PicoN!な読書案内 vol.1

この連載では、出版業界に携わるライターの中尾がこれまで読んできた本の中から、アートやデザインに纏わるおすすめの書籍をご紹介します。
初回は、クリエイターを目指す人やクリエイティブな物事が好きな人に是非手に取ってほしい2冊をピックアップ。
読んだあなたに発見が訪れますように。

『アート・スピリット』
ロバート・ヘンライ著 野中邦子訳(国書刊行会)

初めに紹介するのは、ロバート・ヘンライ『アート・スピリット』。1923年にアメリカで発表されて瞬く間に話題になり、若い芸術家たちのバイブルとして読み継がれてきた芸術指南書である。クリエイターを目指す人に紹介する本として、真っ先に思い浮かんだのがこの本だ。

著者のロバート・ヘンライは20世紀初頭に活躍した画家で、創作だけでなく美術学校で長年教鞭を執っていた。当時権威重視だったアメリカの美術界の土壌を変え、美術史に大きく影響を与えた人物とも評されている。
本書は彼の23年分の講義ノートや書簡から構成されている。絵画の知識やテクニックを論じる本というよりも、そのタイトル通り「アートに向き合う精神とはどうあるべきか」を考察している点が特長的だ。

制作に向き合う態度や日々の観察眼を養う方法、美術教育における指針など、示唆に富む内容とシンプルで力強い表現たち。アートは決して理想的な美を追い求めることではなく、私的な行為であり、現実の自己と切り離せないことがよく分かる。

頭から順番に読む必要はなく、気になった章から読み進めるのが良いだろう。クリエイターを目指す人は勿論のこと、そうでない人が読んでも共鳴できる部分があるはずだ。

カバーを外した時の詩的なメッセージも好きだ

本書を読んで、なぜ共感できる言葉が多いのだろうと考えたことがあるが、それは芸術における自己研磨が万人に共通しているからではないだろうか。ヘンライは本書で「自分が本当に好きなものは何かを見つめ、自分自身をよく知ること」の重要性を説く。自身の中に芸術的な心を見出すことは、人生を豊かにしていく訓練なのだと思う。

『デザインはどのように世界をつくるのか』
スコット・バークン著 千葉敏生訳(フィルムアート社)

アートスピリットが古典的名著であるのに対し、こちらは近年刊行(2020年刊行・21年邦訳)されたデザインにまつわる本である。世界中のモノづくりの事例を参考に、デザインの重要性を考察する実践的な内容になっている。企業事例が多いが、デザインを専門的な仕事にしていなくても興味深いと思うのでここで紹介をする。

著者のスコット・バークンはマイクロソフトやワードプレス・ドット・コムに勤務し、製品のシステムやユーザーインターフェースのデザインに関わり、プロジェクトリーダーとして活動してきた。

「物を作ること」と「デザインすること」の違いはなんだろう。本書の序盤で言及があるが、「デザインすること」は「より良く改善すること」だ。

「より良く改善するもの/されるべきもの」といった視点で、本書に取り上げられたデザインの事例は多岐に渡るーーー看板、火災報知器、自動車のシートベルトといったプロダクトから、ソフトウェアやSNSアプリのデザイン、建造物の設計、ニューヨーク市の道路…デザインが歴史的に果たしてきた役割を知るとともに、私たちの暮らしにデザインが欠かせないことが分かる。
また、成功例だけでなく失敗例も取り上げられているのが面白い。優先順位が低かったために起こった事故やトラブルや、組織であるが故にデザインに対して共通意識を持つことの難しさやプロジェクトチームを動かす困難さについても言及されている。

本書を読み、自分の身の回りの生活にもデザインされている物事がいかに沢山あるか改めて考えるのも良いだろう。それだけでなく、自分自身が日常的に様々な事柄をデザインしていることにも気がつくはずだ。

文・写真:ライター中尾

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