「世界のブックデザイン2024–25」と印刷の歴史から体感するビジュアル・コミュニケーション—「印刷博物館」展覧会レポート
本文の文字組みやレイアウト、用紙選び、製本・印刷方法まで、細かく設計していくブックデザインの仕事。
コンセプトを最適な形で表現するために、一冊の本全体をデザインするのが特徴です。
みなさんは、すぐれたブックデザインを表彰するコンクールが、世界各地で行われているのをご存知でしょうか。
東京都文京区にある「印刷博物館」では、2026年3月22日(日)まで1階のP&Pギャラリーで開催中の展示「世界のブックデザイン2024–25」にて、各国の受賞作品およそ180点を見ることができます。
「印刷博物館」は、TOPPANホールディングス(旧凸版印刷)が運営する公共文化施設で、印刷の技術や歴史を視覚的に楽しめる常設展もあり、印刷とデザインのつながりをたっぷりと学べるスポットです。
この記事では、「世界のブックデザイン2024–25」と常設展を訪れた様子をレポートし、多彩なブックデザインの魅力と、ビジュアル・コミュニケーションの変遷をご紹介します。
「世界のブックデザイン2024–25」—型にはまらないアイデアから生まれた本が大集合
「2024年最も美しいポーランドの本」展示コーナー
2025年2月にドイツで開催された「世界で最も美しい本(BBDW)2025コンクール」の受賞図書とともに、7カ国のコンクール受賞作を紹介する「世界のブックデザイン2024–25」。
日本の「第58回造本装幀コンクール」をはじめ、ドイツ、カナダ、オランダ、中国、ポーランド、ポルトガルのすぐれたブックデザインが一堂に会します。
展示されている図書は、手に取って閲覧が可能ですので、本文のレイアウトや紙の質感などを体感できるのが魅力です。
「世界で最も美しい本2025コンクール」—各国の受賞図書から選び抜かれた屈指のブックデザイン
「世界で最も美しい本2025コンクール」展示コーナー
ここからは、「世界で最も美しい本(BBDW)2025コンクール」と各地のコンクールの受賞図書を、実際に見てみましょう。
「世界で最も美しい本(BBDW)コンクール」に選出されるのは、各国のコンクールで受賞した作品のうち14点のみ。
毎回5名の審査員が選抜され、その年ごとに異なる傾向の図書が選ばれるのが注目ポイントです。また、基本的には、書店で購入できる書籍が審査の対象となるので、一般の方が手に取れるのも特徴的です。
Hidden Heartache[隠された心の痛み]
Hidden Heartache[隠された心の痛み]
著者:Simone Keller 編者:Kulturstiftung des Kantons Thurgau / Stefan Wagne 発行:Jungle Books, St. Gallen
音楽史における女性とマイノリティの作曲家の才能に着目した、ピアニストのシモーネ・ケラーによる著作。社会的な不平等や権力の格差を探る本として制作されました。
正方形でレイアウトされた文字組と写真が、LPレコードやCDの形を想起させます。ページをめくると、正方形の文字組が大きくなっていき、力強く訴えかけるような印象を受けました。
その一方で、落ち着いた色調のデザインや、しなやかな手ざわりの紙が、読者にやさしいイメージを与えます。繊細なテーマと著者のメッセージを見事に融合させたブックデザインです。
また、100年間のピアノ曲が100分間収録されたオーディオCDがセットになっており、読み手がより深くテーマと向き合う時間をつくり出している一冊です。
New Surface Research[新しい表面研究]
New Surface Research[新しい表面研究]
著者:Henri Jacobs 発行:Roma Publications, Amsterdam
アーティストのアンリ・ヤコブス氏による、思考実験の作品集。彼は、二次元で作られたものに注目し、平面でありながら、表面と裏面が存在する特性を探究しています。
ヤコブス氏の制作方法のひとつに、図像や誌面を短冊状に裁断し、異質な2つのイメージを編んでいくという技法があります。
古いものと新しいもの、具象的なイメージと幾何学的なイメージなど、異なる要素を織り交ぜると、意味合いに変化が生じます。さらに、短冊を編むことで、表面と裏面が表れるのです。
本書の表紙も、細く切った紙を組み合わせてつくられた作品で構成されています。
