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Adobe Premiere Proでいろんなテロップデザイン/Adobeであそぼ!#09

映像編集ソフトといえば Adobe Premiere Pro(プレミアプロ) デザイナーからSNS系の動画クリエイターまで広く使われていますね。 わかりやすい、伝わりやすい映像をつくるためには「テロップ(文字)」ってほんとうに大事。 しかもその場のテンションやニュアンスを演出するためにはそのテロップのデザインをこだわりたいですね。 Premiere Proのテロップのデザインはここ数年で様変わりしました。 2021年5月のアップデートで「グラデーション」が使用可能になり、2022年6月のアップデートで「線(ストローク)」と「影(シャドウ)」にもグラデーションが使用可能になったんです。 (以前までテロップデザインを支えてきた「レガシータイトル」は2023アップデートで廃止に) ということでPremiere Proで表現できるテロップデザインを勉強がてら作ってみました。   まずは前提として、テロップのデザインで設定できるポイントは、 ①文字の塗り ②文字の境界線 ③文字の背景 ④文字のシャドウ の4つ。   グラデーション+黒・白フチ 文字の「塗り」にグラデーションを設定して、「境界線」を2本、細めの黒のつぎに太めの白、「シャドウ」もうっすら。 アピアランスのレンチマークを開き「線の結合」を「ラウンド結合」にすることも忘れずに。 グラデーションはこんな設定。   シャドウをボカシ「0」で2つ 2つのシャドウは反対方向にずらす。   境界線にも細かめなグラデーション 塗りのグラデーションがこちらで、 境界線のグラデーションがこちら。 境界線のグラデは細かめにハイライトを配置すると良い気がする。   塗りのグラデ間隔を短くして45度ななめに グラデーションの色の間隔を短くして、「Angle」を45°に設定。   シャドウのボカシ「0」をずらして3つ   塗りグラデにカラフルなレインボーを配色   境界線のグラデは暗めに設定 文字の塗りのグラデはこんな感じで、 境界線のグラデは暗めに設定して、塗りの色とのコントラストに気を付ける。     ということでいかがでしたでしょうか。 7種類のテロップデザインの設定をご紹介してみました。 「塗り」だけじゃなく「線」や「シャドウ」にグラデーションを配色できるようになってくれたことで表現の幅がぐっと広がりましたね。 まだまだテロップデザイン工夫していくとユニークな表現が出来そう! Premiere Proで映像編集をする際に、ぜひ文字のアピアランスで工夫してみてください♫   文:PicoN!編集部 横山

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デザイン

マンガ連載~第14話~ クリエイティブな就活あるある

こんにちは!専門学校日本デザイナー学院(以下、NDS)講師の藤田岳生先生によるマンガ連載です! 第13話では「デザイン学校の文化祭!?」をお届けしました。クリエイティブな学校ならではの作品を一気に見ることができる貴重なお祭りでした。たくさんの学校で開催されているので興味のある場所に行ってみてくださいね! 前回のお話↓[clink url="https://picon.fun/comic/20221031/"] 第14話となる今回は「クリエイティブな就活あるある」です。デザインやイラストの就職活動ではポートフォリオと呼ばれる自分の作品集が必須になったり、用意するものがたくさんあります。どんな活動をしているのか覗いていきますよ! いかがでしたでしょうか?会社が決まってからもデザインやイラストに関する課題が出たり、または面接中にその場で課題が出されたりすることもあります。常日頃からイメージトレーニングをして心掛けておくことが大切ですね! それでは次回もお楽しみに! 作・藤田岳生先生 マンガ・イラスト関係の専門学校を卒業後、マンガ作家のアシスタント業に就く。さまざまな作家さんの現場を渡り歩き、経験を積む。その後、イタリアのマンガ学校「LUCCA MANGA SCHOOL」の目に留まり、24歳での短期単身渡伊をはじめとして、幾度か現地の方を対象としたレッスンを行う。Web系など絵を描き始める方に向けての指導をはじめ多方面で活躍中。 NDSのマンガ科を詳しく知りたい人はこちら [clink url="https://picon.fun/information/20220421_app/"]

