
「商品づくりは人間づくり」デザイナー・カトウヨシオ先生に学ぶキャラクターとデザインの関係
日々多くの商品が発売され、コンビニエンスストアの棚に所狭しと並ぶ風景が当たり前になった現代。そんな中でも、気になって手に取るものが必ずありますよね。
今回、本校の特別講座に登壇されたのは、多くの人たちに愛される商品を生み出してきた、デザイナーのカトウヨシオ先生です。
カトウ先生は、サントリー飲料の『BOSS』『なっちゃん』『伊右衛門』をはじめ、数々のヒット商品のパッケージデザインを手がけてきました。
この記事では、2025年5月11日(日)に開催された特別講座をレポートし、キャラクターとデザインの関係やアイデアの生み出し方についてお伝えします。
講座で行われたミニワークショップの様子もお届けしますので、創造性を刺激する楽しさを味わってみてくださいね。
※本記事で語られる商品コンセプト等は、カトウ先生がパッケージデザインを手掛けられた当時のものです。現在の商品コンセプトとは異なる可能性があることを、あらかじめご承知おきください。
「商品づくりは人間づくり」
まずスライドに映し出されたのは、外側に何も印刷されていない飲料の缶です。
パッケージがないと中に何が入っているのか分からず、安心して手に取ることができません。
カトウ先生は「パッケージデザインの仕事では、中味が何なのかを外側に表現し、説明だけではなく、その本質を表現することが重要です」と話します。
たとえば、先生がアートディレクターとしてデザインを手がけたサントリー飲料の『なっちゃん』(初代パッケージはデザイナー:柴戸由季子、クリエイティブディレクター:藤田芳康、アートディレクター:加藤芳夫)。

画像出典:サントリー公式HP カトウ先生は初代から引き続き歴代パッケージのデザインも担当。
多くの人がこの商品に魅力を感じるのは、パッと見てオレンジジュースだと分かるだけでなく、親しみを感じるからではないでしょうか。
「ジュースをパッケージで表現するよりも、『なっちゃん』という人格をつくることを目指しました」とカトウ先生。
人間の外見に内面が映し出されるように、内なる要素に注目して商品の姿をつくること、つまり「商品づくりは人間づくり」だと話します。

カトウ先生の講座スライドより
ここでは、先生が制作されたサントリー飲料のパッケージデザインを通して、商品の人格をつくるとはどういうことなのかをご紹介します。
夏休みのおいしい記憶から生まれた『なっちゃん』
1998年に発売された『なっちゃん』。当時小学生だった筆者は、かわいらしいパッケージと優しい甘味に夢中になり、母親に頼んで何度も買ってもらいました。
販売開始から25年以上が経った今も、多くの子どもたちに愛されている商品です。
『なっちゃん』の発売当時のコンセプトは、「夏休みに田舎に帰省して出会う、いとこのような存在」。
ジュースをどんな時に飲みたいかをチームで話し合い、コンセプトのアイデアが出てきたそうです。
「おばあちゃんの家でお手伝いをした後に、ご褒美として冷たいジュースを飲む。そんな思い出がありますよね。そこからイメージが生まれ、『なっちゃん』という人格が少しずつ形づくられていきました」
当時、サントリーの自動販売機では『サントリー烏龍茶』や『BOSS』など、大人向けの商品が充実していましたが、子ども向けの飲料もラインナップに加えたいということで『なっちゃん』が誕生。
カトウ先生は「家族で出かけた時に、お母さんが烏龍茶、お父さんが缶コーヒー、子どもがジュースを買う。そういった商品をつくりたいと考えていました」と、当時の思いを教えてくださいました。
豊かな自然の恵みを表現した『サントリー天然水』
次にスライドで紹介されたのは、『サントリー天然水』。

画像出典:写真AC/つくね_1st-
1991年から販売している商品で、パッケージには、豊かな水源と安心安全のイメージが表現されています。南アルプスの山並みから流れる、透き通るような雪解け水が印象的です。
質の良いきれいな水というイメージを消費者に持ってもらうために「山々に降った雨が木の根元に注ぎ、やがて地中に染み込み、それを汲み上げたのが『サントリー天然水』だと分かるデザインにしました」とカトウ先生は説明します。
さらに、パッケージで自然の豊かさを表現するだけでなく、環境への負荷を減らせるよう、ラベルにも工夫が施されています。
ボトルや、ラベルの厚みを薄くし、ラベル面積も小さくすることで、商品のコンセプトに沿った設計を考えました。自然の中で暮らす動物や植物がパッケージに描かれていることからも、環境に優しい商品だと伝わります。
消費者の安全性と環境負荷の減少を考えて開発された『サントリー天然水』は、発売当初から大人気となりました。
現在では南アルプス、北アルプス、奥大山、阿蘇と、採水地も増えているそうです。
あそびゴコロとデザインの関係

カトウヨシオ先生がチームで制作したコンセプトモデル。パッケージデザインの国際的なコンペティション&アワード「Pentawards(ペントアワード)」受賞作品。
カトウ先生がパッケージデザインの仕事で大切にしているのは「あそびゴコロ」。
「遊び心を持ってそれを味方にして仕事をすると、とても楽しくなってきます」
ここでは、仕事を面白くするという視点から、遊び心とデザインの関係を見てみましょう。
あそびゴコロはひとつの価値

