【展示内覧会レポ】皮肉的で喜劇的な人生観を描いた映像監督 山口えり花のラブリー・ワールドがあなたを魅了する。-GRAPHGATE企画展 山口えり花 作品展 「狂喜的ラブリー」レポート
ピンク、ハート、チュール、フリル、パール、きらきら華やかな装飾に、ときめく世界観。
山口えり花さんの世界観は愛らしいモチーフの大渋滞。
可愛らしい雰囲気に誘われて、ついつい足を運びたくなってしまうようなビジュアルだが、
※本展には一部刺激の強い表現・描写が含まれます。ご注意くださいますようお願いします。
の表記がついてまわる。
そう。
どの作品も、山口えり花さんの人生観が投影されたラブリーかつダークな表現が秘められているのだ。
本展は、2024年にキヤノンマーケティングジャパンが開催した第2回写真・映像作家発掘オーディション GRAPHGATE(グラフゲート)においてグランプリを受賞した映像監督の山口えり花さんによる作品展。
写真展初日を迎えられた山口えり花さんご本人に、作品にこめられた想いを伺った。
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取材協力:キヤノンマーケティングジャパン株式会社
GRAPHGATE企画展 山口えり花 作品展「狂喜的ラブリー」展レポート—〜皮肉的で喜劇的な人生観を描いた、映像・写真作品を展示〜
“GRAPHGATE(グラフゲート)”とは2023年に始まった、作品作りに強い意思を持つ、新しい可能性や才能と出会うことを目的とした写真・映像作家のオーディションです。
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GRAPHGATEにおいてグランプリを受賞した作家はキヤノンギャラリー Sにて、写真展を開催します。
本展は、2024年 第2回グランプリの副賞として開催されています。
エンターテイナーからクリエイターへ
幼少期からダンスを学び、政治学科の4年制大学を卒業後、
“舞台に立つエンターテイナー”ではなく、“企画演出するクリエイター”の方が
より自分の表現したい事を叶えられる!とエンタメ関連の企業を中心に就活されたそう。
面接に受かった映像制作会社で、イチから映像技術を学び、
山口えり花さんのクリエイター人生はスタートしていきます。
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ー映像監督になられるまでの事を教えてください。
高校生の頃は舞台に立ちたいと思ってて、歌やダンス、お芝居に力を入れていたのですが、
父親が厳格で、「美大に行くなんて!!」と言われてしまい、大学で、4年間政治を学んでいました。
学業の傍ら、ダンスや舞台を続けていましたが、[役者としてはそんな特別じゃないな]と思いはじめ、
[演出するのは他の人よりも得意なんじゃないか!]と、自分がより羽根を広げられるような気がして、作り手になろうと気持ちが切り替わっていきました。就職活動はそんなにちゃんと考えていなくて、ざっくりと、エンタメ系の仕事したいなという思いで、幅広く芸能事務所のマネジメントとかテレビ局を受けて、唯一受かった映像制作会社に入社しました。大学時代に入っていた学生運営団体で広報を担当していて、広報ムービーやフライヤーを作成していたことはありましたが、映像制作においては、入社してから1から技術を覚える事がとても多かったです。
最初は、制作部という部署にいて、そこから、映像監督になりました。
キュートな世界観で描かれる“押し付けられた多様性”
ーGRAPHGATEでグランプリを受賞された「CANDY STORE」についてお伺いします。
<多様性>というお題に合わせて、自分なりに解釈して、“押し付けられた多様性”って本当に多様性なんだろうか?ありのままを受け入れるってことが多様性じゃないのだろうか?という疑問を映像化した作品です。
第2回GRAPHGATEグランプリ受賞作品「CANDY STORE」