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マンガ

飯塚明夫アフリカフォトルポルタージュ《ニャーマ》 Living For Tomorrow:明日へ繋ぐ命 #5

アフリカ大陸には54ヵ国、約12億人の人々が暮らす。ライフワークとして約30年間、この大陸の人々の暮らしと文化、自然を取材し実感したことがある。それは「彼らに明日は約束されていない」ということだ。 アフリカの人たちの「命の生存」を支える経済基盤は驚くほど脆弱である。不安定な現金収入のため、「その日暮らし」の状況に置かれている。今日の一日の労働は、明日に命を繋ぐための闘いだ。 だが彼らから感じるのは、悲壮感よりエネルギッシュな生活力である。厳しい社会状況の中で一生懸命に生きる人々に尊厳を感じたことも多い。そのような彼らの姿をシリーズでお伝えしたい。 メインタイトルの「ニャーマ」は「霊魂・生命力」等を意味する西アフリカに住むドゴン族の言葉である。アフリカの人々の中に息づく逞しい「ニャーマ」を少しでも感じ取っていただけたら幸いである。   アフリカフォトルポルタージュ-#5 西アフリカ・塩の話〈Ⅰ〉 -砂漠の塩-   1.砂漠の塩は金と等価 海から遠い西アフリカのサハラ砂漠では、昔から生命の維持に欠かせない塩の確保が大きな問題だった。遠方から運ばれてくる海の塩を苦労して手に入れるほか、ツリガネソウ科、アカザ科などの塩生植物(注1)を焼いて、その灰から塩をとっていたという。 ピコン#3「真夜中の花嫁」で少し触れたように、サハラ砂漠を媒介として北のイスラム文化圏と南縁の黒人の世界は、約千年にわたり「サハラ砂漠縦断交易」を行っていた。その交易は別名「塩金交易」と呼ばれ、かつては「金と砂漠の塩が等量で交換された」といわれるほど、西アフリカ内陸部の人びとには塩は貴重品だった。 [caption id="attachment_10132" align="aligncenter" width="750"] 市場で売られている砂漠産の塩。品質にもよるが1㎏70円位  マラディ[/caption] [caption id="attachment_10133" align="aligncenter" width="750"] トマトソースで煮込んだ牛肉とライス。料理に塩は必需品  ニアメー[/caption]   国土の約7割がサハラ砂漠の国ニジェール。私は交易都市アガデスと遊牧民ボロロの取材のため、西アフリカのニジェールに滞在していた。 首都ニアメーの市場に足を運ぶと、円錐形や半球状、かまぼこ型など様々な形の塩の塊が売られていた。塩の商人は「砂漠の塩」だと教えてくれた。手作り感の漂う砂漠の塩の生産現場をぜひ取材したいと思い、彼に生産地を聞いた。 「塩の生産地を撮影したい? ここから行き易いのはティギダン・ティスムだな。アガデスの近くだ。だがイスラム過激派の活動地域だから気をつけろ」 アガデスは当初からの取材対象地だ。 アガデスに向けてニアメーを早朝のバスで出発した。途中タウアで1泊し、アガデスには2日目の夕方6時頃に着いた。街の入り口の警察の検問所で、「外国人登録書類」の作成のため足止めされた。アガデス訪問の目的を聞かれたので正直に答えると、警官は私のカメラバックを横目で見て、「ティギダン・ティスムの取材を無事に済ませたいなら護衛をつけろ」と警告した。 [caption id="attachment_10134" align="aligncenter" width="750"] 交易都市アガデスに落ちるミナレット(モスクの塔)の影。交易商人たちはイスラム教徒だ  アガデス[/caption]   近年アガデス周辺ではイスラム過激派の活動が活発化し、旅行者やNGO関係者までも襲撃や誘拐の対象になっている。イスラム過激派は、仕事がなく現金収入の当てのない地元の若者たちをリクルートし勢力を拡大している。 宿泊したホテルの支配人にティギダン・ティスム取材の相談をすると、ガイドと車、護衛の手配は出来るという。 「2泊3日の砂漠ツアーだ。護衛はナショナル・ガード(国家警備隊)の隊員たち10名に、機関銃を積んだ4輪駆動車2台」 ツアー料金を聞いて驚いた。欧米人などの団体旅行者たちを警護するときの基準らしい。私の目的地はティギダン・ティスムの一ヵ所だけであること、スポンサーのいない個人旅だと説明し、どうにか払えるぐらいまで料金を抑えてもらった。 [caption id="attachment_10135" align="aligncenter" width="750"] 護衛のナショナルガードの隊員たち  アガデス近郊[/caption] [caption id="attachment_10145" align="aligncenter" width="750"] 砂漠の朝は冷え込む。