
レポート トークイベント「本のアナログ」を経て【アーティストコレクティヴ グリッチ】
KAI ART BOOK FAIR vol.3にて、トークイベント「本のアナログ」が開催されました。
このトークイベントは、アナログとされる紙媒体の本の魅力を探るべく行われました。
KAI ART BOOK FAIR を主催するグリッチと様々な立場で造本に携わる以下の5人の方々とトークを行いました。
paper company 岡田翔(パブリッシャー/キュレーター)
DOOKS 相島大地(グラフィックデザイナー)
道音舎 北浦雅子(ライター)
株式会社誠晃印刷 島田徳英(営業部 部長)
Three Books 鈴木萌(共同ディレクター)
本記事では、先日行われたトークイベント「本のアナログ」についてのレポートをご覧いただきます。
登壇者からお話しいただいた内容を、グリッチのメンバーがそれぞれどのように受け取ったか、あるいはどのような理解を得たかについて書いたものになります。
「本のアナログ」は、アナログについて、トポスという見方を導入し解釈を試みたトークイベントであるが、私が事前に持っていたアナログとデジタルについての考えは以下のようなことであり、またアナログについての解釈のためにトポスという捉え方を用いようと考えたのは次のようなことからである。
先ず、デジタルの発生はアナログからの派生であるということ。しかし、今日我々がアナログとして指してみるものは、逆説的にデジタルの登場以降に相対的に観念めいて発生したものと捉えていた。
トークイベントを行うに際して、私はアナログとされるものを見てまわった。羊皮を使った古い写本や、木彫りの熊のような民芸品、ビンテージの車、友人達からの葉書、30年ほど前の新聞の折り込みチラシ等々である。とりわけ、古い時代の写本を目の前にした時、私には一つの感覚があった。それは、重力のようなものを感じるということだった。この感覚の強弱、あるいは濃度は一定ではないものの、見てまわった全てのものにその感覚はあった。各々素材や作られた目的は異なるが、共通するこの感覚の発生は、重力場や磁場のような目に見えない空間に存在する“場”に向けての観測によって起こっているのではと考えた。この目に見えない“場”に向かって考察を起こすことが、アナログというものに対していくために有効と考え、トポスという捉え方を用いることを提案するに至った。アナログな物を一つの場として捉える時、そこにアナログのトポスというものが発生していると考えたのだ。アナログが如何なるものであるかを知るために、アナログのトポスの発生が何によるものなのかを知ろうとしたのである。
アナログを後発的に現れた観念とする自身の事前の考えと合わせて、この重力は次のように発生していると予想した。その事物の中に、その時点における古さの感覚を持つ痕跡(過去的な技術等)を認めることで、現時点と過去(古さ)の落差によってベクトル(方向性)が生じ、このベクトルに引っ張られることで、重力を感覚するのではないだろうかと。そして、この重力の感覚がトポスを捉えることへと誘っていくのだろうと考えた。
このベクトルを生む痕跡は、人による古い方法の選択とそれに伴う行為によって形成されている。つまり、アナログのトポスの発生の手順は次のようになる。作り手の刻印した古さの痕跡に向かって、受け取り手の感覚は開き、アナログのトポスが捉えられる。
そして、このアナログのトポス(場)に身を置くことは、痕跡の背後にある作り手を感覚することと言える。それは、作り手とのコミュニケーションであり、相対的にベクトルを発生させる古さを持つアナログであるからこそ可能なコミュニケーションである。そこに人々がアナログに対して抱く期待があると、私は考えていた。
トークの場では、様々な立場で造本に携わる参加者からそれぞれの意見が出された。話していただいた言葉を私なりに次の二つの項目に整理をしてみた。(継承略)
①本作りにおける関わり方や、その考え
②アナログについて
岡田翔
① 展示された作品自体やシリーズの情報としてのアーカイブのための図録作りではなく、読むことでその展覧会へのより深い理解が起こる図録制作。
② ポータブルであり、オンライン・オフラインに関係なく物として持続的に手元に残すことが可能なもの。
意味内容の共有のされ方においても、物としての扱われ方においても、繊細ではないラフなメディア。
相島大地
① 選択肢に制限をかけることで、作品の内容と同等の価値を物理的に表すこと。
時間を設計の中に組み込む。
② 長い時間をかけての消費が可能なもの。
制約(限定された状況)と関係して発生する影響によって、単独性を由来としたモノ性を獲得したもの。
北浦雅子
① 情報それ自体を読者にスライドさせるような伝達ではなく、視認以外の体感的な理解を想定し、情報以上の重要と思われることの伝播を志向している。
② 更新ができないもの。
時間の経過による所有者や鑑賞者等の受け取り手側の心身の変化に伴い、そのものと受け取り手との関係性が変わっていくこと。
島田徳英
① 作家の意図を読み手に伝えるための選択肢を用意すること。
② 体験を伴うことが起こること。
鈴木萌
① 本をただ表現者側の表現の発信の為の場(動かない点として)とするのではなく、所有されることから生まれる可動性によって読者との相互作用の中で物語を発生させる。
② 本は本としてモノ化されたものであるが、物質として有する空間以上の多層的な空間をその背後に持つ、あるいは発生させるものである。アナログとはそういうモノのこと。
