「美術のこもれび」Rayons de soleil dans l’art ⑥

ポール・シニャック作の一枚の絵『サン=トロペの港』について

こんにちは、専門学校日本デザイナー学院東京校講師の原 広信(はらひろのぶ)です。

今回、第6話ではモネ・ルノアール・ピサロといった「印象派」と呼ばれる画家たちの影響の中で、新たな表現を模索していったフランスの画家 ポール・シニャック[ ポール・ヴィクトール・ジュール・シニャック Paul Victor Jules Signac, 1863年 – 1935年 ]の1枚の絵についてご紹介します。

シニャックの絵をご覧いただく前に、まずはほぼ同時期に活躍しているクロード・モネの作品を載せたいと思います。

クロード・モネ『睡蓮』1908年 油彩、カンヴァス 東京富士美術館蔵 画像引用:東京富士美術館公式HP

 

こちらの『睡蓮』は東京八王子市にある美術館の常設展示されている作品です。淡い青緑色を基調色とした穏やかな池に浮かんだ睡蓮の花が印象的な素晴らしい油彩画です。

  • 約101×90cmというサイズのこのモネの絵画は、目の前に広がる睡蓮の浮かぶ池の様子を「一瞬を切り取って描く」のではなく、むしろ、風が吹いて水面(みなも)が揺らぎ、また時間の経過とともに刻々と変化を見せる水面の光をじっくりと腰を据えて描いています。

これは描く対象を固定化させて描くのではなく、変化していること自体を描くモチーフとして池の「睡蓮」を選んでいると言えます。

それは、これまでの古典的絵画とは描き方のアプローチが異なっています。
では、ちょっと比較として、ベラスケスというスペインの画家が1618年に描いた(モネの睡蓮よりも約300年前)絵画をご覧ください。

ディエゴ・ベラスケス『卵を料理する老婆』(部分)1618年 油彩、カンヴァス スコットランド国立美術館蔵 | ディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケス(Diego Rodríguez de Silva y Velázquez)

 

ベラスケスは17世紀を代表するスペインの画家です。持ち前の細密な描写力によって美術コレクターでもあったスペイン国王フィリペ4世により宮廷画家の地位を与えられて活躍した画家の作品です。どうでしょうか?めちゃめちゃリアルですが…ちょっと固まっているようにも見えます。
つまり、画家の眼は卵を調理している状況を固定化して緻密な描写を行う眼差しになっています。

さて、この時、描く対象を細部まで精密に描写をしている。まるで撮影でもしたかのように(世界で初めて撮影に成功したのは1826年のフランス ※引用先:カメラのない時代はどうしてた?思い出を残す方法の移り変わりの歴史)です。
つまり古典的な『絵画』にはある一面として「記録に残す」という事に近い役割を担っていたと言えるでしょう。

こちらはそのベラスケスがスペインの宮廷画家として制作した当時のスペイン国王の肖像画です。

ディエゴ・ベラスケス『フェリペ4世の肖像<Portrait of Philip IV>』1656年 油彩・カンヴァス、ナショナルギャラリー、ロンドン(英国)

 

なんだか迫力のあるお顔ですね…!

では、お話をベラスケスのめちゃリアルな絵画からモネに戻します。

モネが移ろい変化する様をカンヴァスに描くときにその特徴とされるのが、色彩と筆の使い方です。

モネの描き方というのはいくつもの色彩が重なり合って、睡蓮の花や水面に映る空になっています。近づいて見てみると様々な色を隣り合わせて使っていて、やや遠く離れて見ると描かれた対象の姿として見えてきます。
この隣接する色の組み合わせでモチーフを表現する描き方ですが、ちょうど「白色光の成り立ち」にも共通しているのです。

1666年に物理学者アイザック・ニュートンはプリズムを使った実験で「プリズムを通った白色光は細長い色帯になる」(※引用先:科学の歩みところどころ 第19回スペクトルの謎より)ことを実証しています。

これにより自然の光は様々な色の集合体であり、色彩もまた多様な色の組み合わせで表現できる。という理解も広がっていきました。それが絵画の制作方法として絵画史に現れるのが、ゴッホやスーラ、シニャックたちでした。この人たちの絵画は「新印象主義(neo-impressionism)」と呼ばれています。
彼らの描画の特徴は筆をカンヴァスに点を打つように運び、筆跡を点のようにして、様々な絵の具の色を隣接させて描く手法です。
いわゆる「点描画」という手法です。

では「点描画」作品を見てみましょう。
ポール・ヴィクトール・ジュール・シニャック(Paul Victor Jules Signac, 1863年11月11日 – 1935年8月15日)の描いた絵画です。

ポール・シニャック『サン=トロペの港 』1901~1902年 油彩、カンヴァス 国立西洋美術館蔵 画像引用:国立西洋美術館公式HP

 

この絵は離れてみると港の情景を描いた絵画ですが、画面を近くで見れば実に細かい「色の点」の集積になっています。

シニャックと共に新印象主義絵画を切り開いていた仲間であったジョルジュ・スーラ(Georges Seurat 1859~1891)の死別を機に訪れたこの漁港を彼は気に入り、サン=トロペとパリを往復するようになりました。

手前の海岸では漁を終えて戻ってきた舟から収穫した魚を陸揚げでもしているのでしょうか。また釣りを楽しんでいる人の姿も描かれていますね。
シニャックはこの絵を、手前の港の様子はやや暗めの陰影として描き、遠景の空も海もそして居並ぶ建物が明るい色彩で描かれていて、たいへん情緒的な風景となっています。

印象派のモネが描いている「光の移ろい」の表現とほぼ同時期に「点描」技法による光の描写を指向したシニャックの絵画は、画面に新たな魅力を与えていきます。
そしてそれが、色の点の集積から「色彩」そのものを絵画にしていこうという新たな絵画運動「フォーヴィズム(Fauvisme : 野獣派)」につながっていく契機になっていくのです。

この油彩画「サン=トロペの港」の実物を鑑賞できます!
ぜひ夏の盛りに静かな美術館でのひと時を楽しんでください。

展覧会情報

「自然と人のダイヤローグ」展 フィードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで
会 期:2022年6月4日(土) ~9月11日(日)
場 所:国立西洋美術館(東京・上野)
※リニューアルオープン記念企画 日時指定予約制


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