「CANDY STORE」フルバージョンはこちら
「CANDY STORE」を制作したのは2年前で、その頃には<多様性>という言葉自体、すでに浸透している頃で、大げさに<多様性>を意識しすぎて、逆に不自然なことが多いと感じるシチュエーションが多かったです。
<多様性>ってありのままを受け入れるってことでしかないはずなのに、逆に、意識しすぎて、ありのままを排除しているんじゃないか。それって逆に多様じゃないよね?と。この作品は、<多様性>を意識しすぎるあまりに同一になっていく様子を描いています。
元々私は世の中に疑問を抱くタイプでして、常々、物事に対して疑問なんでこうなんだと思いを馳せながら過ごしています。お題に沿って作品制作をする事は、クライアントワークで、ミュージックビデオの演出をする際も、曲が与えられて、その中で自分が共感できることを掬い上げて自分なりの解釈で演出をしていくのでプロセスとしては通ずるところがあります。
構想から納品までが2週間弱という短期集中で制作した作品です。予算を抑え、1人で作らないといけないのもあって、企画を決めてすぐに事務所の近くのカフェにロケハンして、1週間後には撮影して、編集しました。当時は、そんなに忙しくなかったからクライアントワークと両立ができていました。
映像の中に登場するキーアイテムのキャンディは私が1人でゼラチン固めて作っています。笑
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低予算という事で、看板に張り付けた看板などの美術も全部私がデザインしています。会社に番組制作って部署があって、そこにあったピンボール状の球体の余りを分けてもらってビンに詰め込んでおきました。当時は、「本当になにがなんでも1人でやらなきゃ」といっぱいいっぱいで。他の展示作品ではクレジットをご覧いただくと分かるのですが、とても多くの方に協力してもらっていて、改めてこの当時を思い出すと、1人で作っていたけれど、本当にいろんな人の力ありきだったんだなと、本当に良かったなって思います。
クライアントワークとの両立をしながら展示準備へ
ーグランプリが決定した時どんな気持ちでしたか?
自分がグランプリを受賞すると思っていなくてびっくりというのが正直な感想です。GRAPHGATEって他のノミネートの方々が写真のプロフェッショナルばかりで、それこそ3次選考会の時点で自分が場違いなんじゃないかって気持ちが拭えなかったです。「自分なんで残ってるんだろう。」って。なので、本当にびっくりしました。
ー周りの変化はありましたか?
グランプリ受賞のタイミングでは、「何かとったらしい?」というか、みんな分かってないけど何か褒めてくれるぐらいな感じでしたね。でも、本展を開催する宣伝やインタビューが各メディアに掲載されているのを見てお声がけいただく機会はとても増えました。
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―作家とクライアントワークを両立する為に工夫されている事はありますか?
両立は全くできていないです!案件によりますが、最近は、広告案件は分業するようにして、できる事は任せようと心がけるようにはなってきました。たまに振付も演出と振付の親和性が高い時は同時に考えちゃったりしますが、他の振付師にお願いしたり、ミュージックビデオは編集しながら演出することもあるので、編集は基本的に自分でやりたいと思ってるのですが、演出コンテでカット割り決まっていたりするものは、編集はエディターに頼むとか、ちょっとずつそういう風に頼めるようになってきました。
ー展示されている作品はいつ制作されましたか?
制作しているものもクライアントワークが多いので、いざ展示するとなったら、いわゆる個人の作品というのが本当に全然なくて、半年ぐらいで制作しました。
ー“映像作品”と“写真作品”のバランスには悩まれましたか?