また、印刷した用紙を重ねて、中央で2つに折る「中綴じ」で製本されていますが、あえて小口(本を開く側のページの断面)を断裁していません。印刷物は二次元の表現ですが、三次元の物質として立ち上がるようなブックデザインだと言えます。
世界各国のコンクール受賞図書—地域ごとに見えてくるデザインの特色
世界各地のコンクールの展示コーナー
ここからは、ドイツ、オランダ、日本のコンクールの受賞図書を取り上げてご紹介します。
①「ドイツの最も美しい本2025コンクール」受賞作
「ドイツの最も美しい本2025コンクール」展示コーナー
Stiftung Buchkunst (エディトリアルデザイン財団)が主催する「ドイツの最も美しい本コンクール」。長い歴史を持ち、2025年で58回目を迎えました。この年は、およそ600点もの応募作が集まりました。
Hüte und andere Kopfbedeckungen aus aller Welt[世界の帽子と被り物]
Hüte und andere Kopfbedeckungen aus aller Welt[世界の帽子と被り物]
編者:Karen Exner 発行:Carlsen Verlag, Hamburg
シェフの帽子など職業にまつわるものから、ナポレオンの三角帽まで、古今東西の歴史や文化に焦点を当て、さまざまな被り物を描いた児童書。
表紙のイラストレーションは木版画のように見えますが、油性パステルの層を削り取って表現されています。下の層に色を塗った後、上から黒く塗りつぶし、黒い部分を削ることで、下の色が表れるという技法です。
本文の書体も、黒い輪郭線と鮮やかな色彩に合わせてデザインされ、イラストレーションの世界観と調和しています。
最後の見開きには、真上から見た帽子を観察して、どの被り物かを当てるクイズが収録。帽子という身近なアイテムをきっかけに、新しい発見を楽しみながら、いろいろな地域の文化にふれられる一冊です。
②「オランダの最も素晴らしい本2024コンクール」受賞作
「オランダの最も素晴らしい本2024コンクール」展示コーナー
1926年に始まった「オランダの最も素晴らしい本2024コンクール」は、現在まで続くヨーロッパで最も古いブックデザインのコンクールです。
Stichting De Best Verzorgde Boeken(最も素晴らしい本財団)が主催し、66回目となる今回は、268点の応募図書から30点が選ばれました。
Om(Mother)[オム(母)]
Om(Mother)[オム(母)]
著者:Barbara Debeuckelaere, Adam Broomberg 発行:The Eriskay Connection, Breda
パレスチナに住む8家族の女性が撮影した日常の写真を収録した書籍。母親と子どもたちの暮らしから温かみが感じられますが、すべての写真が黒で取り囲まれており、どこか不穏さが漂っています。
彼女たちが生活するテル・ルメイダ地区は、イスラエル軍によって最も厳しく監視されている地域のひとつで、常に脅威にさらされている状況を表しています。
この写真プロジェクトを企画したオランダの編集者は、侵攻に反対する姿勢を何らかの形で示せないかと思案したそうです。そして、女性たちが日々の暮らしを記録する行為が、圧力をかける人々への静かな抵抗になるのではと考えました。
本文には、凄惨な街の様子は描かれていませんが、表紙カバーの内側に、爆弾が投下されて火の手が上がる場面が、わずかに見えるようデザインされています。
監視下にある地域の情報を外の世界に伝えようという思いが伝わるブックデザインです。
③「第58回造本装幀コンクール」受賞作
「第58回造本装幀コンクール」展示コーナー
日本の「第58回造本装幀コンクール」は、造本・装幀を通じて出版文化をより豊かに育み、文化や社会の発展につなげることを目指して、1966年に設置されました。一般社団法人日本書籍出版協会と一般社団法人日本印刷産業連合会が主催し、開催されています。
今回は、308点の応募があり、22点が選ばれました。
イヴ・ネッツハマー ささめく葉は空気の言問い
イヴ・ネッツハマー ささめく葉は空気の言問い
編者:石川潤 発行:宇都宮美術館/下野新聞社
宇都宮美術館で開催された、スイス現代美術を代表する映像インスタレーション作家イヴ・ネッツハマー氏による個展の図録です。
本の表紙と背の部分で異なる素材を使い、継ぎ合わせるようにして仕立てる「継ぎ表紙」という方法で製本されています。
布地の上に別の素材を重ねるため、通常は継ぎ目の部分に若干の段差が生まれますが、本書はほとんど段差が感じられない滑らかな仕上がりです。
