「美術のこもれび」Rayons de soleil dans l’art ⑦

パブロ・ルイス・ピカソ の一枚の絵『緑色のマニキュアをつけたドラ・マール』

こんにちは、専門学校日本デザイナー学院東京校講師の原 広信(はらひろのぶ)です。

今回ご紹介したいのは「ピカソ」の1作です。
この名前はご存知の方も多いと思います。ピカソは「スペインの巨匠」や「20世紀最大の画家」とも呼ばれています。

現在、世界各地の美術館で所蔵されているこの画家の作品(絵画だけではない)ですが、ピカソは画家として早くから作品に高い評価を受けていました。

その理由の一つとして、同時代に起こった絵画運動をピカソは柔軟に受け入れ、またそれを自らも主導したことが挙げられると言えます。
特にキュビズム(Cubisme 仏)という絵画表現には大きな影響を及ぼしています。また、たいへん意欲的に創作を行なっていて、作品数が多いアーチストとも言われています。
ピカソの生きた時代は生まれ育った国、スペインを含むヨーロッパにとっても大きな激動の時代でもありました。

ピカソ(パブロ・ルイス・ピカソ / Pablo Ruiz Picasso, 1881年生まれ)はスペインの地中海沿岸のマラガに生まれて、フランスで創作活動を続けました。
この作家の作品を収蔵するのはスペイン、バルセロナにある「ピカソ美術館 Museu Picasso 」をはじめ、フランス、パリの「国立ピカソ美術館 Musée National Picasso, Paris 」などが代表格です。
日本にも、神奈川県箱根町にある「箱根 彫刻の森美術館」にピカソ館(全面リニューアル)があります。

こちらには学生とともに何度も訪れました。屋外展示が主体なので開放的で楽しい美術館です(ちなみに「足湯」もありました!)。

アントニー・ゴームリー Antony Mark David Gormley『密着 / Close 』1999年 鉄製 箱根 彫刻の森美術館蔵 Hakone Open-air Museum /神奈川,日本 画像引用:彫刻の森美術館HP

箱根彫刻の森美術館の展示作品のひとつ。これはピカソ作ではありません。アントニー・ゴームリーというイギリスの作家の作品です。
美術館の敷地内に展示作品鑑賞のための遊歩道のある一角に展示してあるのです。面白いでしょ!

 

さて、これからピカソのお話しです。
これは1893年、ピカソが12歳の頃に紙にクレヨンで描いたデッサンです。

パブロ・ルイス・ピカソ Pablo Ruiz Picasso『トルソのデッサン / Torse de dessin académique 』1893年制作 紙、クレヨン バルセロナ ピカソ美術館蔵 Le Musée Picasso /Barcelona,スペイン 画像引用:Arthive

 

この頃にはすでに描写力を持ちあわせていますね。
彼はスペインの首都マドリードの王立サン・フェルナンド美術アカデミーに入学しましたが、写実的な現実感を伴う描写という古典的な授業内容に飽き足らず、中退します。
もっと先進的な絵画を指向したようです。そして画家仲間たちの通うカフェでこれからの美術について語り合うようになりました。
古典的な描画手法から解放された新たな描画とはどのような絵画なのか、画家たちとの交流のなかでピカソは模索していきます。

パブロ・ルイス・ピカソ Pablo Ruiz Picasso『自画像』1901年制作 油彩、カンヴァス パリ ピカソ美術館蔵 Musée Picasso / Paris,フランス 画像引用:パリ ピカソ美術館HP

 

「青の時代」と呼ばれる1901~1904年の間の制作された青系の色調を主体とした作品のひとつです。
青系の基調色が特徴の一連の作品群である「青の時代」の創作は、友人の自殺が契機となったと言われ、静寂で沈鬱とした雰囲気があります。
『自画像』はピカソ自身の顔をやや小さめに描きつつ、頭髪やコートは平面的に描いてます。背景も同様です。
この構成によって、見る者の眼を顔の表情に集中させています。描写する部分と、しない部分が一つの画面に共存していますね。

全く派手さはありませんが、ここに若きピカソの絵画に対してのチャレンジ精神が見てとれる作品です。
こうした作品によって、彼の先進性はしだいに評価を得ていきました。

パブロ・ルイス・ピカソ Pablo Ruiz Picasso『アヴィニョンの娘たち / Les Demoisalles d’Avignon 』1907年制作 油彩、カンヴァス ニューヨーク近代美術館蔵 Museum of Modern Art New York / NY,アメリカ 画像引用:ニューヨーク近代美術館(MoMA) HP

 