焚火を囲んでの朝食。同行した調理人、撮影助手、 砂漠のガイド、運転手、中央は飯塚  ティギダン・ティスム[/caption]   2.砂漠のなかの塩田 ティギダン・ティスムは泥レンガ造りの家が密集した静かな集落だった。アガデスから車で5∼6時間のところにある。現地の言葉で、ティギダンは「場所」、ティスムは「塩」の意味だ。この地域の砂は他の土地より塩分濃度が高く塩田を作るのに適している。 [caption id="attachment_10140" align="aligncenter" width="750"] ティギダン・ティスムの集落  ティギダン・ティスム[/caption]   砂漠の塩田は泥で造ったすり鉢状の穴が、あたかも生命体の細胞のように無数に並んでいた。理科の教科書に載っていた細胞のイラストを思い出した。すり鉢の大きさは直径50㎝位から数mのものまで様々。深さは30∼60㎝位だ。 [caption id="attachment_10136" align="aligncenter" width="750"] 砂漠のなかの塩田。所有者は決まっている  ティギダン・ティスム[/caption] [caption id="attachment_10137" align="aligncenter" width="750"] 上澄み液をすり鉢に注ぐ少女。働く子供たちの姿も目に付いた  ティギダン・ティスム[/caption] [caption id="attachment_10144" align="aligncenter" width="750"] 塩を小さなほうきで集める女性  ティギダン・ティスム[/caption] [caption id="attachment_10138" align="aligncenter" width="750"] 固い塩の結晶は砕いてから集める  ティギダン・ティスム[/caption] [caption id="attachment_10143" align="aligncenter" width="750"] 集めた塩を乾燥場に運ぶ  ティギダン・ティスム[/caption] 塩の作り方もユニークだ。①大きいすり鉢に塩を含んだ砂を入れ、水を加えてよくかき混ぜ、しばらく放置する。②砂が底に沈んだら上澄み液を汲みだして小さいすり鉢に注ぐ。③数週間かけて天日で水分を蒸発させて塩の結晶を作る。④塩を集めて半球状やかまぼこ状に形成し、さらに乾燥させて完成。 [caption id="attachment_10139" align="aligncenter" width="750"] 塩を半球形に形成し、さらに乾燥し固める  ティギダン・ティスム[/caption]   砂漠の塩が遊牧民たちに根強い需要があるのは、値段が手ごろなのと、固形なので運び易く、家畜たちに舐めさせるのに適しているからだ。ティギダン・ティスムの人びとは塩を家畜などと物々交換していたが、今は現金取引が増えている。サハラ砂漠の奥地でも貨幣経済の波に逆らうことは難しい。 [caption id="attachment_10141" align="aligncenter" width="500"] 約40年間塩を造り続けている女性。集落からは一度も出たことがないという  ティギダン・ティスム[/caption]   厳しい生活環境の砂漠で知恵を働かせ、自然への負荷が少ない方法で塩づくりに励んできたティギダン・ティスムの人々。生産効率優先で突き進み、自然を壊してきた私たちが彼らから学ぶべきことはあると感じた。同時に、貨幣経済に翻弄される地元の若者たちを塩田に繋ぎとめるには、地場産業としてもっと魅力が必要なのだろう。 (注1)塩生植物:高塩濃度に耐える種子植物。地下水の塩分濃度が高い乾燥地帯や海岸沿いなどでも生育できる野生植物。 文・写真/飯塚明夫 ©IIZUKA Akio [clink url="https://picon.fun/photo/20220308/"] [clink url="https://picon.fun/photo/20220514/"] [clink url="https://picon.fun/photo/20220716/"] [clink url="https://picon.fun/photo/20220921/"] [clink url="https://picon.fun/information/20220421_app/"]

