「美術のこもれび」Rayons de soleil dans l’art –No25:『モーリス・ユトリロ展』 について
専門学校日本デザイナー学院東京校 講師の原 広信(はらひろのぶ)です。
暑かった夏の気候もようやく涼しさを伴う季節に移りましたね。
今回はSOMPO美術館で開催中の『モーリス・ユトリロ展』での展示作品を中心にいくつかご紹介します。
まずご紹介するのは、モーリス・ユトリロの肖像画です。
【 スザンヌ・ヴァラドン Suzanne Valadon『 Le Portrait de Maurice Utrillo / モーリス・ユトリロの肖像』1921年 23.5 x 29.6cm カンヴァスに油彩 ヴァラドン・ユトリロ美術館蔵 / Sannois フランス】 ※ソース/画像引用元:https://www.ville-sannois.fr/ma-ville/musee-utrillo-valadon サンノア市サイトHP(ヴァラドン・ユトリロ美術館は現在改修工事中で閉館)
絵筆とパレット持っているこの男性がフランスの画家、モーリス・ユトリロです。そしてこの肖像画を描いたのはスザンヌ・ヴァラドンという名の女性で、ユトリロの母親です。
19世紀(1800年代)後半頃からフランス、パリのサクレ=クール寺院のあるモンマルトルという場所を中心に様々な背景を持つ芸術家が集まってきました。彼らの創作活動は「エコール・ド・パリ / École de Paris(パリ派)」と呼ばれています。このモンマルトルでスザンヌ・ヴァラドンは若くして様々な仕事につく傍ら画家のモデルもしていました。彼女はロートレックやあのルノワールの絵画にもモデルとして登場しています。
前々回『ピエールーオーギュスト・ルノワールとポール・セザンヌ』(第23話・6月号)に掲載した作品のこちら
【オーギュスト・ルノワール Auguste Renoir『 Femme nue dans un paysage / 風景の中の裸婦』1883年 65 x 54cm キャンヴァスに油彩 オランジェリー美術館蔵 (Musée de l’Orangerie) / Paris, フランス】 ※ソース/画像引用元:https://www.musee-orangerie.fr/en/artworks/femme-nue-dans-un-paysage-196505 オランジェリー美術館HP
ルノワールの描いたこの作品の裸婦モデルだったのが、スザンヌ・ヴァラドンとされています。
(※出典:Wikipedia)
彼女はモデル業を通じて様々な芸術家との交流の中で独学で絵を描き始め、やがて『モーリス・ユトリロの肖像』に見られるようにしっかりとした筆致で描く画家として才能が開花していきました。アンデパンダン展、サロン・ドートンヌなどの名だたる展覧会にも出品しています。
こうした母が18歳の時に私生児として生まれたモーリス・ユトリロですが、若い母親を敬愛しつつも彼女の人間関係に苦悩し続けました。アルコールへの依存があったことはよく知られています。やがて彼もまた絵筆を持つようになり、母との複雑な関係に影響されたユトリロの感性が彼の絵画を形成していきます。
それでは、ユトリロの作品です。
【 モーリス・ユトリロ Maurice Utrillo『 Rue du Mont-Cesis / モンスニ通り 』1914年 木板に油彩 オランジェリー美術館蔵 (Musée de l’Orangerie) / Paris フランス】 ※ソース/画像引用元:https://www.musee-orangerie.fr/en/artworks/rue-du-mont-cenis-196585 Musée de l’Orangerie HP
モンマルトルに住んでいたユトリロはよくこの坂道から市街地を見通す構図で描いています。ご覧のように画面は彩度の低い鈍い色調ですが、これはユトリロの作品の特徴のひとつです。あかりの灯っていない街灯が遠くに視線を誘導します。
通りに沿って並ぶ建物の窓のひとつ一つや樹木の枝の細かい描写、そして路面と左右の白壁には油彩用のナイフ(パレットナイフ / couteau à palette)で絵の具を盛り付ける描き方をしています。しんと冷えた空気感が伝わってきます。
では、続けてこちら