また、小口が赤い箔で装飾されており、落ち着いた色の表紙とのコントラストが美しく、上品さを醸し出しています。
本文の文字組みや色使い、レイアウト、表紙の美しさや機能性など、さまざまな角度からの審査を経て、非常に高い評価を得た書籍です。
チ。一地球の運動について一 豪華版
チ。一地球の運動について一 豪華版
著者:魚豊 発行:小学館
15世紀のヨーロッパを舞台に、異端思想とみなされた「地動説」を研究する人々をめぐる漫画作品。
地球や火星など、惑星をテーマにした表紙のグラフィックデザインが特徴的です。本の顔となる部分に、あえてキャラクターを登場させないことで、作品のコンセプトや世界観を直感的に伝えていると言えます。
さらに、白色の文字をプリントした透明なカバーをかけ、豪華版としての特別感を演出しているのが見どころです。
ここまで、各コンクールの受賞作をピックアップし、ブックデザインの幅広い表現方法をご紹介してきました。それぞれの作品を観察すると、背景にあるコンセプトが見えてきます。制作者のこだわりや伝えたいメッセージがあるからこそ、細部まで追求されたデザインが生まれるのだと言えるでしょう。
紙の質感や製本の工夫を、ぜひ会場で体感してみてくださいね。
印刷の文化を追体験できる常設展
常設展「印刷×技術」コーナーの展示
さまざまなブックデザインにふれた後に、合わせて訪れたいのが、地下1階の常設展です。
展示品や映像を通して、当時の様子を追体験できるのが、常設展の特徴です。印刷技術の発展とともに花開いた文化を、タイムスリップするような感覚で学ぶことができます。
各国の文化や人々の暮らしと印刷技術の結びつきを実感すると、デザインとの関係がより深く見えてくるでしょう。
今回は、「プロローグ」と「印刷の日本史」の2つのコーナーに注目してレポートをお届けします。印刷にフォーカスして歴史を眺める面白さを味わってみましょう!
プロローグ—レプリカとともにめぐる印刷の歴史
常設展 プロローグの展示室。古代から現代に至るまで、人々がどのように記録し伝えてきたのかを一望できます。
プロローグでは、世界各地のビジュアル・コミュニケーションの歴史を、レプリカとともにひも解きます。
展示は、古代の人々が洞窟に壁画を描いたり、石や亀の甲に文字を刻んだりと、自然の素材に記録していた時代から幕が上がります。
ヨーロッパで生まれた写本のレプリカ
紀元前2世紀頃になると、中国で紙が開発され、世界各地に伝播しました。ヨーロッパでは聖書を人の手で写し書きする「写本」が誕生します。
奈良時代につくられた《百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)》のレプリカ。「印刷の日本史」コーナーには、原物が展示されています。
日本では、奈良時代に印刷技術が発達。争いが頻発する世の中が平穏になるようにと称徳天皇の命でつくられた《百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)》は、年代が明確になっている資料のなかで、世界最古の印刷物と言われているそうです。
版自体が現存しないため、どのような方法で刷られたのかは判明していませんが、宗教や祈りから印刷が始まったことが分かります。
仏像の姿を彫った版木を紙に刷っている様子を再現した模型
15世紀に入ると、グーテンベルクが活版印刷の技術をヨーロッパで発展させます。
東アジアには、15世紀より前に活版印刷がありましたが、活字の上に紙などを敷き、バレンで刷る方法をとっていました。
いっぽう、グーテンベルクは、書物を流通させることを念頭に印刷機を開発し、世界で初めて、活版印刷で聖書をつくることに成功しました。
その方法は瞬く間に広まり、これまでとは比較にならないほど多くの書物が流通したのです。
ベルギーで1600年頃に使われていた木製手引き印刷機の複製
インストラクターによる木製手引き印刷機の実演が、土・日・祝の15:00から開催されています。この日は特別に、実演の一部を見せていただきました。
今では、自宅やコンビニで手軽にプリントが可能ですが、その過程には技術と人々のコミュニケーションのめざましい発展があったのだと実感しました。
印刷の日本史—現代にも息づく文化を発見
常設展「印刷の日本史」コーナー入口
「印刷の日本史」コーナーでは、奈良時代から現代までの歴史をたどります。技法についても分かりやすく解説されており、初めての方も親しみやすい展示です。
展示品のなかでもとくに貴重なのが、徳川家康の命でつくられた《駿河版銅活字》です。
