「美術のこもれび」Rayons de soleil dans l’art ④

ポール セザンヌ作の一枚の絵『リンゴと洋梨のある静物』について

こんにちは、専門学校日本デザイナー学院東京校講師の原 広信(はらひろのぶ)です。

今回で、第4話となりました。さて、皆さん「ポール セザンヌ(Paul Cézanne)」という画家の名をご存知でしょうか?
ルノワールやモネたちいわゆる「印象派」の画家の一人に数えられていますが、彼はちょっと他の印象派の画家たちとは一線を画す存在なので今回ご紹介します。

こちら絵をご覧になったことはありますか?

ポール セザンヌ(Paul Cézanne)『セント=ヴィクトワール山(Montagne Sainte-Victoire)』 1887年頃制作 コートールド美術館所蔵

 

フランス南部のエクス・アン・プロバンス地方で生活していたセザンヌは、こんもりとしたこの岩山をモチーフとして何度も繰り返し描いています。
この油彩画ですが、大振りな松の枝を配したことで遠景に見えるセント=ヴィクトワール山までの距離感が見事に描かれている絵画です。

この山の絵をめぐる細かい論評は様々あるので、それはそちらにお譲りしますが、ともかく見ていてとても不思議さを感じる作品です。
そして不思議かつ重要な描き方なのです。

まず特徴的なのが、画面左側に大きく松の木が描かれているのですが、セザンヌは全体に見えている風景を丹念に描画してはいない事です。
もしも絵のタイトルの遠景に見える山をメインで描いたとするなら、この松の枝葉は構図に入れないか、存在感は抑えて描いてもよさそうです。
また、のどかな田園の様子もかなり省略された筆のタッチに見えますね。この岩山の山肌もかなり大雑把に描いています。

彼はこの絵で何を描こうとしているのか? 何を表現しようとしているのでしょうか…?

それは、風景を描いていても単なる「風景画」を描いているのではないと言えます。風景画であってもセザンヌはモチーフを目の前にしながら、別の空間を指向しています。つまり構成的に描いています。
言い換えれば、それは現実の風景ではなく絵画上の空間を描いている。いえ、描きながら「絵画平面の空間」を作っていると私は見ます。

この説明は分かりにくいかもしれませんね。もうひとつ彼の作品を見ましょう。

ポール セザンヌ(Paul Cézanne)『赤いチョッキの少年(LeGarçonaugilet rouge)』1888年~89年制作 FoundationEGBührle (ビュールレ・コレクション)所蔵

 

絵の筆致が荒い印象の油彩画ですが際立つのが、少年の手前の腕が(左腕が)異様に長く不自然ですよね。
この絵でも、セザンヌはモデルの少年をリアルな描写はしていません。むしろ、不自然であっても「構成的な絵画」を描くのです。
「リアルな空間描写」よりも彼は「構成としての美しさ」を追求しているのだと思います。

風景の山だったり、人物であれ、静物であれ、リアルに写実的に描くのではないアプローチを明らかにセザンヌは指向しています。
この絵によって大雑把であって細い描写には意に介せず、それでいて油絵の具の色彩が力強い存在感を見る側に伝えています。
私はこの絵の力強さこそ、彼が描きたい「絵画平面の空間」のように受け取るのです。

この絵が描かれたちょうどこの頃は写真技術の進展に伴って、まさに「photograph(写真)」が身近なものとなりました。

1871年にリチャード・リーチ・マドックスが写真乾板を発明し、カメラマンは既製品を使うことができるようになった。また、初めてカメラは手持ちに充分なほど、または隠すことさえできるほど小さくなった。

引用:ウィキペギア「カメラの歴史」

写真機によって目の前の現実をレンズを通して切り取って、そしてプリントして見ることが可能となります。
それは、写実的な絵画のある一端の役割を終えたこととなったのです。

当時の画家に直面したこの現実から「絵画」が徐々にながら変貌を遂げていくことになります。
画家から現実を説明的に描写して見せるテクニックはもはや役割を終えたと同時に、セザンヌは「絵画としてのリアリティ」を模索していくことに至ったのでないでしょうか。

絵画は「ある個人の眼」を通し、感覚的な空間としてカンバス上に描かれます。
セザンヌは現実に見えるモチーフを契機に絵画上で再構築した空間と物の存在感を色彩で描こうとしました。

では、ここで今回ぜひ紹介したいセザンヌの一枚をご覧ください。

ポール セザンヌ(Paul Cézanne)『リンゴと洋梨のある静物(Nature morte aux pommes et poires)』1891年~92年制作 メトロポリタン美術館蔵(ニューヨーク)

 

こちらよく見ると、描かれたテーブルのパース(遠近感)や背景の壁など精緻さとは無縁な描写です。
テーブルの上に無造作に置かれたリンゴと洋梨ですが、このモチーフの存在感は目を見張ります。りんごや洋梨の色彩が美しいですね。
セザンヌはこれらモチーフが置かれた室内の空間描写には関心がなく、絵の具で作る絵画空間にモチーフを「色彩」で表現したかったのだと思います。
単なる目の前の現実の描写から離れて、絵画空間を再構築するこのセザンヌの眼差しは、当時の一般的な人々には受け入れたれなかったようです。

「この作品に描かれたリンゴと洋ナシは、堅固な形態を持ち、並々ならぬ存在感を放っています。机は傾き、壁は歪んでいるように見えますが、画面内の全ての要素が絶妙なバランスで描かれており、構図には確かな安定感があります。(中略)あまりに革新的であったセザンヌの作品は、当時の大衆からは受け入れられませんでしたが、先進的な画家や美術批評家たちからは称賛され、その死後にはキュビスムをはじめとする20世紀初頭の前衛芸術に多大な影響を及ぼしました。

引用:メトロポリタン美術館展サイト

その先進的な画家の中からこのセザンヌの「絵画空間を再構築」のアプローチを継承して、より前衛的な絵画の表現を模索する者たちが美術史に台頭していきます。

次の絵をご覧ください。「キュビスム」絵画という当時はたいへん前衛的な作品です。

パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)『梨のある婦人像 : フェルナンド(Femme et poires : Fernande)』 1909年制作 ニューヨーク近代美術館蔵

 

ピカソはモチーフから絵画を画面に再構築して、幾何学的図形に還元するように描く【立体派・キュビスム(Cubisme)】と呼ばれる美術運動を積極的に推進していきます。
この絵をよく見ると、あのセザンヌの描いた「洋梨とテーブル」が登場していますよ!

ポール セザンヌの絵画とその彼の志向は、きっとピカソにとっての大切な存在だったのだと思います。

展覧会情報

「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」

2022年2月9日(水)~5月30日(月) 日時指定予約制

https://met.exhn.jp/

東京・六本木にあります国立新美術館で開催中です。

ピカソにも、ひいては現代美術にも影響を与えるセザンヌの『リンゴと洋梨のある静物』の本物に出会えるチャンスです!

 

関連記事