飯塚明夫アフリカフォトルポルタージュ《ニャーマ》 Living For Tomorrow:明日へ繋ぐ命 #4
アフリカ大陸には54ヵ国、約12億人の人々が暮らす。ライフワークとして約30年間、この大陸の人々の暮らしと文化、自然を取材し実感したことがある。それは「彼らに明日は約束されていない」ということだ。
アフリカの人たちの「命の生存」を支える経済基盤は驚くほど脆弱である。不安定な現金収入のため、「その日暮らし」の状況に置かれている。今日の一日の労働は、明日に命を繋ぐための闘いだ。
だが彼らから感じるのは、悲壮感よりエネルギッシュな生活力である。厳しい社会状況の中で一生懸命に生きる人々に尊厳を感じたことも多い。そのような彼らの姿をシリーズでお伝えしたい。
メインタイトルの「ニャーマ」は「霊魂・生命力」等を意味する西アフリカに住むドゴン族の言葉である。アフリカの人々の中に息づく逞しい「ニャーマ」を少しでも感じ取っていただけたら幸いである。
アフリカフォトルポルタージュ-#4
バオバブ
-アフリカの母なる樹-
サバンナに屹立する巨樹バオバブは、しばしばアフリカを象徴する樹に例えられる。「悪魔が幹をつかんで引き抜き、さかさまに置いた」ようだと形容される魁偉な姿からか、『星の王子様』(アントワーヌ・ド・サン=デグジュペリ著)では、成長すると王子様の惑星をその根で破壊してしまう恐ろしい存在として描かれている。
しかし実際のバオバブは、葉・樹皮・果実など各部位を合わせると約100通りの利用法があるといわれるほどの多目的有用樹である。地域住民には大切な天然資源だ。
樹齢1000年~1500年といわれるバオバブの巨樹は、その生命力と存在感の強さから「神木」として信仰の対象にもなっている。まさに「ニャーマ=生命力・霊魂」を具現化した「アフリカの母なる樹」である。
1.恵みの樹
西アフリカのサヘル地帯(半砂漠地帯)の乾季は野菜類の不足が深刻だ。特に雨季が始まる直前の3月~4月は市場でもなかなか手に入らない。
バオバブはこの時期に緑の葉をつける。村の人たちはそれを摘みスープの具に使う。多量のミネラルやビタミンを含む葉は、厳しい乾季を乗り切るための重要な食材である。乾燥させれば長期の保存食材になる。食材以外にも葉は下痢止めや熱さましなど、薬としても利用されている。堅い果皮をもつ実は、半分に割り器としても利用されてきた。乾燥した果肉は食べると甘酸っぱいラムネ菓子の様な味がする。果肉を水に溶かしたバオバブジュースは乾いたのどを心地よく潤してくれる。子どもたちには大切なおやつ代わりだ。
バオバブの樹皮も利用頻度が高い。マダガスカルの西部ムルンダバ地方では、家を建てるとき屋根や壁にバオバブの樹皮を利用する。身近で手に入る樹皮はトタンなどの建材を買うより安上がりだ。市場では樹皮の繊維から作ったバオバブロープや籠を売っていた。樹皮を削り、煎じて飲むと下痢止めや解熱、マラリアに効く。
もしバオバブが『星の王子様』に悪者として描かれていると知ったら、「オレはこんなに人間の役に立っているのに」と嘆くかもしれない。
2.精霊の樹
樹高20メートルを超え、幹の直径は6~8メートルにもなる巨木は、精霊の宿る「神木」としてアフリカ各地で崇められてきた。
セネガルの初代大統領レオポルド・サンゴールは、故郷の村のバオバブに祈りを捧げるために、毎年帰郷したといわれている。 マリに住むドゴン族の人々は仮面儀礼で知られているが、巨樹の生える村の広場を中心に儀礼が繰り広げられる。
マダガスカルのムルンダバに「聖なるバオバブ」として村人の信仰を集める巨樹が生えている。樹齢800年と村人は言うが、正確には誰も分からない。幹の下側3分の2は藪に覆われ昼間でも薄暗い。人々はその木に精霊が宿ると信じ、畏敬の念を抱いている。
困り事や願い事のある村人は、お供え物を持ってそのバオバブを訪ね、祈祷師を介して事の成就を祈った。私もムルンダバを訪ねたときは「聖なるバオバブ」にお神酒を上げ、取材の無事をお願いした。
3.受難の時代
悠久の時を生き抜いいてきたバオバブがいま生存の危機に直面している。人口増加や経済の発展に伴う宅地開発や道路の拡張工事などにより、多数のバオバブの巨樹が重機によってなぎ倒されているのをセネガルで目撃した。
マダガスカルではサトウキビ畑や水田の拡張のため、バオバブの生える森林が焼き払われている。バオバブの若木は焼かれ、生き残った巨樹も田んぼの水で根腐れを起こし倒れてしまう。サバンナなどの乾燥地に適したバオバブは、水田地帯では生き残るのが難しい。
私がお神酒をあげた「聖なるバオバブ」も風のない夜、大きな音を発して倒れたという。やはり根腐れが原因だった。
(注)バオバブは世界に10種類存在するといわれているが、確定されたわけではない。東アフリカのマダガスカルに8種類、アフリカ大陸に1種類、オーストラリアに1種類。
文・写真/飯塚明夫
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