「Pentawards」カトウヨシオ先生の受賞作品「JAPAN STYLE GREEN TEA」(画像出典:PENTAWARDS|the:winners)
上の写真は、カトウ先生が「コンセプトモデル」として制作したお茶のペットボトルです。
コンセプトモデルとは、概念をデザインに落とし込んだものを指します。必ずしも商品化を目指すわけではなく、考え方やその表現に重きを置いているのが特徴です。
カトウ先生が手がけたこのペットボトルの作品は、優れたパッケージデザインを表彰する世界的なコンペティション&アワード「Pentawards(ペントアワード)」で受賞しました。
作品のアイデアを思いついたのは、仕事で、飲料ボトルの製造工場を訪れた時だったそうです。試作機の周りを見ると、不思議な形状をしたペットボトルがたくさん転がっていたと言います。
工場で働いている方に尋ねたところ、製造の過程で意図しない形で出てくることが時々あるのだとか。
そこで先生は「これは失敗ではなくて、見方を変えれば面白いアイデアになるかもしれない」と考えました。
そして、ペットボトルの形を活かしながら、織部焼のようなシュリンクでお茶を表現したデザインが生まれました。

織部焼(黒織部)/ロサンゼルス郡美術館蔵
デザインを制作する過程で「このペットボトルを誰もが面白いと感じるにはどうすれば良いか」と思案し、遊び心を入れて、ボトルを逆さまにしてパッケージをつけたら、他にはない作品が出来上がったと言います。
「いびつな形のペットボトルを見て、『これは失敗だ』と思うか、それとも『こんなものができるなんて面白い』と感じるか。違う角度で見つめると、新しい価値の発見がありますよ」
次にスライドに映されたのは「あそびゴコロ」のイメージ。
「遊び心」には多くの意味がありますが、あまり良くない印象を持つ方もいるのではないでしょうか。いい加減で真面目ではなかったり、軽い気持ちでしっかり考えていなかったり……。
しかし、その逆もあると先生は説明します。
「いい加減が『良い加減』に変わる可能性もありますし、軽い気持ちは洒落っ気があって良いかもしれません。遊び半分でやったことが、ユーモアとして捉えられれば、価値が生まれます。仕事をしないと生きていけませんが、仕事を面白くするために遊び化するよう心がけると、辛いことも少し楽になるのではないかと思います」
遊び心はひとつの価値であり、前向きにデザインと向き合う秘訣でもあるのです。
手を動かして脳を働かせる体験

ミニワークショップの様子
ここでは、創造性を働かせる体験をするために、ミニワークショップが行われました。
はじめに、カトウ先生は、著書『デザインのココロ』(六曜社、2013年)から、こんなテキストを紹介してくださいました。
脳と手はつながっている。
手を動かすと 脳も働きだす。
「手考足思」は河井寛次郎の言葉。
足も脳とつながっている。
脳を働かせば アイデアが出る。
(後略)引用元:カトウヨシオ『デザインのココロ』(六曜社、2013年、p.118)

著書『デザインのココロ』を紹介するカトウヨシオ先生
手を動かすと頭が動き出すことを実感するために、参加者も白い紙に黒いペンで落書きをします。「目的を持って描くのではなく、意味もなくひたすら手を動かしてみましょう」と先生がアドバイス。
白い部分が残らないよう真っ黒に塗っている参加者もいれば、線の強弱を楽しみながら描いている姿もありました。
出来上がった落描きを眺めると、意図して形を描いたわけではないのに、模様が見えてきます。先生は、そうした模様がデザインのヒントになったり、そこからキャラクターのアイデアが生まれたりすると話します。
「人間は、手を動かすと楽しくなってくるようです。気分が乗らない時でも、何か触って手を動かしていると、良いアイデアを思いつくことがありますよ」
と教えてくださいました。
良い創造とは記憶に残る存在
落書きで創造力を刺激したところで、有名なキャラクターを描くミニワークショップも行いました。形や表情を思い出しながら、記憶を頼りに描くのがポイントです。
このワークショップを通して分かったのは、人気のあるキャラクターは私たちの記憶に強く残っているということです。
ここからは、記憶と商品づくりがどのようにつながっているのか学んでいきましょう。
記憶に残る商品=友達のような存在