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Lines of Sight ーそれぞれのアジアへの視線ー vol.14

学校法人呉学園 日本写真芸術専門学校には、180日間でアジアを巡る海外フィールドワークを実施する、世界で唯一のカリキュラムを持つ「フォトフィールドワークゼミ」があります。 「少数民族」「貧困」「近代都市」「ポートレート」「アジアの子供たち」「壮大な自然」、、 《Lines of Sight ーそれぞれのアジアへの視線ー》では、多様な文化があふれるアジアの国々で、それぞれのテーマを持って旅をしてきた卒業生に、思い出に残るエピソードをお伺いし紹介していきます。 変化の痕跡 PFWゼミ13期生 堀川 渉 山間の小さな街を過ぎると、峠のカフェに辿り着く。 バスに酔った乗客が店の裏から田んぼの畦道へと下り、盛大なリバースを繰り広げている。 僕は顔見知りの運転手とコーヒーを飲み、その様子を見ながら笑っていた。 ベトナムのハザン市からドンバンまでは約6時間の道のり。 彼の乱暴な運転にはいつの間にか慣れてしまっていた。 この地域ではローカルバスを利用するしか移動手段がない。 もちろん、バイクを所有していれば移動に苦労することはないだろうが、自給自足の家庭が大半を占めるこのドンバン地区では、その数は限られている。 僕が取材で訪れる際は、タクシーや旅行会社のツアーは利用せずに、毎度、このローカルバスに乗って移動するようにしている。 現地の人の生活スタイルに合わせ、同じような環境に身を置くことで、彼らとコミュニケーションが取りやすくなるだろうと考えた。 取材交渉のハードルが下がり、その後の撮影も緊張感なく行えるようになる。 バスの中での思いがけない出会いも楽しみの一つである。 峠を越えた辺りから、周囲はより一段と深い山岳地帯の風景に変わる。 車窓の乱立した岩山を見上げながら、久しぶりの光景に胸を高鳴らせていた。 2022年6月、入国規制が緩和されて以降、初めての取材である。 コロナ禍で帰国を余儀なくされた2020年4月以来、この地域の様子を知るすべはなかった。 海外取材に憧れて入学した日本写真芸術専門学校。 学校のカリキュラムを通じてベトナムに魅了されて以来、何度も渡航を繰り返している。 外部と遮断されたコロナ禍の生活は、僕のベトナムへの想いをさらに募らせた。 村の風景は変わっているだろうか。 人々の生活は変わっているだろうか。 色んな想いを巡らせながら、険しい山道を進む。 四方を山に囲まれて、その間を縫うように道が続いている。 そこに突如として現れる街、ドンバン。 古民家を改装した宿が立ち並び、夜になると怪しげなネオンサインが輝きだす。 街中にはFree Wi-Fiが網羅されており、日本の地方では考えられないほど充実した通信環境である。 険しい山岳地帯のど真ん中にありながら、ネット社会の先端を行く興味深い街である。 どんなに辺鄙な地域であろうと、通信インフラの整備は惜しまない。 人と人との繋がりを何よりも大切にするベトナム人の人間性が表れているように感じた。 翌日の撮影に備えて早めの就寝を考えていたが、現地の友人に誘われて、食事をともにする。 僕を歓迎してくれているのか、牛肉の料理が異常に多く感じた。 酒を注がれ続け、既に力尽きそうである。 街中を散策していると、現地の住民よりも観光客の数が圧倒的に多くなっていることに気付く。 この地域の一番の見所は、広大な山脈の風景と今もなお残る伝統的な生活様式であろう。 土壁民家の素朴な風景や牛耕を用いた伝統的な農作、華やかな民族衣装などは全て、観光客の目を惹きつける。 観光客のこの嗜好を生かしてビジネスに結びつけている現地の人もいるようである。 それとは対照的に、古い民家は取り壊し、セメントを用いた現代的な家を新築する集落も増えている。 今回の取材で注目した点は、やはり “コロナ禍の2年間で何がどのように変化したのか” ということである。 たかが2年、されど2年。 変わって欲しくないという想いと、変わり様への大きな期待。 この相反する感情が、僕を悩ませた。 伝統的な生活様式を見たいという観光客と、生活水準を高めたいという現地の住民との間には、方向性に大きな違いが生じているようにも感じる。 街から3kmほど離れると急斜面の山裾で生活するモン族の集落が点在する。 岩と岩のわずかな隙間を耕す光景は圧巻である。 村を散策中に出会った二人暮らしの老夫婦を取材した。 夫婦は5人の子どもに恵まれて、3年前までは一緒に生活をしていたが、現在は5人全員が家を出ているという。 首都ハノイで生活している者、別の村へ嫁いだ者、中国に出稼ぎに行っている者。 それぞれの事情で故郷を離れて生活しているそうだ。 今はビデオ通話のおかげで、遠くにいる子どもたちといつでも会話ができる。 そのため寂しさはあまり感じないという。 農作業が終わった後、夫婦は僕を家まで案内してくれた。 コンクリート壁の立派な家とその隣に家畜小屋がある。 つい最近、以前の藁葺きの民家を取り壊して建て替えたばかりだという。 出稼ぎに行っていた長男からのプレゼントだった。 僕は夫婦に今の生活をどう感じているかと尋ねた。 それに答えた夫の言葉が心に残っている。 「今の生活に不満はないし、この地で生まれ育ったことを誇りに思っている。 何か新しいものが欲しいとも思わない。 妻と一緒に畑を耕し、一緒に食事をする。 この毎日の繰り返しが私の生き甲斐だ。 『雨が降りそうだね』 『きれいな花が咲いているね』 こんな会話だけで毎日を過ごしても構わない。」 この夫婦にとっての豊さは必ずしも生活水準の向上ではない。 家族と過ごす時間や日々変わらない生活そのものが何よりも大切なのである。 人の内面的な部分を聞き出すことに成功したのは、今回が初めてかもしれない。 それをきっかけに、写真を撮ることだけが目的であった従来の取材スタイルに疑問を感じるようになった。 取材をするということは、単に写真を撮ることではない。 写真が通過点となり、ファインダーの向こう側の被写体に対する好奇心を高めてくれる。 その好奇心があるからこそ写真を撮り続けることが出来る。 そのことをようやく実感できたような気がした。 この新しい気付きを、次回の取材に繋げていきたい。 様々な刺激を得ることができた2年ぶりのベトナム取材。 ファインダー越しに見えたものは、この地域の風景でもなく、人々の生活でもなく、自分自身の“変化”であった。   [clink url="https://picon.fun/information/20220421_app/"]

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町の景色がプラモデルに変身、静岡市の地域創生プロジェクト

