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【Youtube】グリッチ case5 フジモリメグミ『aroundscape-homescape-』【「写真から浮上する言葉を掴む」を活動方針にした写真家コレクティヴ】

PicoN!読者のみなさま、こんにちは グリッチのフジモリメグミです いつも記事と動画をみてくださりありがとうございます

前回のトークから少し時間があいてしまいましたが、5月上旬に収録を行いました 対象となったのは私の作品展、aroundscape-homescape-です

この作品は私の生まれ育った家、30年ほど住んだ実家が建て替えられることを機に制作をはじめました 家族のなかで唯一、建て替えを受け入れることが出来ずにいた私がこの現実とどう向き合おうか、となったときに私を支えてくれたのが写真でした

展示は実家の1階で、5月12・13日の二日間で1時間におひとりをご案内するという予約制で行いました 展示のステートメントをお渡しし、ご自由に過ごしてくださいと伝えてから私は家の片付けに戻ります そうすると畳で横になる方がいたり、ピアノを弾く方がいたり、祖父の部屋からお宝を見つけて持って帰ってくださる方がいたり、いつのまにか母とお茶をしている方がいました 2日間の来客を終えたあと、馬場さんと渡辺くん(☆)、収録の黒田くんが来てくれて、掘り炬燵でトークの収録をはじめました

(☆)今回のゲストはエザワユウスケさん(渡辺くん)、日本写真芸術専門学校のほぼ同級生であり親しい友達です 彼は暮らしの編集室という「まちづくりのチーム」を運営しています 町おこしやDIYが得意で多趣味、多動、物知りです 彼自身のこれまでをグリッチで掘り下げてもおもしろいかなと思っています http://kitamotokurashi.com


aroundscape -homescape-

昨年のゴールデンウィークは、実家の建替え計画の話が動きはじめた頃だった ハウスメーカーの選定をしていて各社が持ってくる建築プラン、特徴、予算などをみて、どこがいいかああだこうだ言っている時期だ

新しく建てるお家は3世帯住宅を希望していて、両親と長男、次男夫婦、賃貸、という想定でいるようだった 私は実家が建て替えられること自体乗り気ではなく、どうしても建て替えるというならば、ここに住みたいと希望していた 祖父母が建てた家を、手入れをすればまだ住めるはずのこの家がなくなるのならば、彼らが過ごしたこの場所で、私自身も住み慣れたこの土地に、また住みたいと考えていた 家族みんなで暮らすのに充分な広さがあるし、両親や兄弟の近くに暮らたい、そう願っていた

ハウスメーカーとの打ち合わせを繰り返していくなか、新しく建てられる実家には私の部屋がないことを知る 3世帯住宅にジョインするどころか、そもそも居場所がないということ、実家に置いてある作品と共にこの家を諦めるということか その場にいることが苦しくなり1階のトイレでしくしくと泣く しばらくしてなんともなさそうな顔で話し合いに戻ったが、もうこんな打ち合わせどうでもいい、帰りたいと思っていた

営業のひとが帰ったあと、和気藹々とした雰囲気のなか、結婚したら実家には部屋がなくなるものなのかと、みんなに聞いてみた すると「あっごめん忘れてたわ!」みたいな感じで、あっさりと部屋を作ってもらえることになった 実際のところローンを組むのは長男と次男だから引け目を感じなくもない じゃあ家賃でも払って堂々としていくか? それもなんか違和感があるのだが、そもそも私は自由が丘に住みたい そう希望してもいいはずだし、そんなややこしい提案だとも思っていなかった

結果的に、その希望は叶わなかった 私が嫁にいった身であること、相続がややこしくなること、子供がいないこと 万が一火事や災害が起こったときに全滅しては困るとか、兄弟は近すぎないほうがいいとか、ローンが組めないだとか、あの手この手をつかって断られていた 私は家族から拒絶されたようで悲しかったし、典型的な男尊女卑の考え方に驚愕し、それを自分自身の家族に言われたことに戸惑っていた

 

この家が永遠に存在するとは思っていない いつか、そう遠くない将来、建て替えられるだろうということは理解していた ただ、私にとってはいまじゃない だけど、私以外の家族にとっては「いま」で、私と「みんな」のあいだの距離は広がっていく一方だった

全然納得してないし、全然嬉しくないし、全然いまじゃない でも、どっからどうみても私のせいで話が進まない みんなの静かな苛立ちに耐えられなくなって、建替えを進めて良いです、と言ってしまった 家族の幸せを願う気持ちもあるでしょうと自分自身を納得させていたが、大きな作品はどこに置こうか、祖父母の遺した大量の道具や作品はどうなるのか、学校の仕事や製本学校の講師テスト、コマでの展示会、目の前のことに精一杯な日々のなか、不安な気持ちは日々蓄積されていった そのことを母に伝えると「自分で決めたことでしょう、なにかを諦めなさい」と言われて、それなら私は家族を諦めます、と本気で思った

 

私は祖父母が建てたこの家が好きだ ふたりはもう死んでしまったけれど、この家にはじーちゃんとばーちゃんの面影がたくさんある 形になって残るものがあれば、この寂しさを少しだけ和らげることができる それは両親や兄弟に対しても同じことで、この家があることが私にとっての安らぎそのものなのだ

