motion」フライヤー(左)とハンドアウト(右)

会場で配布されたハンドアウトには、「等速での往復運動」「重い物体がバウンドする動き」など、それぞれのモーションについて簡単な説明が添えられています。同じ動きをくり返す作品に加えて、「下方からの風によって浮かぶ物体の動き」といった、自然現象のランダムなモーションを表す作品もありました。

しばらく作品を眺めていると、動きに対する意識が研ぎ澄まされていきます。最初は特徴的なモーションに注目していましたが、観察するうちに、「勢いよく上った後一時停止し、緩やかに降りてくる」など、細かい部分にまで気づけるようになりました。

いつも何気なく眺めているモーションが、速度や重力など様々な要素で成り立っているのだと実感できる展覧会です。

感情に働きかける「動き」のデザイン

「うごきのカタチ – Shape of Motion」展覧会入り口(画像クレジット:@EDP graphic works.Ltd.)

今回、展覧会を企画制作したアーティストの方々にお話を伺うことができました。

EDPの代表取締役社長・加藤貴大さんと、ディレクターを務める遠藤良太さん、今回の展示をサポートする寺西藍子さんに、取り組みの背景をお伺いしました。

加藤さんと遠藤さんは、モーショングラフィックデザイナーとして、動きのあるデザインを日々制作されています。

モーショングラフィックスと聞くと、CGアニメーションやイラストが動く映像を思い浮かべます。実は、アプリケーションのボタンやウェブサイトを表示した時のアニメーションなどもモーショングラフィックスの要素があり、私たちは身近なところで触れているのです。

彼らに聞いて興味深かったのは、「SNSのLikeのボタンは、ユーザーがタップした感覚になるよう動きがデザインされている」という話です。

もしハートマークが一定の速度で上昇するだけだったら、鈍さを感じてしまい、きっと気分が乗らないでしょう。ユーザーが軽くタップする動作に連動し、ハートマークが弾むように動くからこそ、感情に働きかけることができます。

動きは目に見えないため、視覚的な要素と組み合わさり、初めて形になります。そのため、ビジュアルの印象や映像のストーリーに意識が向きがちで、動きだけを認識するのは簡単ではないかもしれません。しかし、映像を見た時に、「爽快感がある」「軽快で明るい気持ちになる」など感情を揺さぶられるのは、どのような動きをしているかに深く関係しています。

「うごきのカタチ – Shape of Motion」では、動きのみを抽出して作品化することで、それぞれの球体を見てどのように感じるか、鑑賞者が自ら分析できるのです。

「SNSのLikeボタンに近いのはあの動きかもしれない」など、身近なデザインの動きを考察すると、よりモーショングラフィックデザインへの理解が深まるでしょう。

デジタルを実体化させる試み

様々な動きを表現する球体(画像クレジット:@EDP graphic works.Ltd.)

企画制作メンバーが「うごきのカタチ – Shape of Motion」を企画した背景には、動きの価値を見出すというコンセプトがありました。

加藤さんは、「パソコン上で制作したコンピューターグラフィックスを物体に落とし込むと、動き自体を認識できるのではないかと考えました」と話します。
そして、メンバーでアイデアを出し合った結果、視覚的なデザインと結びついている動きを分解して可視化し、1個の球体でシンプルに表現するという作品が生まれました。

シンプルさを追求した理由として、「初めて触れる人にも分かりやすくしたい」という思いがあったそうです。

当初は球体の動作を100種類も考えていましたが、「複雑にすると、パッと見て理解するのが難しいのではないかと感じ、基本的な動きに絞り込みました」と加藤さん。最終的に、緩急、バウンド、ジャンプという3つの動きで展示を構成することが決定しました。また、解釈に余地を持たせるため、虫の動きや風の流れなど、自然現象を再現する作品も制作したとのこと。

普段はデジタルで様々な動きをデザインしているEDPのメンバーですが、物体に落とし込む時に多くの気づきがあったと言います。遠藤さんも、「デジタルの世界では速度を無限に上げられますが、物体として表現するには、マシンが耐えられる速さを探る必要がありました」と話していました。

あまりにも速すぎると、パイプから球体が抜けてしまうため、どのくらいの速度に設定するか調整を重ねたそうです。

また、パイプと球体が取り付けられたマシンは、エンジニアリングを手がけるnomena社が開発を担当し、EDPのメンバーと対話しながら制作が進められました。0.1秒間に球体をどのくらいの速度で移動させられるかを検証するなど、マシンで表現する方法を考えました。

