「美術のこもれび」Rayons de soleil dans l’art ②

クロード モネ作の一枚の絵『印象・日の出』について

みなさんこんにちは、専門学校日本デザイナー学院東京校講師の原 広信(はらひろのぶ)です。

絵画の展覧会で「印象派」って言葉を、たまに見かけることはありませんか?
皆さんも一度は「◯◯◯印象派展」といった絵画展をどこかの美術館で鑑賞したことがあるかもしれませんね。

日本でも印象派の画家たちの絵は大変人気があります。モネ、マネ、ルノアール、セザンヌ、シスレー、ピサロ、ゴッホ……と名前の列挙にいとまがありません。

この印象派という言葉を生むきっかけとなった一枚の絵を今回紹介したいと思います。

クロード モネ『印象・日の出』(Impression, Sunrise) 制作年/1872年 マルモッタン・モネ美術館蔵(フランス・パリ)

 

ご覧になっていかがでしょうか?

モネにしてはちょっと地味…? ちょっとザツかも?

一見パッとしないかもしれませんね。この絵はモネの故郷のル・アーブルの港を描いたものです。港の様子ははっきりせず、ボンヤリとして朝靄(あさもや)にかすんでいます。

でも港の施設であるクレーンとか煙突らしき物が見えています。手前には漁船でしょうか、小舟が3艘かな、海に浮かんでいます。その海と、空に赤橙色の太陽が描かれています。

そして特徴的なのは「細かい描写をしていない」事ですね。

ここにもう一つ、同じモネによって『印象・日の出』よりも3年前に描かれた絵を載せたいと思います。

クロード モネ『かささぎ』(La Pie) 制作年/1868~69 オルセー美術館蔵(フランス・パリ)

 

『かささぎ』とは鳥の名前です。
この絵はフランスの大西洋に面したノルマンディー地方の片田舎、冬晴れの日の情景を描いています。この絵を見ると実に細かな筆さばきで描かれています。モネは雪景色のモチーフ(描く対象)を好んで選んでたくさん描いています。

そして、この絵の制作時期はシスレーやカミーユ、ピサロといった印象派の画家たちとも一緒に制作した時期でもあります。
絵を見ると、枝で作られた簡素な戸に止まっている一羽のかささぎと、どこまでも広がる雪の景色の上に角度をもって日光が燦々と降り注いています。
このまばゆい白銀色とやわらかな積雪の陰影。木柵の途切れた戸の部分の一際明るい所にちょうど「かささぎ」が描かれています。
とても静かな空間の中で、モネが今にも飛び去る瞬間を見守っている感じの絵です。大変にリアルな空気感が伝わってきます。

 

さて、この絵の3年後に描かれた『印象・日の出』をもう一度見てみましょう。なんと雑な描き方でしょう!

背景の空も海・遠景の港も筆のタッチ(筆致・筆づかい)がまるで下描きのように荒削りなもののように見えてしまいます。
しかしモネはこのようにしか描けなかったのではなく、ここに彼の絵画の方向性が潜んでいるのです。

この作品が初めて出品されたのは「画家・彫刻家・版画家などの美術家による共同出資会社第1回展」です。
このグループ展には、ドガ、ピサロ、ルノワール、シスレーなど同時期に活躍する画家たちも出品しています。
『印象・日の出』を含めたこの展示された作品を見た批評家のルイ・ルノア氏は

『…描きかけの壁紙でさえ、この海景に比べれば、ずっと出来上がり過ぎている』

つまり、「描きかけの壁紙の方がマシな出来栄えだ」と酷評し、投稿した新聞記事にこの長い名前の展覧会を皮肉って「印象主義の展覧会」(=出来損ないの印象の絵ばかりの展覧会)と名付けたのでした。

ですが、この作品のタイトルの「印象(Impression)」と、しっかり描写せずに印象を絵にしたに過ぎないという意味での「印象主義(Impressionism)」という揶揄(やゆ)したワードが、「印象派」との呼称をもって世に知られるようになり広まりました。また、当の画家たち自らも使っていくようになっていきます。

この『印象・日の出』には、モネの絵画上の模索と探求の方向性が表れています。
それは現実の細部描写よりは絵画の全体から映る光彩や陰影ーつまり、自然光の移ろい(うつろい・動き)を表現する事を求めていくことになります。

伝統的な風景画のように、見えている光景をテクニックを駆使して細密に描く事から離れて、<言い換えると>物と物との関係性を描くよりは、簡略化しつつ描かれた状況の「動き、時の変化のさま」を描こうとすることに重点を置く方向性に向かいます。

実はそれは『印象・日の出』の3年前に描かれた『かささぎ』にも含有した描き方でもありました。
とても静かな空間で一羽の鳥がいつか飛び去る瞬間を、そのリアルな空気感を描こうとしたこと。
移ろい(うつろい・動きと変化)を描こうとする姿勢として一貫する事です。

さて、皆さんにとってはこの絵はどう見えますか?ー「え、あの『睡蓮』で有名なモネの絵なの?」といった感想もありそうです。

でもこの作品が、その後の印象派という絵画の潮流を生む事になる、小さなさざ波でもありました。

パリ地下鉄「ラ・ミュエット(La Muette)」駅から西へ歩きで15分程のラヌラグ庭園のそばに建つマルモッタン・モネ美術館。
その薄暗い展示室の一角に展示してあるそんなに大きくない油絵が『印象・日の出』です。
ひっそりと佇むこの絵の存在がこの後の絵画史に大きな影響をもたらせたのでした。

関連展覧会情報

イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜ーモネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーガン展
三菱一号館美術館(東京・丸の内)
2021年10月15日~2022年1月16日(予約優先)

 

「印象派ー画家たちの友情物語」展
アーティゾン美術館(東京・京橋)
2021年10月2日~2022年1月10日

 

ポーラ美術館コレクション展「甘美なるフランス」
Bunkamuraザ・ミュージアム(東京・渋谷)
~2022年11月23日

 

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