だんだんと片付けられて空っぽになっていく部屋をみて、私は自分自身が削られていくような感覚を持っていた それが憂鬱で苦しくて実家にいるときはいつも苛立っていた その怒りの矛先は両親へと向かい、瞬く間に関係が悪くなっていった もともとまあまあな関係の父、信頼していた母への不信感、仙台に住む長男とのコミュニケーションは難しく、子育て中の次男との対話もうまくいかない 頼りになるのはたったひとり、夫である元気さんだけだ 彼は私の話を聞いてくれて、理解をして、いつも味方でいてくれる

 

2月になって、部屋の片付けをはじめた 私は物を捨てるのが苦手で、収集癖もある 小学生の頃コレクションしていたのは文房具、中学のときは手紙、高校のときはアクリル絵の具などの画材、写真学校に入ってからは印刷したプリントすべてと展示会の案内やチラシを残していた 並行して雑誌、歯ブラシ、ベアブリック、食玩、ビーズ、銀杏BOYZから派生していったバンド系のものなど いまは多肉植物、メダカ、毛糸や生地、製本用の紙、恐竜のフィギアに夢中だ 狂気だ これらは私を構成している要素そのものだった 祖父母の部屋からも宝物はたくさん発掘され、たいがいのものを残したいと思った いま住んでいるマンションでは到底無理なので、元気さんと相談して都外にアトリエを持つことになった

 

空き家バンク、家いちばなどをメインに物件を探しをはじめた こんなに物件情報に夢中になったのはいつぶりだろうか 沈んでいた気持ちも幾分ポジティブにむかいはじめ、家族との交流も保つことができていた いくつかの物件を内覧したのちにご縁のある物件に出会い、群馬県桐生市にある駅近古民家を購入することができた 120平米ほどの平屋で、実家の1階部分を想像させるような昭和の建物に私は癒されていった ご近所のおばちゃんは私たちを歓迎してくれていて、子供のように可愛がってくれている ここに自分の居場所が出来たことをとても嬉しく思った

一方で実家の片付けは難航を極めていた いちばん多いときはこの家に11人ものひとが住んでいたこともあって、とにかく物が多い 「戦中派」である祖父母は特に物を大切にするひとだ 私でさえそんなもの捨てろし〜!と言っちゃうようなものもたくさん残されていた 加えて家電や無線機オタクのじーちゃんのコレクションもすごかった ばーちゃんの着物や仕立てた洋服もすごかった 「我が家の記録」と題されたビデオや写真も本当にたくさんあって、それらは私にとっては宝物だった しかし、みんなに手にとることもなく、1枚の写真をみることもなく、「捨てる」と言った  この家に住むひとたちが、この土地を遺してくれたひとが大切にしていたものに興味を示さないことに、嫌悪感がわいた

放っておいたらなにもなくなってしまうだろう 足繁く実家に行って片付けをしていたが、父は私がゴミを出すことが気に入らないらしい 私の部屋の押し入れにあったみんなのものを廊下に出したときも、ものすごい剣幕で怒っていた なにもしない長男や兄夫婦は怒られないのに、片付けをする母と私が舌打ちされるのはどうしてなんだろうか 片付けを手伝ってくれる元気さんがいても私たちを無視するのはどうしてなんだろうか

 

実家の取り壊しまで数日となった 私にとって安らげる場所であったはずの実家はもう、なくなってしまった ここで作品を展示することの意味も、もうわからなくなってしまった やらなかったら後悔するだろう だけどもう、父に会いたくない

4月末日、馬場さんからラインがはいる 辛抱強く、声をかけ続けてくれていた

 

今年のゴールデンウィークは桐生で過ごしていた 工事をしたり、荷物を整理したり、ご近所のたえこさんや友人たちとの時間を過ごした 家族との距離を物理的にとったことによって、気持ちを持ち直すことができたように思う たえこさんはお料理が上手で、今回はワンタンを作ってくださった カーテンの生地や食器も譲ってくれた 渡辺くんと神田くんと亮くんが来てくれて過ごした時間も、夜遅くに行く銭湯も、最高そのものだった

5月10日、展示会準備のために実家へ向かう ハウスメーカーの打ち合わせがあるとのことで、家族みんなが集まっていた 元気さんの提案で家族写真を撮ることになっていたが、そのまえにひとりづつポートレートを撮ると決めていた 最大の敵である父に声をかけて写真を撮ったが、憎しみの気持ちが湧き出ることはなかった いったい私はなにを憎んでいたのだろうか、それを思い出せずにいて、自分が自分じゃないように感じた

 

2025.5.12 フジモリメグミ(展示ステートメントより)


 

「写真とは・・」に続く言葉を探すグリッチのトークは、私自身が自分の作品への理解を深めるために重要な時間となりました

こうして実家での展示会を記録として残せたことに、協力してくださった方々に、心から感謝しています 見つかった言葉はとても意外な言葉でした 相変わらず長丁場の動画になりますが、お茶を片手にどうぞご覧ください

グリッチ フジモリメグミ


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