今月の写真集/美術専門古書店 SO BOOKSの推薦一冊。
写真を勉強している皆さん、既に色々な写真集を学校の図書室で見たり、自腹切って買ってきたかと思いますが、数あるなかでどの写真集のタイトルがこれまで一番ぐっと来ました?タイトル、結構重要ですよね。写真自体が良ければいいじゃないかって声も聞こえてきそうですが、言葉に落とし込みにくい、形而上的な側面のある写真であればなおさらタイトルが写真集に与えるものは大きい。柳沢信のようにずばり「写真」とか銘打ってイメージを限定させないための無味乾燥なタイトルもありですが。でもずばり「写真(これ一番大事ですが)」と「言葉」、そして「プラスアルファの何か」の全てが上手くはまったときは、あなたが日本人だろうと何人だろうと何歳だろうと時代を超えた感動を呼び起こすはずです。
ここに中平卓馬の『来たるべき言葉のために』(1970)があります。まだ写真史の知識も拙いときに、はじめてこのタイトルを見たときは何か背筋に電気が走ったような感覚があったことを覚えてます。何が写っているのか分からないような、その荒々しいまでの画像の背後に政治や既存の権力への強い苛立ちを感じると共に、タイトルからはそれまでの古い写真表現を破壊してやろうという野心と、何よりも新たな写真言語の獲得を求め新地平へと向かう若き写真家の熱い何かが伝わってきます。学歴見ても地アタマ良さそうで、且つ文筆の訓練も積んだのでしょう。彼の文筆集『見続ける涯に火が…』を読むとよくわかるように、彼の執筆したその批評の鋭敏さはまさにカミソリ。さすが東京外語在学中は安保闘争の闘士として、そして卒業後は新左翼系雑誌『現代の眼』で編集長をこなしていただけあります。その先鋭的な政治信条からもうかがえる、写真だけではない広範な読書がもたらす知識と、なによりも大事な若き故の反骨精神、そして当時の騒然とした時代背景とが全て合わさったうえで出来上がった傑作だったのだなと感じます。ですが彼は77年に泥酔のうえ昏倒して過去の記憶の一部と共にその批評の”言葉”を失います。代わりにご存知のごとく依然評価のきちんと定まっていない写真表現の極北のような地平に辿り着いたのは皮肉ではありますが。
中平卓馬でだいぶ引っ張ってしまいました。今は60年代末のような騒然とした時代ではありませんし、別に反体制運動しろとか、先生とバトルしろって言っているんじゃないです笑。写真の勉強も大事ですが、自分のカメラのファインダーで見えるところ以上のものを若いうちに沢山見たり聞いたり読んだりすると、自分の作るものにもっと奥行きが生まれるんじゃないかと。タイトルって作家ステートメントと共に作品の効果を増幅する装置だと思うんです。ここに隠れたコンテキストやら自身の思想背景やらを入れ込んだりすると、するとたとえその作品が視覚的に極めて平凡であっても、その上に二重三重のレイヤーが出来上がり、その背後には素晴らしい地平が広がっていることを想像させます。写真集ファンは常にそうした発見に巡り合うことが何にもまして楽しいのです。
(以上敬称略)
文・ 小笠原郁夫(美術専門古書店 SO BOOKS)
2001年写真集/アート専門のネット書店書肆小笠原が前身。屋号をSO BOOKSと変え、代々木八幡に実店舗を構えて12年目に突入。本の買取もおこなっている。
https://sobooks.jp/