全国には、クリエイティブな面からのアプローチや斬新なアイデアで課題解決に取り組んでいる地域がたくさんあります。 今回は、静岡市で行われているプラスチックの部品を組み立てて作る“プラモデル”をシティプロモーションに活用している「静岡市プラモデル化計画」について取材してきました!とってもユニークなプロジェクトでぜひとも記事にしたいと思い、、静岡市役所の産業振興課プラモデル振興係・宮澤さんにお話をお伺いしました。 プロジェクトの始まりから、今後の展望など、、、さっそく見ていきましょう! 「静岡市プラモデル化計画」とはどういったプロジェクトになりますか? 静岡市プラモデル化計画とは、まちの賑わいや地域への愛着等を育み「プラモデルのまち」を体感できる地方創生プロジェクトです。プラモデルを活用したシティプロモーション及びまちの活性化、古来より本市に根付く「ものづくり精神」を継承する人材育成など総合的なまちづくりの施策を展開し、将来にわたって活力ある静岡市を維持していくものです。 本計画では、プラモニュメントに代表されるプラモデルのまちを体感できる「環境づくり」、他業種とのコラボレーションによる新たな「コンテンツづくり」に加え、プラモデルを活用したまちづくりを担う人の育成や、子どもたちへのものづくり教育など、関わる人を財産と捉える「人財づくり」を3つの柱に据え、事業を展開しています。 プラモデル化計画のプロジェクトが発足したきっかけは? 静岡市のプラモデルは、戦前の木製模型の時代まで遡り、半世紀以上の歴史があります。静岡市には模型メーカーが集積しており、今や静岡市の模型の出荷額は全国NO.1でそのシェアは、86%※に至っています。(※令和2年「工業統計調査(経済産業省)」をもとに算出)その歴史の長さと圧倒的なシェアから静岡は「模型の世界首都」として世界中の模型ファンが集まるまちへと成長してきました。こうした流れをさらに加速させるため、静岡市では模型産業を基軸とした地方創生プロジェクト「静岡市プラモデル化計画」を令和2年2月18日に発表し、その契機として「プラモニュメント」4基を令和3年3月19日に披露しました。 なぜプラモデルがモニュメントとして起用されたのでしょうか? これまで、プラモデルの活用は、静岡ホビーショーの開催などのプラモデルユーザー向けが中心となっていました。世界に誇れる静岡市のプラモデルをコアなファン向けだけでなく、もっと老若男女に楽しんでもらうにはどうしたらよいのか?と模索していました。また、一方で、静岡市といえばコレ!という“まちのシンボル”が中心市街地に少ないことも静岡市の課題の一つでした。そこで、もし、このまちの景色をプラモデルのようにできたら、まちのシンボルとなり、プラモデルの持つドキドキやワクワクをもっと広くオープン化させられるのではないか。そんな思いに至り、まちの中にあるものを「組み立て前」のパーツに分解してプラモデルの特徴であるランナーにはめ込んだモニュメントを基本コンセプトとする「プラモニュメント」が誕生しました。 実際にアイデアから形にするまで困難な点はありましたか? プラモデルらしさ、モニュメントとしての美しさ、ポストや電話としての機能の保持に配慮したバランスの取れたデザインを構築することに苦心しました。プラモデルらしさを追求するが故に、パーツを細かくしすぎてしまうと、見る人がポストとしてモニュメントを認識するのが難しくなるし、ポストとしての機能の維持にばかり気を配ると、パーツ化されずプラモデルらしさを実感できないといった感じです。また、プラモニュメントを設置するには、屋外広告物法や道路法などの規制がかかることもあり設置には苦心しました。 今後どのようなプラモニュメントを増やしていきたいなどはありますか? 自動販売機や公園のベンチ、通りに立つ街灯など、まちの中にある様々なものをプラモデル化したいです。皆様の中で「まちにあるこんなものがプラモデル化されたら面白いのにな」ということがあれば、ぜひ聞かせてもらいたいです!街中にあるものをプラモニュメント化していくためには、行政だけの取組では広がりが期待できません。今後は民間企業等の皆様にもご協力を賜り、民間企業様が所有するものをプラモニュメント化していくことも促していきたいと考えています。 イラストレーターの島村英二さんとのコラボのきっかけは? 島村英二さんは、静岡市出身で、イラストレーターとしてプラモデルメーカーのタミヤに在籍し、数多くのプラモデルのボックスアート(箱絵)を手掛けるなど、長年にわたりプラモデル業界の第一線でご活躍している方です。そこで、「模型の世界首都・静岡」の案内板のプラモニュメントを設置するに当たって是非、島村英二さんにそのデザインをお願いしたいと思い制作を依頼しました。 今後もプラモデルを通じて沢山の方とコラボし新しいコンテンツが出来れば良いなと考えています! 宮澤さんおススメのプラモニュメントを教えてほしいです。