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「2022年2月24日ロシア軍ウクライナ侵攻」 今月の写真集/美術専門古書店 SO BOOKSの推薦一冊。vol.3

2022年2月24日、とうとうロシアがウクライナへと侵攻を開始してしまいました。これが公開される頃には一体どうなっているのでしょう・・・。しかし僕はこのニュースを聞いて思いだした写真集がひとつあります。この侵攻のそもそもの伏線となった2014年ウクライナ騒乱のドキュメント写真集「Chronicle | Shilo Group」です。

全体が以下のような3部構成になってます。

①ウクライナ大統領に親ロシア派のヤヌコーヴィチが選出された2010年から騒乱前夜ともいうべき2013年暮れのキエフ独立広場における反政府デモまで。

②騒乱の本格的な勃発となり、裏にロシアが控える政権側と民衆の大衝突となった2014年1-2月期。

③ヤヌコーヴィチ失脚という結末を良しとしない親ロシア派が多くを占めるウクライナ東部ドネツク/ルガンスク地域における2014-2015年の様相。

クライマックスはやはり2014年1-2月期のそれで、構図と粒子の荒れたテクスチャは、日本の60年代末期、北井一夫「抵抗」に端緒を見る全共闘学生写真家たちの写真群を、そして同様にPROVOKEの中平卓馬や森山大道の写真を想起させ、我々日本人にはなんとなく親和感があります。

撮影はウクライナ人のSergiy Lebedynskyyと、Vladyslav Krasnoshchokの2人の写真家からなる写真ユニットShilo Groupです。彼らの前作は「Euromaidan」(Riot Books, 2014)。”Euromaidan(ユーロマイダン)”とは上記の抗議活動全般を示す用語です。彼らは恐らく今も、危険を顧みず間違いなくシャッターを切り続け、このロシア軍ウクライナ侵攻の記録を後世へと残しているはずです。

余談ですが、あのJosef Koudelkaは、1968年ソ連プラハ侵攻を撮影したネガを没収される寸前のところを、当時ちょうどプラハを訪れていたスミソニアン博物館学芸員の手を経て無事アメリカへと持ち出すことに成功。それらは翌69年に「プラハの匿名写真家」の名前で世界中に配信されていったのは有名な話です。

 

あとウクライナ出身の写真家としてはBoris Mikhailov(ボリス・ミハイロフ)が世界的に知られます。日本写真芸術専門学校の図書室にも何かしら彼の写真集があるはずです。もし無ければ教務課のお兄さんお姉さんにおねだりしてみましょう。(笑) 彼が2002年に出版した写真集に「Salt Lake」というのがあります。ソ連民主化ペレストロイカ以前の1986年に、ウクライナ東部スラヴャンスク近郊にある塩湖(Salt Lake)を撮影したものです。

もともとソーダ水工場のあった場所らしく、遠くに煙突が見えたり、ゴミがぷかぷか浮いてたりして、リゾート的雰囲気とはかけ離れているものの、日本の温泉のように庶民が憩うスポットとなっていたようです。ソ連邦時代の暗いイメージはここにはなく、余暇を楽しむ人々の笑顔で満ち溢れ、セピア調の色合いと共にノスタルジーを誘います。

しかしここに来て、これらの写真は二重三重の意味を帯びてきます。そう、上述した2014年のウクライナ騒乱です。その時スラビャンスクは、民主派治安部隊と東部を地盤とする親ロシア派との間で激しい戦闘が繰り広げられた血塗られた場所になりました。また、あのチェルノブイリは同国北部にあり、ヨーロッパ一円に放射能を撒き散らした人類未曾有の原発事故は1986年に起こっています。そうです。これらの撮影年は1986年と言いましたね。こうなるとこれら全ての写真が全く別のコンテキストを帯びはじめ、セピアの色は過去と死を象徴する意味合いに転じてゆきます。更に今回のロシア軍ウクライナ侵攻。。。

写真集は世に出て、写真家の手を離れた後も、時を経ていくうちに、読み取る要素が徐々に増していく。僕はこれを写真集の”熟成”と呼んでます。

(2022年2月25日に記す)

文・ 小笠原郁夫(美術専門古書店 SO BOOKS)
2001年写真集/アート専門のネット書店書肆小笠原が前身。屋号をSO BOOKSと変え、代々木八幡に実店舗を構えて12年目に突入。本の買取もおこなっている。
https://sobooks.jp/

 

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