カトウ先生のスライドより
カトウ先生は、「記録に残るキャラクターや商品は、友達のような存在だと言えます。また、記憶は私たちのアイデンティティーでもあります」と説明。
たとえば、飲み物を飲んで「おいしかった」という体験を何度もくり返すことで、ブランドのイメージが私たちの記憶に刻まれます。
「ブランドは、メーカーや広告主が所有しているのではなく、お客様の頭の中、お客様の体験の中で生きていくのです」。
カトウ先生は「良い創造は記憶に残る存在であり、記憶に残る商品としてパッケージデザインをつくるのが大切です」と話し、冒頭で紹介した「商品づくりは人間づくり」というテーマに立ち返りました。
商品と人間をつなぐのがキャラクターであり、「お友達になりたい存在」をお客様の前に提示するのが大切だと、カトウ先生は話します。
「商品をつくる仕事は、人をつくる仕事に近いと感じます。商品はキャラクターと近い存在です」
売り込もうと前のめりになるのではなく、「お客様のお友達をつくる」という意識でパッケージをデザインするのが重要だと語りました。
コンセプトを中心に据えた商品づくり
ここでは、サントリー飲料『BOSS』の制作プロセスに注目し、30年以上にわたってお客様に愛され続ける存在をどのようにつくっていったのか、見てみましょう。
サントリーの商品開発チームの特徴は、コンセプトを中心に据えて、それぞれのセクションを一体として考えている点です。デザイン、中味の開発、マーケティングなどを個別に進めるのではなく、コンセプトを軸に各分野の専門家が集まり議論したと言います。
『BOSS』は「働く男を応援する、永くつきあえる相棒のような存在」として、パッケージデザインやネーミング、中味を表現しました。

画像出典:サントリー ※現在は販売終了
『BOSS』のターゲットは外で働く人々です。喫茶店に入る暇がなく、外で缶コーヒーを飲むお客様が想定されました。コンセプトに沿って開発を進めたことで、ターゲットとなる人々が相棒のように感じる商品が完成したのです。
さらに、カトウ先生は、マイナスの状態を知らないと、プラスになる商品は生み出せないと説明します。
「飲料は乾きをゼロに戻す存在であり、喉が乾いて困っている人を助けようという思いからつくられます。マイナスの気持ちは、商品化のアイデアに役立つのです」
いち消費者として普段の生活に目を向けると、ターゲットの心を掴む商品を生み出せると話しました。
生活者の視点から生まれるアイデア
「商品の提案は負の状態の解決」だと説明したカトウ先生。人々の暮らしを見つめ、不満や不安を解決するために、仕事の仕組みを考える姿勢が大切だと言います。
講義の最後に、参加者から「日常でどのようにアイデアを生み出しているのでしょうか?」と質問がありました。
「頭の片隅に宿題がずっと残っているイメージで、四六時中考えていました。電車の中で吊り広告を見ながら、ネーミングを考えたこともありますね」と先生。
もうひとつ大切なのは、生活者の視点を忘れないこと。

画像出典:Unsplash/Joshua Rawson-Harris
店舗の売り場を訪れる際、仕事のモードで商品を見ると、お客様が本当に欲しいものを判断できなくなってしまうと言います。
「自分が開発したものが置いてあるとか、この商品はよく目立つなとか考えてしまうと、まったくアイデアが出てきません。お客さんになった気分で、『あっ、これいいな』という感覚で見ていると、ひらめくことがあります」。
さらに、学生が課題に取り組む時に、視点を広げる意識を持つのが大事だとアドバイス。
たとえば、グラフィックデザインの課題の参考として、ブランディングデザインの本ばかり読むと、似たような表現になってしまう場合もあります。
一見すると関連のない、建築や自然、ファッションのグラフィックなどを眺めているうちに、ふとアイデアが浮かぶそうです。
「アイデアは、違うものと違うものの掛け合わせでできているので、似たもので掛け合わせると同じようなものしかできないのです。なるべく異なるジャンルを見た方が、新しいものを生み出せますよ」
カトウ先生のお話から、日常生活を見つめる大切さとお客様に寄り添う姿勢を学んだ参加者。キャラクターとデザインの関係を通して、パッケージデザインの本質をじっくりと理解できました。
今回の学びが、参加者それぞれの創造性を刺激し、クリエイティブなものづくりへとつながっていくでしょう。
《講師プロフィール》
カトウヨシオ(加藤芳夫)
クリエイティブディレクター・アーティスト
大阪芸術大学客員教授/愛知県立芸術大学非常勤講師/広島市立大学非常勤講師/日本パッケージデザイン協会会員(元理事長)/パッケージデザインの学校校長/日本グラフィックデザイン協会会員/元サントリーデザイン部長/デザインのココロ研究室代表
1989年頃よりアートディレクターとして様々なブランドを開発。サントリー『鉄骨飲料』『BOSS』『天然水』『C.C.Lemon』『デカビタC』『ダカラ』『なっちゃん』『伊右衛門』『ペプシネックス』『ザ・プレミアム・モルツ』『金麦』、サントリーCI「水と生きる」など
2012年ペントアワード名誉賞殿堂入り
2020年パッケージデザイン功績賞
2020年サントリーを卒業・フリーランス アート&デザインの制作と教育活動を続け、2023年、東京・南青山のギャラリー5610で個展「ココロデッサン」を開催。
《参考文献》
カトウヨシオ『デザインのココロ』六曜社、2013年
文/浜田夏実
アートと文化のライター。武蔵野美術大学 造形学部 芸術文化学科卒業。行政の文化事業を担う組織でバックオフィス業務を担当した後、フリーランスとして独立。「東京芸術祭」の事務局スタッフや文化事業の広報、アーティストのサポートを行う。2024年にライターの活動をスタートし、アーティストへのインタビューや展覧会の取材などを行っている。
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