当時、木製の活字は存在していましたが、日本で金属活字をつくったのは家康が初めてだったそうです。金属であれば、型に流し込んで何度でも同じ活字を作れるメリットがあり、情報を正確に多くの人に伝えることが可能です。
徳川家康《駿河版銅活字》(1606〜1616年、重要文化財)
駿河版銅活字で印刷された『群書治要(ぐんしょちよう)』(写真下)。
唐の皇帝、太宗の命により、中国の古典の中から政治に関する文章を抜粋した書物です。家康は、治世の参考にと本書の出版を命じました。
やがて、限られた人々のみが扱っていた印刷技術は、庶民にも浸透し、江戸時代には出版文化が花開きました。
2025年に放送されて話題になった、NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」に登場した蔦屋重三郎をはじめ、いくつもの版元が活躍します。
庶民がグルメや旅などの趣味を楽しむようになると、ニーズに応えるように、多くの実用書が出版されました。
「ニーズをつかんだ実用書」の展示
佐山半七丸 著、福井久兵衛 刊『都風俗化粧(けわい)伝』(1813年)。おしゃれな髪の結い方が解説されています。
さらに、浮世絵や御守りが人気を博したり、ニュースを素早く伝える瓦版が誕生したりと、印刷物が庶民の間に根づいていきました。
江戸時代の出来事ではありますが、現代を生きる私たちに通じる文化が育まれていたのだと感じました。
浮世絵が完成するまでのプロセスを解説するコーナー。一色ずつ版をつくって印刷されていることが分かります。
地震の御守りとして刷られた「鯰絵(なまずえ)」(写真左、レプリカ)。当時は、なまずが地震を起こすと信じられており、木版の御守りが人々の間で人気となりました。
常設展では、明治時代から戦時下の状況や、現在の印刷技術が開発されるまでの過程も学べます。壮大な歴史をゆっくりと歩いて体感しながら、鑑賞してみてくださいね。
印刷博物館で出会う人々と本のあゆみ
印刷博物館 入り口
印刷博物館のギャラリー展示「世界のブックデザイン2024–25」と常設展を訪れて、一冊の本が生まれた背景に出会うことができました。
多彩なブックデザインにふれた後に、印刷の歴史や文化を追体験すると、本というメディアの奥深さをより実感できます。
読むだけではなく、「つくる」「残す」といった視点から印刷物を観察することで、デザインや本づくりのヒントが見つかるはずです。
なお、常設展と同じフロアにある印刷工房では、「活版印刷体験」や「大人のための活版ワークショップ」も開催されています。
印刷博物館で、学びと体験を楽しみながら、制作のアイデアを発見してみてくださいね。
(取材協力:印刷博物館 学芸員 寺本美奈子様、同館 印刷工房 インストラクター 前原啓子様)
《展覧会情報》
P&Pギャラリー「世界のブックデザイン2024–25」
開催期間:2025年12月13日(土) ~ 2026年3月22日(日)
休館日:毎週月曜日( ただし1月12日、2月23日は開館)、12月27日(土)~ 2026年1月4日(日)、1月13日(火)、2月24日(火)
開館時間:10時~18時
入場料:無料
※印刷博物館地下展示室にご入場の際は入場料が必要です
《「印刷博物館」基本情報》
所在地:東京都文京区水道1丁目3番3号 TOPPAN小石川本社ビル
開館時間:10時~18時(入場は17時30分まで)
休館日:毎週月曜日(ただし祝日・振替休日の場合は翌日)、年末年始、展示替え期間
※詳細は展示予定スケジュールをご参照ください。
料金:
[入場料]
一 般:500円(450円)
学 生:200円(150円)
高校生:100円(50円)
中学生以下および70歳以上の方無料
( )内は20名以上の団体料金
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[デジタル文化財ミュージアム KOISHIKAWA XROSS観覧料]
一般(高校生以上):500円
中学生以下および70歳以上の方無料
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※企画展の開催時には、入場料が変更になります。くわしくは最新展示情報をご覧ください。なお、常設展へのご入場料金は企画展入場料に含まれます。企画展開催期間中、常設展のみをご覧いただくことはできませんのでご注意ください。
※5月5日(こどもの日)、11月3日(文化の日)は入場料が無料となります。
※障がい者手帳(アプリ含む)をお持ちの方、および付き添いの方1名は無料となります。