「実体があるからこそ条件が生まれると実感し、デジタルでの制作とは異なる気づきを得られました」と遠藤さんは振り返っていました。

カルチャーとしての「動き」の可能性

ANewFaceの外観

EDPは、20年以上にわたってモーショングラフィックデザインを手がけ、人々の生活を見つめながら制作してきました。

その中で、EDPが目指すのは、動きのあるデザインを作ることに留まらず、動きそのものをデザインすることだと考えたそうです。そこで、グラフィックのフィールドから飛び出し、人々の営みにさらに目を向け、今回の展覧会を企画しました。

「うごきのカタチ – Shape of Motion」のウェブサイトには、「モーションがアート、そしてカルチャーへと進化する一助になれば幸いです」と、メンバーの思いが綴られています。

動きを作品として表現し、アートとして楽しめることを提案した本展。2024年11月にパリのギャラリーで初めて展示した際は、1週間で700人以上も来場したそうです。ギャラリーの前を通りかかった大学の先生が興味を持ち、学生たちを連れてやって来たり、子どもたちも見に来たりと、様々な世代の人に好評だったと言います。

現地で来場者と対話していた寺西さんは、ある子どもが口にした感想が面白かったと振り返ります。「重い物体がバウンドする動きを見て、『重いんじゃなくて、怠惰だから上がって来ないんだよ』と言ったんです。とても面白い感性だと思いました」。それもあり、「モーションを見て、自分がどう感じるかを大事にしてもらえたら嬉しいです」と語っていました。

加藤さんは、パリの人たちが「この展覧会が好き」と言ってくれたのは、考える余白があるからではないかと考察します。
「モーションがどんなものかを提示するのではなく、鑑賞者が自由に考える余白があるというのは、アート作品ならでは」だとも。

普段は見過ごしがちな動きに注目し、アートとして楽しめる場を創出した本展。日本でも多くの人が来場し、動きに対してどのような感情を抱いたのか、活発な対話が生まれることでしょう。

まとめ

目に見えないモーションを物体に落とし込み、アートやカルチャーとして「動き」を楽しめることを提案した「うごきのカタチ – Shape of Motion」。

「多くの人が音楽に親しむように、モーショングラフィックデザインも、気軽に楽しめるカルチャーだと思っていただきたい」
「『この音楽いいよね』と話す感覚で、『この動きが好き』『気持ちが良い動きだね』などと楽しめたらいいなと思っています」

と、アーティストそれぞれが思いを語りました。

日常的に触れているからこそ、意識からこぼれてしまう動きを可視化することで、モーショングラフィックデザインの新たな楽しみ方を提示したEDP。動きに注目する彼らが制作したデザインは、EDPのウェブサイトで閲覧できますので、アクセスしてみてください。

また、SNSのボタンの動きやアプリケーションのアニメーションを観察し、どのような感情が生まれたのかを考えてみると、モーショングラフィックデザインへの関心がさらに深まるでしょう。

人々が動きのデザインを楽しみ、気軽に語り合える未来へと進んでいくEDPの作品を、ギャラリーANewFaceで実際に体験してみてくださいね。

※取材協力:加藤貴大様、遠藤良太様、寺西藍子様

《展覧会情報》
展覧会名称:「うごきのカタチ – Shape of Motion」
企画制作:EDP graphic works Co.,Ltd.
制作協力:nomena
期間:2025年3月8日(土)〜3月21日(金)
開場:11:00〜19:00
場所:ANewFace(東京都渋谷区神宮前3-1-14 LE REVE 1F)
参加アーティスト:稲田開、伊良皆貴大、内田理穂、遠藤良太、奥田祥生、加藤貴大、小池紅子、佐藤広基
展示URL:https://ugokinokatachi-tokyo.studio.site
入場:無料

《EDP graphic works》
EDP graphic worksはブランディング、CI、広告、映画、ドラマ、ミュージックビデオなどのモーショングラフィックデザインを手掛けるデザインスタジオです。モーショングラフィックデザイン、アートディレクション、グラフィックデザインなどのデザイン開発を中心に、社員のアーティスト活動なども応援しています。
https://www.edp.jp/

文/浜田夏実
アートと文化のライター。武蔵野美術大学 造形学部 芸術文化学科卒業。行政の文化事業を担う組織でバックオフィス業務を担当した後、フリーランスとして独立。「東京芸術祭」の事務局スタッフや文化事業の広報、アーティストのサポートを行う。2024年にライターの活動をスタートし、アーティストへのインタビューや展覧会の取材などを行っている。
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