映像作品を増やすことは迷っていたんですけれど、ギャラリーの設計の都合上、1つの音が全体に流れるので、新作のメインの映像作品「Ladidadidance」の音響を全体に流し、他は写真作品にすることで空間のバランスを調節しました。後半の過去のクライアントワークのミュージックビデオの作品は、ヘッドホンをご用意していますのでそちらをお使いいただいてお楽しみください。無音の映像を流すという案も考えてましたが、私は無音なものより、音楽に合わせて経過していく映像のほうが割と自分の中で構想しやすいので今回の構成に落ち着きました。
揺れるハートが、ラブリーワールドの入口
会場内の作品を山口えり花さんご本人に解説していただきました。
展示の最初に飛び込んでくる本展メインビジュアルの作品
まず、これが今回のキービジュアルです。
今回「狂喜的ラブリー」というテーマで作っていて、私がここ最近、すごく人生が変わる出来事がたくさんあって、30歳までに達成しなきゃという焦り、ずっと仲が良かった人が急に疎遠になるなど激動の日々を過ごす中で、自分が愛したい、何かを叶えたいという感情があるからこそ、焦り、不安、ネガティブな感情が生じるんだと解釈して、その根源には“愛情がある”ということで、このハートの銃で頭を打ち抜かれて、ハートの血が流れてるんですけど、生きていることを一番象徴する血液を、ハートのモチーフも含めて根源には愛情があることを表現している作品です。
ー今、布にプリントするのが流行っていますが、最初の写真作品を布プリントにした経緯をお伺いできますか?
展示会場の最初にドンと飾りたいイメージで、材質として、真ん中にパネルを置くより、布の方が立体感が出ていいかなと思い、セレクトしました。初めての展示なので、材質などは、展示の空間演出の人のご提案をとても参考にさせていただきました。
「Couldn’t be happier」
この作品は、ギリシャ神話のキャラクターをモチーフに写真作品にまとめています。
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1枚目は、神話「ミダス・タッチ」のミダス王がモチーフになっています。
あらすじとしては、「触れた物全てを金に変え、より豊かになる事」を望み、その願いが叶い、触れたものは全て黄金になりました。しかし、触れた食べ物も飲み物も金になり飲食はできず、有名な彼のバラの庭も全て黄金に変わってしまうと、彼は嘆き悲しみこの力が不吉で破壊の元であると気付きます。神話の結末としては、パクタロス川で水を浴びたミダス王は元に戻り救われましたが、私の思う独自の結末として、自ら手を傷つけて能力を消失する事で、その時の自分の精一杯の幸せをつかみ取ったというイメージの作品にしました。
2~4枚目は、ギリシャ神話に登場するメデューサがモチーフになっています。
自身の犯した過ちにより、女神アテーナーの怒りを買い、海神ポセイドンが愛してしまうほどの美貌を持っていたメデューサの自慢の美しい長髪は蛇となり、見る者を石化させてしまう恐ろしく醜い怪物に変えられてしまいました。本作では、自分で自分の目をくり抜くことで石化しないようにしたというイメージでビジュアルを制作しました。
生きていく中で、誰でも失敗はする。その中でも自分ができる精一杯の幸せを、誰もが無意識に少しずつ幸せの定義を書き換えている。今回の作品は、私の人生観が色濃く出ている作品がとても多いですね。
ーこちらの作品はレタッチで作成されたものですか?
