美しさとリアリティーを写す、写真家ハービー・山口にとって特別な一枚。
ニューヨークのブルックリンの若い不良たちを追ったドキュメンタリー
私の“特別な一枚”はアメリカの写真家、ブルース・デイビットソン(Bruce Davidson)のブルックリンギャング (Brooklyn Gang)というシリーズの中にある一枚だ。このシリーズはニューヨークのブルックリンを根城にしている若い不良たちを追ったドキュメンタリーで、撮影は1959年あたりだろう。
彼らに肉薄して撮影されたモノクロのスナップ写真からは、青春時代特有の若者が持っている、夢、失望、恋、有り余る体力や時間などに弄ばれながら日々を過ごす姿が克明に記録されている。
作品を見て何を感じるかは見た人の立場よって様々だが、私の場合は、作品から沸き立つ気だるさと青春の美しさだ。それはどこか懐かしく、覚めてしまった夢を今一度思い起こそうとするような、もどかしさを伴っている。
特にこのシリーズの中に、ガールフレンドの若い女性が、広いホールに置かれたタバコの販売機の上に設置されている鏡に、自らの姿を投じ、長いブロンドの髪を梳かしている一枚がある。
このカットを初めて写真集を開いた時に見つけた私は、改めてモノクロのスナップ写真の魅力に取り憑かれた。カメラに媚を売ることもなく、鏡に映った自分の姿を一心に見つめる仕草に、えも言われぬリアリティーと美しさを感じたのであった。
この写真に出会ったのは、今から20年も前のことであるが、改めて私自身の写真のスタンスを確認するお手本となった。
2018年、ライカの故郷であるドイツのヴェッツラー(Wetzlar)に赴いた時、現地で開催されていた彼の写真展で、ライカの方からご本人に紹介された。その時の感激は今でも良い思い出になっている。
ハービー・山口
写真家、1950年東京都出身。作家名のハービーはジャズフルーティスト、ハービー・マンから。23歳から10年間ロンドンに在住、劇団の役者を経て写真家になる。 折からのパンク、ニューウェーブのムーブメントに遭遇、生きたロンドンの姿を写した。帰国後も日本とヨーロッパを往復しアーティストから市井の人々をモノ クロのスナップ・ポートレイトという手法で撮り続けている。写真の他、エッセイ執筆、ラジオのパーソナリティー、さらにはギタリスト布袋寅泰には数曲の歌詞を提供している。表現するテーマは常に「生きる希望」とし、現在は大阪芸術祭学。九州産業大学の客員教授として教育にも携わっている。2011年度 日本写真協会賞作家賞受賞。