建築家・槇文彦のデザイン思想。代官山ヒルサイドテラスに込められた〈隙間〉の美学
インテリアデザインの観点から、街並みや建物について学ぶ「インテリア探訪」。代官山編・第2回となる今回は、代官山ヒルサイドテラスを設計した建築家・槇文彦さんの建築美学を紹介します。
文・野口朝夫(建築家・専門学校日本デザイナー学院校長)
■前回の記事
代官山の魅力を、前回「デザインの力」と書きました。とりわけ、それはヒルサイドテラスの設計者の槇文彦さんが、現場の自然を大切にし、環境を取り込んだデザインをしていることによります。
さらに魅力を加えているのは、同時期に建てられたり、少し時期がずれて建てられたいくつもの建物の周囲に、かなりのボリュームで「隙間」空間が確保されていることにあります。
法規の制約からくるものもあるのでしょうが、空間構成においての「デザイン意図」は明快です。例えば旧山手通りを挟み、中目黒側中央C棟では、3つの建物ブロックの間を歩き抜けることができます。
D棟は「隙間」スペースで囲まれた形です。
渋谷側の新しいF棟では「隙間」から裏に抜けられるよう、細い小径が確保されています。門で仕切ったり、塀で区切ることなく自由に歩け、抜けられるスペースにより建物を繋ぐ。これは「管理する」コンセプトではありません。
異なるデザイナーが設計した、隣の代官山蔦屋でもこのコンセプトを継承したのでしょう。建物3棟をずらし、隙間空間を生んでいます。
ただし、こちらは、外壁に沿った直線的な構成で、「隙間」というより、「通路」感がより強く感じられます。それでもこの通路にはテーブルやパラソルが張られ、ある自由さが提供されています。
これまでの日本の空間では、「自由」の提供より、管理が優先する傾向が強く、通り抜けできないのものが一般的だったことと比べると、ずいぶんおおらかで楽しく、新鮮な印象です。蔦屋では、室内空間でも、通路性と隙間性がアレンジされ、「次になにがあるのかな?と心をときめかせるような」独特な空間を創りだしています。個人的には、この空間は狭すぎて、少々スケール感が違うとは感じていますが(銀座の蔦屋はほんの少しだけ大きい)。
日本には「広場がない」というようなことを、たしか建築家の芦原義信さんの本で読んだことがあります。
日本人は「外部空間」は自然発生的にできあがっていくと考えるに対し、優れた広場が揃っているイタリアでは、広場のような「外部空間」を室内の「内部空間」と同じように意識し、意義を認め、大切にしているとのこと。確かに、イタリア・シエナのカンポ広場が街の中心をなし、人々の視線が広場に集中するように作られていたことを思い出します。
個人(不動産会社)の所有物である空間において、「隙間」を積極的に位置づけ、賑わいを持つ広場のように作り上げるのは、管理上のリスクもあることでしょう。またここがオフィスや住宅の複合施設であることを考えれば、ヒルサイドテラスに、人々が集まり出会う広場性を持たせることは難しいかもしれません。
とはいえ、次にこの街を展開させるときには、是非、人々が三々五々集い、自由に散策できる広場としての「隙間」と機能を設定出来れば、もっともっと、地域の魅力は増すと感じます。
文・野口 朝夫
日本デザイナー学院校長。一級建築士。
野口朝夫建築設計所代表として、住空間を中心とする各種建築設計監理を手がけている。日本デザイナー学院では、住空間・フィールドワークなどを30年にわたり担当。現在 校長。国際NGO事務局長として40年間にわたり、ラオスでの読書推進活動に携わっている。
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