PicoN!な読書案内 vol.2

この連載では、出版業界に携わるライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。
今回は、マルチに活躍する海外アーティストの作品をご紹介。

『あなたを選んでくれるもの』
ミランダ・ジュライ・著 岸本佐知子訳(新潮社)

著者のミランダ・ジュライは、アメリカのバーモント州出身のアーティスト。パフォーマーとして活動しながら、映画監督・作家・ミュージシャン・役者など様々な経歴を持つ人物だ。
2005年、監督・脚本・主演を務めた初の長編映画『君とボクの虹色の世界』が、カンヌ国際映画祭でカメラ・ドール賞(新人監督賞)他4つの賞を受賞し、注目を集める。2007年には短編集『いちばんここに似合う人』でフランク・オコナー国際短編賞を受賞し、日本も含めた20か国で出版された。

本作『あなたを選んでくれるもの』は、2011年刊行(2015年邦訳)のノンフィクション。
2009年にミランダ・ジュライが始めたあるインタビュー活動が中心になっている。

あらすじ

次回作の映画の脚本が思うように進まず、スランプに陥っているジュライ。彼女が仕事の気晴らしとしてこっそり楽しみにしているのが、毎週火曜日に自宅に届くフリーペーパー『ペニーセイバー』だ。
そこでは一般人が自らの不用品を値付けし、買い手募集の広告を出している。掲載されているのは出品した商品と値段、そして持ち主の電話番号とシンプルな情報のみ。
ここに広告を出している人たちはどんな人なのか、好奇心に駆られたジュライは、売り主に電話をかける。そして、見ず知らずの人たちへのインタビューが始まる。

フォト・インタビュー集として

2022年の現在、CtoCのフリマアプリが浸透しているが、2009年当時もアメリカではeBayといったオンラインでの中古品売買サービスが普及していた。つまり『ペニーセイバー』へ広告を出しているのは、パソコンを持っていない人たちが大半だった。

彼らが売っているものも、それを売りに出している事情も様々だ。ジュライが遭遇したのは、自身の頭の中で作り上げる脚本の登場人物よりもずっと、オリジナルで濃い物語を持った人たちだった。

このインタビューパートでは、人物や自宅の様子、趣味で集めている物などの写真が掲載されている。それにより彼らの生活の様子が可視化され、キャラクターがより鮮明に伝わる構成となっている。
ジュライは彼らの生活の美点を切り取るわけではなく、抱いた違和感や優越感、時には恐怖を、臆せずに描写する。
見知らぬ人の生活を覗き見るのはたしかに面白い。その興味は人間の厭らしさも孕んでいる。そこに著者自身が自覚的なのが特徴的だ。

異質な他者との出会いと、著者に訪れた変化

本作は、著者が映画を完成させるまでの記録としてもドラマチックな展開が待ち受けている。

ジュライは当時35歳、夫と結婚したばかり(夫のマイク・ミルズも著名な映画監督だ)。
ライフステージの変化により、今後子供を持つことと仕事の両立に漠然と焦りを感じ、人生の時間の使い方の正解を探している。

彼女が自身の心情を吐露するエッセイパートではこんな台詞がある。
「失敗したり、訳もわからず何かをしたりする時間は、今のわたしにはもうないのだ。」
「わたしはいつだって、他の人々がどんなふうに人生をやり過ごしているのかという、そのことだけを知りたいと思ってきたーー」
アーティストとして自身の活動が認められた彼女でも(若くして成功したがゆえにかもしれないが)、こんな心許なさを感じてしまうのかと切なくさせられる。

映画制作の難航に相反するように、インタビュー活動に精を出すジュライ。そんな彼女に、ある日、作品制作に関わる出会いが訪れる。

一人の老人へのインタビューが、雪解けのようにジュライの心情に変化をもたらす。彼女の停滞していた現実の時間を、前に進めていく。
ジュライは脚本を再度書き始める。人生に感じてきたいろいろな不安や諦めが、もしかしたら思い違いだったのかもしれないと思い直す。映画が撮影を迎える最終章は何度読んでも、胸打たれてしまう。

日々が退屈な人・年齢を重ねることへの不安が拭えない人・他人と関わるのが面倒に感じる人に、是非読んで欲しい一冊だ。

文・写真:ライター中尾

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