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デザイン深化論──携帯電話から生まれたエモーションの美学 – Vol.3 触感礼賛

文 / 写真:砂原哲
コーディネート:竹島弘幸 / 竹内基貴

こんにちは、デザインプロデューサーの砂原哲です。

Vol.1vol.2では、「au Design project」の活動で、携帯電話やスマートフォンのデザインからデザインやアートそしてXRやブロックチェーン、AIなどの先端テクノロジーを掛け合わせ新たな価値を生む統合デザインへとシフトしつつ、「Emotion」をデザインしてきた経緯のお話をしてきました。

au Design projectが探究してきたのは、単なる使いやすさを超えた、より深い感性的な価値でした。その一つが「ずっと触っていたくなる」ような「触感」や「肌理(キメ)」です。職人ともなれば数ミクロンの差を指先で感知できると言われる繊細なセンサー「触覚」。私たちが目指したのは、その「触覚」が快を感じる心地よい「触感」や「肌理(キメ)」、それらを有する「手が喜ぶかたち」を具現化することでした。

その結晶の一つが吉岡徳仁がデザインを手がけた携帯電話MEDIA SKIN(2007年)です。

撮影:砂原哲

 それは「第二の皮膚」というコンセプトのもと「形」のデザインでなく「触感」のデザインを目指す挑戦的な試みでした。コンセプト段階ではどう具現化するか全く検討もついていませんでした。試行錯誤の末、シボ加工による樹脂表面の繊細な凹凸に当時最先端のソフトフィール塗料を塗装することで、コンセプト「第二の皮膚」に相応しい触感を実現し、量産に漕ぎつけました。MEDIA SKINはその革新的なコンセプトが認められ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品に選定されました。

2010年代以降、ケータイからスマホへの急速なシフトに伴い、私たちの感性にも大きな変化がもたらされました。その一つが、「触感」や「キメ」に対する感受性の後退ではないでしょうか。手で触れることが生み出すフィジカルな喜びが、スマホの滑らかで平坦なタッチパネルによって貧困化してしまったように思います。スマホにおける「触感」は、硬いガラスのフラットな表面を「タッチ」するという、非常に限定的で貧弱なものになりました。また触覚を再現するハプティクス技術により擬似的、人工的な感触へと代替されました。

ⓒKDDI

この変化を具体的に言い換えると、「手から目へ」「触覚から視覚へ」「多様なキメを有する物理的な触感から滑らかなフラット面へ」「反射光による存在感から透過光による画面の精細さへ」「身体による体感から脳による認識へ」といったシフトです。こうしたフィジカルからバーチャルへの移行は、単なるデバイスの進化にとどまらず、私たちの感性そのものに大きな変容をもたらしているのではないでしょうか。

2020年から、au Design projectでは、XR、メタバース、AI、Web3といった先端技術とデザイン・アートを掛け合わせ、感性に訴えるバーチャル体験を生み出す[ARTS & CULTURE PROGRAM]をスタートしています。このプロジェクトは、私にとって個人的な原点回帰ともいえる活動です。Vol.2でご紹介した東京国立博物館との共同研究プロジェクト『5Gで文化財 国宝・聖徳太子絵伝』のような “文化財”、そしてMEDIA AMBITION TOKYOで発表する予定だった(残念ながらコロナ禍中で催事はかないませんでしたが…)バーチャルヒューマンMEME(メメ)とコラボした『AR Tour with Virtual Human “iru?”』のような“メディアアート”の2ジャンルからスタートしました。

ⒸKDDI

リンク:au 5G AR Tour with Virtual Human MEME “iru?”

バブル崩壊直後の1993年、私は3D映像や「マジック・ビジョン」の制作を手がける小さな映像制作会社に就職しました。その原点は、1985年に開催された「つくば博」での体験に遡ります。

当時中学3年生だった私は、様々なパビリオンで上映されていた3D映像やソニーのジャンボトロンなど先端的な映像技術・表現に魅了され、何度も会場を訪れました。

出典:つくば市役所

(編注)つくばの科学万博跡地は、現在、科学万博記念公園として残されています

その後、ナム・ジュン・パイクのビデオ・アートや、当時最先端の3DCG技術を駆使した子供向けバラエティ番組『ウゴウゴ・ルーガ』(1992-1994年)、その番組のCGキャラクターデザインなどを手がけていたメディアアーティストの岩井俊雄さんの活動などに感銘を受け、メディアアートや先端的な映像技術、CG技術に対する興味を深めていったのでした。

撮影:砂原哲

2001年にau Design projectの前身となる活動を始める前の私は、プロダクトデザインでなくメディアアート的な表現から生まれる情動や感動に強い関心を抱いていました。それゆえau Design project[ARTS & CULTURE PROGRAM]の活動は私にとってはその続編のようなものです。現在、KAMITSUBAKI STUDIOと共同制作しているバーチャル舞台劇「御伽噺」もバーチャルシンガー花譜のライブ配信を観て衝撃を受けたことがきっかけになっています。

ARやメタバースといったバーチャル領域のプロジェクトに取り組む中で、やはり「バーチャルよりフィジカルがいい」と感じる瞬間が少なからずあります。触感が恋しくなるのです。物理的な接触が制限される状況が続いたコロナ禍を経て、私たちはディスプレイの透過光を介したコミュニケーションが日常になりました。しかしその一方で、「触れる」ことの豊かさや、反射光が生む「肌理(きめ)」の美しさから、私たちの感受性はますます遠ざかっているように思います。