こだわりのポイント、ここだけは見てほしいなどあればお伺いしたいです! 私のおすすめのプラモニュメントはNTT西日本静岡支店様が設置した民間企業第1号の公衆電話のプラモニュメントです。このモニュメントは、令和4年3月13日に静岡駅構内に設置されています。プラモデルファンも唸るアンダーゲートやナンバータグなど細かなディティールを再現し、遊び心にあふれながらも実際に使用できる機能性も兼ね備えている。今後も民間の賛同事業者を募り、官民連携で市の魅力を発信していきたいです。   プラモニュメントを初めて見た人の反応はいかがですか? 「粋なことするね」「こんなのまちで見かけたらワクワクする」「静岡行きたくなった」「面白い!こういうのはドンドンやって欲しい」など。その中には「思わずニッパーやヤスリを持って行きたくなる」という声も…!プロジェクトは大きな反響を呼び、全国的なメディアにも多数取り上げられました。SNSでは本来プラモデルに興味のなかった若年層などの投稿も続々と生まれ、何万件もの「いいね」数を獲得しています。そして、日本を代表する賞(グッドデザイン賞、日本サインデザイン賞、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS)を続々と獲得しています。 プラモニュメントを観た人がこのように活用してほしいなどあればお伺いしたいです。 観た人には、是非、その時感じたワクワク・ドキドキを周りに発信してもらいたいです。そして、プラモデルのデザインはこういうところでも活かせるのでは?というのを想像して、さらにワクワク・ドキドキして欲しいです。そんなワクワク・ドキドキを支援するため、静岡市では「プラモデルデザイン活用シティプロモーション事業補助金」を用意しております。ぜひ、皆様にはこの補助金を活用して、さらにプラモデルの魅力を発信してくれたら嬉しいです。 宮澤さんが考える、プラモデルのよさ、魅力、おもしろさは? 静岡市では「プラモデル化計画」の一環として「ものづくりキャリア教育推進事業」を実施しています。これは、市内の小学校でプラモデルの授業を開催し、「プラモデルのまち静岡」の精神を育んでいくものです。 その中で、これまでプラモデルに触れたこともなかった子供たちが、苦労しながらも、諦めず、自分で一生懸命完成させたプラモデルを、高く掲げ大喜びしている姿を見ることができます。このように、ものを作り上げる達成感を味わえることがプラモデルの大きな魅力ではないかと思います!テレビゲームやスマホゲームが人気の昨今において、こういった機会はますます貴重なものとなっているのではと感じます。 プラモデル化計画の目指すゴールとは? 古から培われた先人の「ものづくり精神」が、この「模型の世界首都・静岡」を築き上げ、今日のものづくり産業の発展につながっています。「静岡市プラモデル化計画」では、そのものづくり精神をさらに磨き上げ、より一層、求心力のある「模型の世界首都・静岡」を実現し、街を活性化させ、次世代につなげていくことを目指しています。 かつては国際競争力でも優位に立ち、日本経済をけん引してきたものづくり産業は成熟期を迎え、今では若者のものづくり離れ、人材不足、後継者不足等が顕在化しています。そのような中、プラモデルを通して、我が国を支える若者に対し、ものづくりの楽しさ・素晴らしさ・魅力を伝えるとともに将来のキャリア即ち「生き方」の一つとして考えていただく、きっかけを提供していきます。 そして、静岡市プラモデル化計画を推進することにより、本市のものづくりの象徴であるプラモデル産業を核として、様々なものづくり産業の活性化につなげていきたいです。それに向け、まずは、市内外の皆様が「静岡ってプラモデルのまちでしょ」と連想できるよう「静岡市=プラモデル」の意識を醸成していきます。この取り組みは、行政だけでは到底成り立つものではありません。住民、企業、教育など市内外の皆様の協力なしには進むことのできない事業です。 この記事が、プラモデルを通じた、静岡市と皆様と新たな関係の始まりになるきっかけに少しでもなれば幸いです。ぜひ一緒に「静岡市プラモデル化計画」を進めていきましょう!   宮澤さん貴重なお話ありがとうございました!筆者はこれまでプラモデルに触ってきたことはありませんでしたがお話を伺う内にどんどんと興味が湧いていき、今度実際にプラモデルを作ってみようと思いました!また私たち市民もプロジェクトに参加して一緒に街を作り上げていくというシティプロモーション面白いですね。これからどんなモニュメントが出来て、コラボがあるのかとても楽しみです!静岡市を訪れた際はプラモニュメントを見て、ワクワク、ドキドキしてみてくださいね! 静岡市プラモデル化計画   [clink url="https://picon.fun/information/20220421_app/"]

