Lines of Sight ーそれぞれのアジアへの視線ー vol.21

学校法人呉学園 日本写真芸術専門学校には、180日間でアジアを巡る海外フィールドワークを実施する、世界で唯一のカリキュラムを持つ「フォトフィールドワークゼミ」があります。

「少数民族」「貧困」「近代都市」「ポートレート」「アジアの子供たち」「壮大な自然」、、

《Lines of Sight ーそれぞれのアジアへの視線ー》では、多様な文化があふれるアジアの国々で、それぞれのテーマを持って旅をしてきた卒業生に、思い出に残るエピソードを伺い、紹介していきます。

食べることは、つながること

PFWゼミ10期生 末永 旭

 

「絶っっ対、バナナだよ!お腹壊す心配ないもん!」

出発前、校内学生ホールにて。
これから180日間の撮影に出る不安な気持ちをつらつらと垂れ流している私に対し、同級生が聞き手になってくれていた。海外に慣れているその人は、旅中の食事は無理に挑戦せず、根にある維管束がフィルターの役目をはたし汚い水で育ったとしても安心、生肉を切った後の包丁で切り売りをすることのないバナナなら大丈夫だよとアドバイスをくれた。私は特に胃腸が弱いので慣れていない食事に耐えられるものだろうか…

そもそもこのゼミは、作品撮影に付随する撮影地への移動手段の確保やホテルの手配など、すべて自身で行います。出発まで入念な下調べをしますが、現地での180日間分の毎食の予定までは立てません。まさに行き当たりばったりです。首都に撮影地を絞っている私は、まぁ、ファストフードとバナナでも充分だろうと考えていました。体内に存在する腸内菌が現地の人間とは違うので、ローカルフードはそりゃ難しいだろうと。とにかく食事に関してはかなり後ろ向きでした。

そんな私が、インドの路上でストリートチルドレンと食べた鳥の生臓物入りカレーの話を、今回は順を追って書いてみようと思います。

 


 

フィールドワークも後半7カ国目に差し掛かり、東南アジアでの生活にも慣れてきました。ただ懸念していた食事面では、1日に15本バナナを食べてみたり、黄色いMのハンバーガーや白い髭のおじさんのチキンなどなど、日本でも馴染み深いお店にお世話になっていました。とは言え、あまり食べておらず、ズボンのベルトは最小にしてもブカブカで、ナイフで新たに穴を増やして使っていました。4カ国目カンボジアのプノンペンでは、なんとなく気が向いて宿を共にしていたゼミ生と同じローカルフードを食べた結果、私だけがノロウィルスにかかり、腹痛で2日間動けなくなりました。

撮影では、都市部で生活するホームレス状態にある人とコミュニケーションを取りながら、一つの作品にまとめる計画でした。都市中心部の駅や寺院、川沿いなどをひたすら歩き被写体を探します。
インドでは、ニューデリー駅から歩いて10分程の所にあるコノートプレイスを訪れました。首都にある商業地区で、イギリス植民地時代に建てられた白を基調とした建物が中心の緑地公園から円形上に広がっています。ブランドショップが立ち並びポロシャツは3,000~4,000円と日本と変わらない金額で取引されています。

コノートプレイス中心の緑地

 

その近くで、太ももあたりをトントンとされ振り向くと、人差し指と中指、それと親指を擦り合わせる動作で私の目をじっと見ていました。片足がなく、目が綺麗な緑色の男性です。こういう時は現金を渡さずに一緒に喫煙をするか、その場で何か食べ物を一緒に買いに行きます。カメラも構えません。そのまま別れる事もあるし、相手がカメラに興味を示してから撮影を開始する事が多いです。結局その日は1枚も撮影せずその場を後にしました。

次の日行くと、昨日と同じ場所に彼はいました。私の事を覚えていたのか、笑顔で手を振ってくれました。手招きをされ付いていくと、彼を入れた4人組が何やら料理をしています。カレーです。スパイスの独特な匂いは、私の胃腸とカンボジアでのトラウマを掻き立てました。身振り手振りで、一緒に食べましょうと誘われている事がわかります。

土埃だらけ、洗っていなさそうな壺

 

こちらも渾身のジェスチャー返し。

「お腹、弱いから、多分、無理だ」

それを見たみんなは爆笑して返します。

「そう、これは、鳥の、内蔵だよ」

何故か私のジェスチャーは鳥に見えたそうです。ポリ袋から鳥の内臓をドロドロと投入、煮込む時間がこれまた短くて驚愕しました。皿にお米とカレーが注がれていきます。この時を逃すことはしたくない、歩いていたら必ず写真が撮れる訳ではなく、出会えたとしても撮れる確率が低い中で、彼らは私の事を受け入れてくれています。これはもう、食べるしかない…

——————この日から1週間、栄養不足気味だった私はめちゃくちゃ元気になりました。2.5食分くらいおかわりをし、食後にアイスを買って来てみんなで食べた後、撮影をしました。

1人がサブカメラで撮影してくれた(右端作者)

 

この出来事は、卒業して7年経った今でもスパイスカレーを食べる時に思い出します。
その後コノートプレイスに通いましたが、残念ながら再会は叶いませんでした。きっとまた会えてカレーを勧められていたら、絶対喜んで食べていると思います。
共に過ごした時間が映画1本分にも満たない程でも、一緒に笑いながら撮影ができました。ですが撮影枚数が少なく、時間の経過が現れていないこの写真群は踏み込みの甘さを感じてしまい、全体の作品体系に沿わずこれまで使用することはありませんでした。
しかし、この紀行文のお話を頂いた時すぐに頭に浮かんだのは、あまりの猛暑でアスファルトが溶けてしまうようなこの日の事でした。

 

私たちは基本的に、お金を払えば安全で安心な食事をとることが出来ます。(時にはノロウィルスになったりすることもありますが…)
けれど、正直に言うと一見不安でしかないあの鳥の生臓物入りカレーを彼らと共に食べることで、言葉を介さずともコミュニケーションを取ることが出来ました。

海外から来た1人の学生が現地のコミュニティに踏み入りそこで暮らす人と、自然と、都市と、関係を構築しながら撮影を行う。
それはフィールドワーク手法の根幹とも言えることだと思いますが、そこに行き着くまでには10人いれば10通りの方法があるように思います。私の撮影方法は効率的ではないと思いますが、間違いではなかったです。

日々の食事の1つをとっても印象深い180日間の旅は、全てが文章として書ける形に現れなくとも、卒業して時間が経った今でも私の日常に影響を与え続けていると思います。
当時リアルタイムで書いていたフォトフィールドワークブログの方もご覧いただけたらと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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