現在手がけている生成AIマスコットUbicotは、手のひらサイズで、心地よい丸みを帯びた形をしています。

撮影:砂原哲

生成AIを用いた対話はスマホでも可能ですが、「触れる」「撫でる」「肌理を感じる」といった体験を伴う対話の方が、間違いなく豊かで魅力的です。極めて知性的で脳的な存在である生成AIに、触感が心地よく、愛おしい身体を持たせること。それがUbicotを通じて私が実現したいことです。

2010年代以降、写真に対する私たちの体験も大きく変化しました。写真は「触感」や「肌理」を失い、単なるデジタル画像となりました。いま、私たちが「タッチ」できるのは、写真そのものではなく、肌理のないフラットなガラスの表面です。

私は高校・大学と写真部に所属していました。当時はデジタルカメラなど存在しないアナログの時代。暗室でフィルムを現像し、印画紙にプリントして写真を仕上げていました。

愛機はキャノンT90(1986年)。ルイジ・コラーニのデザインに一目惚れし、どうにか中古で手に入れた一台でした。フォルム、触感、シャッターの押し心地、重量バランス、ユーザーインターフェースなどプロダクトデザインに対する私の感性に大きな影響を与えたのはカメラでした。後に au Design projectという形でプロダクトデザインに深く関わることになるとは思ってもみませんでしたが。

撮影:砂原哲

人生で初めて購入した写真集は、杉本博司の『SUGIMOTO』(1988年、リブロポート)でした。書店で偶然手に取り、とりわけ「海景」シリーズに心を奪われたのを今でも覚えています。そこには、黒の繊細な階調の中に、波の肌理と紙の肌理が重なり合って生まれる視覚的・触覚的な快楽がありました。

杉本博司『SUGIMOTO』書影撮影:砂原哲

杉本博司『SUGIMOTO』書影撮影:砂原哲

2000年代初頭からデジタルカメラを使い始めた後も、撮影した画像はしばしばプリントしていました。写真部時代に愛用していた三菱「月光」のバライタ印画紙の質感を懐かしみ、「月光」バライタ印画紙調のインクジェット用紙が発売された際には、即座に購入したものです。

浮世絵(錦絵)が目で見るだけでなく空摺りの触感なども含めて手で楽しむものだったように、写真にも手で味わう楽しみが確かに存在していたのです。少なくとも2000年代までは、印画紙の「触感」と「肌理」の快楽を私も味わっていました。当時、リコーのGRを鞄に入れて毎日持ち歩き、たまにプリントを楽しむ生活を送っていました。でも今では私もすっかりiPhoneで全て済ませるようになってしまいました(最近は東京の水辺の景色を楽しんで撮っています)。

撮影:砂原哲

 tokyo_waterscapes|東京水景

コンピュテーショナルフォトグラフィーはあまりにも便利で、かつてアナログでは苦労した、あるいは不可能だった「あんなこと」や「こんなこと」が、誰でも簡単にできるようになりました。さらには、プロンプトを入力するだけで、理想の画像を生成できる時代にまでなっています。

しかし、その便利さと引き換えに失われてしまったものがあります。それが「触感」と「肌理」の快楽です。友人の一人は、紙のようなディスプレイを研究開発しており、反射光を再現し、表面にシボを施すことで紙の質感や「肌理」を再現しようとしています。感性的価値を追求したau Design projectのケータイもバライタ紙も過ぎ去りしモノたちですが、私もまた「触感」と「肌理」の魅力を新たな形で呼び返してみたい。

先に述べたUbicotはその挑戦の一つです。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に倣い『触感礼讃』を掲げて、私なりにその可能性をさらに追い求めてみたいと思います。

砂原哲 | SUNAHARA Satoshi
デザインプロデューサー / KDDI株式会社 エキスパート
2002年、携帯電話のデザインを革新するプロジェクトau Design projectを始動。2003年、第1弾モデルINFOBARをリリース。以降、深澤直人氏、マーク・ニューソン氏、草間彌生氏など数多くのデザイナー、アーティストとの協働により、70機種を超えるau Design project / iidaブランドの携帯電話・スマートフォンの企画・プロデュースを手がける。INFOBAR、talby、neon、MEDIA SKINがニューヨーク近代美術館(MoMA)に収蔵されるなど、プロデュースした携帯電話・スマートフォンは数多くのミュージアムにコレクションされている。グッドデザイン賞金賞、DFAアジアデザイン賞大賞など受賞歴多数。著書に「ケータイの形態学」(六耀社)がある。
au Design project ウェブサイト

コーディネート/竹内基貴 (MOTOKI TAKEUCHI)
プロデューサー/コンサルタント
日本写真専門学校卒業後、フォトグラファーになる。その後ロンドン芸術大学(LCC)留学。帰国後はIT企業各社にてWEBマーケティングや新規事業等に従事。2015年に起業、アーティスト/文化人のマネジメントやデザイン会社の広報業務、企業のM&Aなどを行う。現在は地方でギャラリーを経営しつつ、初心に返りちょっとだけ映像制作も行っている。

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