スペインの古都バルセロナにあるアヴィニョン通りが作品のタイトルのなったこの絵画は娼婦たちをモデルとして描いています。
特徴は構図として肌色系と、青系の色を大胆に取り入れるとともに画面を分割する縦方向の線が入り乱れながら縦断しています。
また人物やその他のモチーフも極端に簡略化して背景も屋内なのかすら見分けられません。
またモデルの顔の中にはどこか仮面のように描いています。

写実的な描画から離脱し、243.9㎝×233.7㎝という大きな画面を「線」と「色」の分割と集まりのように構成しています。
この作品は「アヴィニョンの娘たち」を超えて、この「線と色」がすざましいほどの躍動感を生起しています。

このようなピカソの先進性は、次の絵画への誘発を促していきます。
それはざっくり言うと「分割と面」で絵画を成立させようとする新たな美術表現の試み→キュビズム Cubisme へと展開します。
この「美術のこもれび」の第4話でお伝えしたポール・セザンヌ(Paul Cézanne)の考え方が大きく影響してしています。

キュビズム 『Cubisme (仏)』ー<この名称は、1908年に発表されたブラックの作品において対象が幾何学的パターンないしは立方体(キューブ)に還元されていることに由来し、その命名者はアンリ・マティスとも、美術批評家ルイ・ヴォークセルとも言われている。キュビスム発祥の起因とされているセザンヌの主張とは、「自然の中の全ての事物は、幾何学的形式――円柱、球、円錐で構成されている」とするものであった。>

引用:現在美術用語辞典 ver2.0 Artwords

このキュビズム絵画の牽引にはジョルジュ・ブラック(Georges Braque)という画家の存在も欠かせません。

ジョルジュ・ブラック Georges Braque『ギターを持つ女 / Femme à la guitare 』1913年制作 油彩、カンヴァス パリ国立近代美術館蔵 Musée national d’Art moderne / Paris,フランス 画像引用元

この作品ではモチーフがかなり分割・解体されて、縦横に線と面が構成されていますよね。
その中に新聞の活字のような表現も見られます。これらの筆跡の集合体が何か鬱屈した雰囲気を漂わせているように見えています。
この作品の描かれる20世紀初頭1913年頃は、やがてヨーロッパ全体を戦火に巻き込む戦争へ突入する時期でもありました。
そして…

パブロ・ルイス・ピカソ Pablo Ruiz Picasso『ゲルニカ / Guernica 』1937年制作 油彩、カンヴァス ソフィア王妃芸術センター蔵 Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía、MNCARS / Madrid,スペイン 画像引用:ソフィア王妃芸術センターHP

 

「ゲルニカ」はもっとも有名なピカソの作品のひとつ。
1937年にドイツ空軍がスペイン、バスク地方のゲルニカの無差別爆撃を行ったことを知り、パリで開かれる万博に展示する壁画として描いた絵画です。(※引用先:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この作品にもキュビスムの「分割と面」で構成され、特徴的なのは、色彩を消した無彩色(グレー)による表現です。
このキュビズム表現と無彩色による絵画は、暴力や混沌に苦しむ人々と動物の表情によって、この爆撃で引き起こされた惨状と絶望を見る側にダイレクトに訴えています。
この作品はしばらくの後に世界各地に巡回展示され、それで得た収益はゲルニカの復興に役立てられました。

ここでようやく、今回の一枚の登場です!

ゲルニカが制作される1年前の1936年に描かれたドラ・マールという女性がモデルの油彩画です。
背景には何も描かれず、人物のポーズがキュビズム的に描かれています。でもあのキュビズム絵画の分割線と面の構成的な要素はあまり見られず、全体に色彩は抑制されて落ち着いた雰囲気ですね。この女性への愛情なのでしょうか?
65×54㎝という大きさなので、筆跡などが克明にわかる作品です。描かれたドラ・マールには絶大な存在感がある、と同時に不安げな表情にも見えます。

ナチスのオリンピックベルリン大会の1936年<日本では昭和11年>。更なる時代の激流の中で、この時ピカソはどこかで精神の拠り所を求めていたのかもしれません。
皆さんはこの作品を どうご覧になりますか?

この作品の実物を鑑賞するなら~ 2022年10月8日(土)から国立西洋美術館(東京・上野)で開かれているこの展覧会です。

ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展

ピカソの傑作の一つ『座るアルルカン』ほか日本初公開の作品もあり、パウル・クレーやアンリ・マチスなど同じ時代に活躍した作家の作品が鑑賞できます。

なんといっても「芸術の秋」のひとときをピカソたちの珠玉の作品と共に過ごしてみてはいかがですか?
そして「焼き芋」も…

展覧会情報

ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展
会 期:2022年10月8日(土)~2023年1月22日(日)
場 所:国立西洋美術館(東京・上野公園)

 


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