ロゴのルーツ?家紋の由来!Part2
前回は、御三家の家紋をご紹介しました!
今回は、動物・昆虫・植物
をテーマにご紹介したいと思います。
鶴丸紋
「鶴は千年、亀は万年」という言葉があるように、長寿を意味する鶴は家紋として使っている家も多いそうです。
そんな鶴丸門を使っている一つが、織田信長のお気に入りとして、本能寺で最後を共にした森蘭丸の森家。主君をサポートする小姓として活躍していた蘭丸ですが、主君を立てる気配りの達人でもありました。
そんなエピソードを1つご紹介!
ある日、蘭丸が大量のみかんを運んでいると、信長から「そんなに大量のみかんを運んでいたら転ぶぞ」と注意を受け、本当に転んでしまいました。実は、わざと転んで、主君である信長の言ったことが間違いではないと、周囲の人に伝えるためのパフォーマンスだったのです。
蝶紋
幼虫からさなぎ、成虫へと姿を変えて成長する生き物である蝶は、変化を繰り返す神秘的で華やかな存在として、公家に愛用されていたそうです。
蝶紋は色々と種類があるのですが、ひときわ豪華な印象を受けるのが、こちらの「揚羽蝶(あげはちょう)」です。
平清盛の父、貞盛が朝廷からもらった鎧に蝶の紋様があったことから、平氏が使用していたと言われています。
織田信長も一時期、平氏の末裔と自称して使っていたそうです。
下り藤
こちらの家紋は、見かけた方も多いのではないでしょうか?「ゴホン!といえば」でお馴染みの龍角散に使われていますね!
龍角散ののどすっきり飴について、「一日に何粒食べていいですか?」というお問い合わせをよくいただきますが、医薬品ではないため1日何粒までといった制限はなく、お好みに合わせてお召し上がりいただけます(糖分の摂り過ぎにはご注意ください)。#いいにくいことをいう日 pic.twitter.com/ySPhNyWIog
— 龍角散公式 (@Ryukakusan_PR) November 29, 2022
この家紋は藤井家の「下り藤」と言われる家紋です。
なぜ、この家紋が使われているのか?
実は、龍角散の歴史は古く、その原型は江戸時代に藤井玄淵(ふじいげんえん)という医者によって生み出され、子の玄信(げんしん)が西洋生薬を取り入れて改良したのが始まりだそうです。
その後、3代目である藤井正亭治(ふじいしょうていじ)が藩主の喘息を治すため、その原型をもとに改良を重ね、龍角散が誕生しました。
明治維新後、東京で薬屋を始め、200年以上人々の喉を守る薬として、活躍しています。
つまり、龍角散の生みの親である藤井家の家紋を現代のパッケージにも使っているわけですね。
家紋は、平安時代から
800年以上も受け継がれている文化です。
そんな文化が現代まで受け継がれているのを見ると、デザインが秘めている力の強さを感じます!
皆さんが作ったデザインも、何百年後に残っているかもしれませんね。
PicoN!編集部:山崎