参加者の言葉に共通項を見出そうとすると、本作りにおいては本と読み手との間にコミュニケーションがあるということ。そして制限や時間による影響を考慮しているということが挙げられる。また、”アナログ”においては単に物質性の中にその意味の所在を感じないという点があげられる。
本の作り手達は単に読者に情報の提供することへ向かって造本を行うのではなく、本と読者との間でコミュニケーションが交わされることへ向かって造本を行っている。その際、避け難く選択肢に制限が置かれるが、それは返って作られる本に固有性を与える。そしてまた、この制限はその時点において可能であったことを表しており、出来上がった本はその時点を留め記録しているといえる。本として表された姿は固定され、時間の変化の影響をうけないが、受け手側の読者はこの変化の影響を受け、読む側の何らかは変化している。片方が止まっているが故にその関係性は変化し、受け取られ方も変化する。あるいは更新される。本と読者とのコミュニケーションという観点に立つ時、造本における制約が、その本に固有性を与えていること、読者とのコミュニケーションを更新し続けるファクターとして機能していることが見えてくる。
当初の私の考えである重力の発生ということの中にも、本と読み手の関係性の変化は想定されているが、参加者の意見からみる関係性の変化とは異なっている。私が指していたのは、本が物理的に時の経過に伴う影響による変化によって起こる関係性の変化であって、これは本側の変化を想定している。一方、参加者の意見の方では本自体は作り手の覚悟によって更新されない固定されたものとなり、それによって上記の関係性の変化が引き起こされるとしている。
そしてまた、この関係性の更新に寄与していると思われるのが、受け取られる意味内容のラフさと、その意味内容の読み取りが体験的に行われることである。つまり、受け取られる意味内容に幅があり、その幅が関係性の更新(変化)の可能性をあらかじめ担保している。
アナログがその背後に持つ物質として有する空間以上の多層的な空間とは、永遠とすることは出来ないまでも、その本を手にする人の数と流れる時間の数だけある変化の可能性を指しているのではないだろうか。例えば、一人の読者が10年の間に本との関係の更新を10回行ったとしたら、それは10種のコミュニケーションをその本が引き起こしたといえる。関係性の変化の可能性を有することとは、いくつものコミュニケーションの現れを未来に可能的に有しているということである。未来に向かって時の進行していく中で、コミュニケーションがその都度現れる様を多層的と感覚しているのではないだろうか。
参加者によって語られたことを私なりに繋ぎ合わせると以上のようなこととなる。ここから私が汲み取れたのは、以下のことである。
当初の私の考えでは、デジタルはアナログから派生したものと捉えていたが、これは情報の伝達における精度のという観点からである。しかし、コミュニケーションを観点に持つと、アナログはそれ自体情報的とはいえなくなる。何故なら情報とは変化しないもののことをいうからである。両者を異質なものとすると、ここでは仮にデジタルを情報物質とするとアナログはコミュニケーション物質とすることができるだろう。しかしそうであるなら、当初の予想であるアナログのトポスが重力を発生させる手順、「作り手の刻印した古さの痕跡に向かって」に修正が必要となる。アナログのトポスの発生の手順は次のようになる。
作り手によって刻印された解釈に広さ(非情報的な)を与える痕跡に向かって、受け取り手の感覚が開き、アナログのトポスが捉えられる。そして、当初の考えと一致する部分ではあるが、この痕跡に対して感覚を開いていくことは、それを刻印した作り手とのコミュニケーションを表す。しかしそこには相対的に生じる古さによる媒介はなく、よりダイレクトである。またこの古さの媒介という考えの消去は、基準とするものの排除であり、作られた本はそれぞれ固有であることを再認識させる。アナログを望む人びとは、自己と固有なる物との間で結ばれるコミュニケーションの中に他者とのコミュニケーションがあること、またそれが固有の関係であること、そしてその関係性が未来に変化し、新たな形でやってくることにその期待を抱いているのではないだろうか。
そしてもう一つ、参加者の意見を経てデジタルに対しての見方に気がついた。それはデジタルをアナログの派生として考えることを維持することで得られる。ただし、情報的な観点ではなく、デジタルに対してもコミュニケーションを観点として適用する。アナログが多層的な空間をその背後に持つのは、アナログなもの自身の外側で起こる変化によるものである。一方デジタルも変化の可能性を有している。それは例えば画像であるなら、レタッチによる変化の可能性を持つといったようなことである。デジタルデータはアナログのように固定されず、あらかじめ変換や修正の為の幅を持っている。いわばこれは、デジタルは内部に変化の可能性を持っているといえる。つまり、アナログは外部に多層的な空間を持ち、デジタルは内部に多層的な空間を持つものといえる。
以上が、今回のトークイベントによって私が得たことである。
トークイベント「本のアナログ」にご参加くださり、貴重なご意見を下さった登壇者の皆様とグリッチのメンバーと、場所の提供と様々なご協力をいただいた日本写真芸術専門学校の皆様に厚くお礼を申し上げます。
た止まった(留まる)点を所有することではなく、物質であるが故に生成変化何らかの時間的な流動を本自体が有しており、紙媒体の本はこの時間性をも所有させる。
馬場智行
アーティストコレクティヴ グリッチ
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