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デザイン

Artist 鳥越一輝 Special Interview

田川美術館主催のタガワアートビエンナーレ「英展」にて作品「FACE」がグランプリを受賞。 第2回枕崎国際芸術賞展にて作品「INOCHI」がDream Come True賞を受賞など、「九州派の系譜を受け継ぐ若手アーティスト」として、最も注目を集めているアーティストの1人である鳥越一輝(とりごえ かずき)氏。 専門学校 日本デザイナー学院九州校の講師でもある鳥越氏にお話しを伺うことができました。 絵を描き始めたきっかけ 描くことに興味を持ったのは、保育園で昆虫を描いたときのことです。 自分でも上手に描けたと感じていた絵を、保育園の先生が、みんなの前で褒めてくれたことが本当に嬉しかったんです。この出来事が、私が絵を描きはじめたきっかけとなっています。 小学生になっても、学校の授業が終わると、すぐに家に帰り、絵を描いたり、粘土を触ったりと、創作することを続けていました。 中学生になって少しずつ進路を考え始めても、「大人になっても絵を描いていけるような進路」というものを重視していましたね。そんな中で、絵を描き続けることができる高校を探していたとき、デザイン科を有する「筑陽学園高等学校」を知り、進学をすることとなりました。今でも、筑陽学園高等学校で3年間、しっかりと美術の基本を学べたことが、私の礎になっています。 保育園の先生に褒められて創作をすることが大好きになった少年が、そのまま成長していった姿が今の「鳥越一輝」という感じですね。 師との出会い 高校を卒業した後に「専門学校 日本デザイナー学院九州校」に進学をしました。 学生時代は、日々の課題制作に追われる毎日を過ごしていましたが、それを苦に感じることはなかったですね。そもそも作品を制作することが大好きでしたし、将来に繋がる学びであるということも理解できていましたので。 一方で、描くことを理解して、それが楽しくなっていくに連れて、「どうやったら、今後も描き続けられるのだろう」という小さな不安のようなものも生まれてきました。そんなときに出会ったのが、恩師でもある吉浦拓三(よしうら たくぞう)先生です。 初めて吉浦先生が担当された授業を受ける日に、ご自身の作品を見せてくれたことがあったんです。 吉浦先生の作品を見た瞬間、私がこれから描いていきたい作品というものが見えたような気がしたんですよね。電流が走ったっていうやつです。 先生に出会ったあとは、絵の具などの画材も、吉浦先生が使っているものと同じものを揃えたりしていました。 学生時代から現在に至るまで、吉浦先生との出会いが、私のアーティスト活動に与えた影響は計り知れないです。   受賞と世界的アーティストとの違い 2007年に専門学校を卒業した後も、仕事をしながらアーティスト活動を続けていました。年に1回は個展を開催するなど、10年以上も吉浦先生と絵を描くことを追求し続けていました。 そして、2019年には「第1回タガワアートビエンナーレ英展大賞」「第2回枕崎国際芸術賞展Dreams Come True賞」を受賞することができました。 また、この2賞を受賞をした2019年には、ニューヨークで開催したグループ展にも参加しました。その際に、MoMAやガゴシアンなどの世界的に著名な美術館やギャラリー、ダスティン・イェリン氏のアトリエなども訪問をさせていただき、その規模の大きさと、内容の充実度に驚きを覚えました。それと同時に、「このような場に作品を飾ってもらえているアーティストと自分の違いは何なのか」という疑問も浮かんできました。結局、ニューヨークにいる間に答えまでたどり着くことは出来ませんでした。   新たな出会い その後、日本に戻り受賞記念展を村岡屋ギャラリーで開催させていただきました。そして、そこでの出会いが、ニューヨークで見つけた疑問の答えを見つける契機となりました。 その契機となった人物こそが、ギャラリーモリタのオーナー/森田俊一郎 氏です。当時、わたしの作品に惚れ込んでくれた中国人の李雨渓氏から森田氏を紹介していただきました。 この森田氏との出会いから、これまで知らなかった世界のアートシーンに触れることができた気がしました。それは、私にとって初めてとなるアートマーケットとの出会いでもありました。 長年活動をしてきた九州の地に、これほど多くの魅力的なアーティストがいるということを知れたのも、このタイミングです。 ただ、「アートは常に世界を意識していなければならない、ドメスティックで終わるのではなく、グローバルな感覚を養わなければならないんだ」という価値観を明確に認識できたのは、森田氏との出会いのおかげですね。 森田氏と何度もお話しをさせていただく中で、2020年の「博多阪急KyushuNewArt」にも出展をさせていただくことが出来ました。今だからこそお話し出来るのですが、実はこの企画展へのお誘いを最初にいただいた際、お断りをさせていただいていたんですよ。当時、お断りした理由は様々あったのですが、端的に言うと、新たな一歩を踏み出すことへのハードルを自分だけでは乗り越えることが出来なかったといった感じです。 ただ、そのハードルを越えさせてくれたのが「人との出会い」だったんです。