いえ、特殊メイクですね。メデューサの蛇は3Dプリンターで作ってもらいました。これも特殊メイクののぶさんていう方にお願いして作ってもらいました。特殊メイクとの境目をぼかしたり一部レタッチも入っています。
流れている血には、キラキラを入れて、ちょっとした希望を表現しています。
「Ladidadidance」
人生は皮肉屋で時は冷酷であるという現実の中、頭と心と言動をぶつけ合いながら踊り生きる様子を、レトロ・ロマンチックなダンス作品で描いた映像作品です。
この作品は、私が最近思っていることを全て詰め込んだ作品です。元々この曲自体はこのメロディーが私の中にあったので、それを元に今回歌詞を書き直しています。1シーン1シーン違う意味があり、象徴的なシーンを切り取って写真作品として展示しています。そちらのキャプションもぜひご覧ください。
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最近、映像を見る事の出来る媒体がとても多いじゃないですか。スマホとかパソコンだったり。普段、クライアントワークで制作する映像は、何の媒体で見るかコントロールできないからこそ、展示ならではのこの空間でしか見れないような見せ方をしたくて、空間を生かして5つのスクリーンに取り囲まれているような空間ありきの映像作品に仕上げました。このエリアの美術には、プロのプロップさんに入っていただいています。テーブルの上に置いてある小道具は、撮影の際に実際に使用したものです。
受付周りだけは、私が小道具を準備して飾り付けています。
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最近は通販がとても優秀でイメージ通りのものがカンタンに見つかるようになって便利になったと思います。
「死んだ私に花束を」
自身の喪失から感じた「死者と会えなくなるのは悲しいことだけど、死ぬこと自体は、悲しいことではない。」という死の捉え方を表現しています。
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テーマとしては、私の理想のお葬式です。私が死んだ時、こんな葬儀したいなというイメージで作っています。
去年の夏に父親が急に亡くなりました。親とは普通に仲が良いのですが、悲しみのどん底に突き落とされたようにはならなくて、お葬式でも不思議と涙が出たりしなかったんです。自分の中で、親が亡くなるっていうのは、結構強い感情が伴わないといけないのではないかと消化できない悩みがずっと続きました。
ちょうどその年に、GRAPHGATEの審査があって、その期間“死”って何だろう。と考えた時があって、私の解釈としては、その人と会えない事は寂しいけれど、死ぬ事って悲しいことじゃない。お葬式も、死んだことを悲しみに行くのではなくて、“人生の打ち上げ”みたいなパーティーでいいんじゃないかなと思って。もし私が死んだら、みんなには礼服じゃなくて各々好きなカラフルな服を着てもらって、カラフルな場所でパーティーしたい。と思っています。空間ありきの作品にしていて、写真に関してはごみ捨て場みたいなところに座っていて、天使が死を祝いに舞い降りてきているカットです。祝うって言っても、日常の延長的に祝うようなイメージで、大げさな演技とかは一切せずに撮影しています。この作品は映像にするか迷って、空間の兼ね合いで、ここはこのような表現方法に落ち着きました。
ここから先は、過去に手掛けたミュージックビデオを厳選して展示しています。ぜひ、会場でご覧ください。
受賞作の「CANDY STORE」をご覧いただけるエリアがラストのエリアとなります。
“大事なことこそ、可愛くポップに。”ラブリーワールドは加速していく。
ーこれから挑戦してきたいことを教えてください
率直により大きなことをしたいです。そして、メッセージがあるものを届けていきたい。
“大事なことこそ、可愛くポップに。”(「CANDY STORE」ステートメントより)
映像や音楽がすごい好きなので、得意分野を活かして、人を救ったり、何かに気づくきっかけを与えたり、誰かにとって影響を与えられるようになりたいです。
ー学生に対してメッセージをお願いします。
とりあえずやる。
これってとても大事だと思っていて。私も元々、はじめは他の部署の仕事からスタートしていて、とりあえず面接受かったから監督やるようになって、仕事をこなしていく中で編集とか撮影とかあらゆる業務をやってみて、自分が何が得意か見えてくるし、もっと突き詰めていきたい!と思えるような業務が自分でもわかってくる。とりあえずやるっていうのがすごく大事だと思います。
人生何が起こるかわからないので!
山口さん、ありがとうございました!
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『GRAPHGATE企画展 山口えり花 作品展 「狂喜的ラブリー」』は12/16まで
《展覧会情報》
『GRAPHGATE企画展 山口えり花 作品展 「狂喜的ラブリー」』
会期:2025年11月14日(金)~2025年12月16日(火)
開館時間:10時~17時30分
休 館 日:日曜日・祝日
会 場:キヤノン S タワー1階 キヤノンギャラリー S (住所:東京都港区港南2-16-6)
アクセス:JR品川駅港南口より徒歩約8分、京浜急行品川駅より徒歩約10分
入 場 料:無料
HP:GRAPHGATE企画展 山口 えり花 作品展「狂喜的ラブリー」
取材・撮影/PicoN!編集部 市村・松浦
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