【 モーリス・ユトリロ Maurice Utrillo『 Marizy-Sainte-Geneviève / マリジー=サント=ジュヌィエーヴ 』1910年頃 59.7 x 81cm キャンヴァスに油彩 国立美術館蔵 ( National Gallery of Art ) /Washington,DC 米国】 ※ソース/画像引用元:https://www.nga.gov/artworks/46698-marizy-sainte-genevieve National Gallery of Art HP
この作品も先出の『モンスニ通り』と共通する点があります。まず家並みの窓の描画と白い壁面にナイフによる盛り付け、そして鈍い色調で広く空を描いています。画面中央に通りを歩く人々の姿が描かれていますね。ユトリロの描く風景には人の姿が大きく描かれていることはあまりありません。『モンスニ通り』と異なるのは、右側の白壁の向こうに木々の緑が旺盛に描かれ、季節の違いが分かります。画面左側の屋根や壁の褐色系との対比が印象的です。
【 モーリス・ユトリロ Maurice Utrillo『 La Rue des Abbesses / アベス通り 』1910年 77.1 x 104.8cm ボードに油彩 ニューヨーク近代美術館蔵 ( MoMA ) /Newyork 米国】 ※ソース/画像引用元:https://www.moma.org/collection/works/79440 MoMA HP
モンマルトルの比較的大きな通りを描いています。人影がちらほら見える路面には雪でしょうか、空からの光を反射しています。ユトリロの特徴ですが、この作品にもたくさんの窓がきっちりと描かれていますね。(ユトリロは画面に窓を描くことに特別な想いがあるように感じます。)アベス通りに面した建物の1階は店舗のショウウインドウが見えています。窓の並びと左右の壁面に路面の明るさで明暗のメリハリがある画面です。ほぼ中央に使われているオレンジ系の色彩が全体のアクセントになっています。
さて、次は日本の美術館のコレクションから
【 モーリス・ユトリロ Maurice Utrillo『 Rue à Montmorency / モンモランシーの通り 』1912年頃 58.6 x 79.7cm キャンヴァスに油彩 ひろしま美術館蔵 /広島市 日本】 ※ソース/画像引用元:https://www.hiroshima-museum.jp/collection/eu/utrillo.html ひろしま美術館 HP
この作品はクレジットにもあるように、広島市にある「ひろしま美術館」という民間が運営する美術館に所蔵されています。中央に真っ直ぐと伸びる通りを配置して、左右に建物が並ぶ典型的な構図ですが、遠くに教会の姿が見えています。描かれた木々の葉が色づいていて紅葉でしょうか。どことなく秋めいた色彩の画面の中に数人の人と馬車(のような)が描かれています。遠く教会の方まで樹木の並びが描かれていて遠近感のある風景です。
もう一点、同じひろしま美術館から
【 モーリス・ユトリロ La Cathédrale Saint-Pierre à Angoulême, Charente / シャラント県アングレム、サン=ピエール大聖堂 』1935年頃 111.0 x 130.5cm キャンヴァスに油彩 ひろしま美術館蔵 /広島市 日本】 ※ソース/画像引用元:https://www.hiroshima-museum.jp/collection/eu/utrillo.html ひろしま美術館 HP
縦横1メートルを超える画面。ユトリロにしては大きめな作品でご覧のように大聖堂が正面に大きく描かれています。この作品の特徴は空の雲の描き方です。ふわりふわりと並べるように描いていて、それが教会のファサードの装飾と相まって楽しげな休日の情景に見えますね。
この作品が現在、東京にきています。
新宿にあるSOMPO美術館で開かれている『モーリス・ユトリロ展』においてユトリロの多彩な作品が一堂に展示されています。
この展覧会はJR【新宿駅西口】・東京メトロ【新宿駅】から出て徒歩5分。
本物のユトリロに触れるにもってこいの機会ですよ。初秋にこの美術館にでかけてはいかがですか。
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【展覧会情報】
■ 『モーリス・ユトリロ展』
2025年 9月20日(土)~12月14日(日) SOMPO美術館(東京都・新宿区西新宿)
https://www.sompo-museum.org/exhibitions/2024/mauriceutrillo/
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