そして、これこそがニューヨークで見つけた疑問の答えに近づく糸口であるということにも気づきました。 私の場合は、李氏の熱意に背中を強く押してもらい、森田氏が腕を引っ張って、世界のアートシーンの入口に私を連れ出してくれた感じです。 この企画展への参加を決意したときから、自分の活動テーマの1つに「自分のやれることは全てやる!昨日まで自分が作っていたちっぽけな世界の殻を打ち破り、新しい明日を作るんだ」という意識が根付きました。それはわたしの作品作りのテーマにも繋がります。つまり、「九州派」の方々が目指した前衛であり革新なんですね。  TORIGOE WATER STROKE 森田氏との出会いは、「九州派」のアーティストや、彼らから産み出された作品との出会いも引き連れて来てくれました。 奇跡の前衛集団と言われた「九州派」との出会い、そして、それを調べていくことで、自分が描く際の「素材」についての認識も変化してきました。  私は、様々な素材を理解して、制作に生かせるように研究を行なっていきました。まずは、珪藻土や漆喰、石膏など、容易に手元に揃えられるものから素材を集めて、そこから自分は何を表現出来るかを考えて試してみる。こういったことの繰り返しです。 私にとっての当面の課題はオリジナリティの追求です。これまでの世界で生み出された作品にはない「勢い」という痕跡を強く表したいと思いました。そして、さまざまな試みから導き出された結果、辿り着いたのが「水」なんです。  私は人間の手で表現するストロークの限界を打ち破りたいと思っていたんですが、「水」を使ったことで私の思う溢れるエネルギーを画面上に生み出すことが可能となりました。おかげさまで、最近スタートアップ企業の経営者の方々に、私の作品を会社内でよく展示していただいています。笑  私の作品は、他のアーティストの方からも驚かれるくらい多量の水を利用するのですが、ただ闇雲に水をぶち撒けているというわけではなく、根底には吉浦先生から学んだ確かな技術があるんです。 私がこれまで積み重ねてきた経験と技術を最大限に活かして、素材に負けないような表現を思い通りに出すことが出来る。これが私の制作のポイントです。   鳥越作品のコンセプチュアルは どのようなものか 私はアートの可能性を信じています。 私たちが暮らすリアルな世界には侵略、貧困、権利、経済など、あらゆる問題が存在しています。そんな憤りや怒りを感じることで、私はキャンパス上に全身全霊でエネルギーを注ぎ込みます。私の生み出す自由や革新、私の希いが強ければ強いほど、世界中のどこかで心を揺さぶられる人がきっといるはずだって思ってるんです。  私の作品では、これまでも言葉ではなく、作品を通して「品性」や「知識」を視覚的に表してきましたが、それを更に言語化していくことも今後の課題だと思っています。 そのためにも、アーティストとして新たな経験を蓄積していくことを自分自身にも求めていきたいと思います。   鳥越一輝を語る上で外せない、 もう一人の人物 日本だけでなく世界のトップコレクターの1人としても有名である、宮津大輔氏は、現在の私についてお話しする際に外すことが出来ない人物の1人です。 私のようなアーティストとは違う目線で、私に世界中のアートと出会わせていただいております。 現在も福岡市アジア美術館にて宮津氏のコレクション展「エモーショナル・アジア」が開催中です。実はこの展覧会に合わせて、宮津氏のディレクションによる、私にとって夢のような企画展「2022.22のヌード」展をギャラリーモリタで行なうことが出来ました。 森田氏から以前、「99%の素人の方に気に入られることも大切だけれど、1%の玄人の方に認められる作品を作るべきだ」と言われたことがあり、私も同じ気持ちでした。 現在、私は宮津氏から直接アートにおける世界で一番刺激的な話を聞けるもっとも恵まれた者の1人だと認識しています。この体験を活かさなければなりません。   これからチャレンジしたいこと まずは、絵画だけではなく、立体や映像、インスタレーションなどもやっていきたいと思っています。そのような表現ができないと、世界に出ていけないだろうと感じています。 次に、色んな人との繋がりを持つことです。これまでにも、自分の表現を本当に多くの人と出会わせていただいておりますが、更に多くの方と出会い、表現に活かしていきたいと考えています。   最後に、次世代のクリエイターに向けて メッセージをお願いします 私もまだまだ学び続ける者の一人です。 だからこそ私も実践していることなのですが、真っ先に伝えたいことは「行動し続けること」です。 アルバイトで時間がない、なんていう若いクリエイターの方もいるのではないでしょうか。 ただ、タフな心を持って、自分から行動していくことが大切なことです。 待っているだけでは誰も声をかけてくれません。ぜひ、自分から動き続けてください。 あと、自分をキャリアアップさせてくれるような人と繋がり続けることも、ぜひ大切にして欲しいと思います。     鳥越氏の作品や最新情報は こちらからご覧いただけます。 鳥越一輝 Instagram ギャラリーモリタ公式 【福岡市アジア美術館】 特別展 エモーショナル・アジア 宮津大輔コレクション×福岡アジア美術館  

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