「美術のこもれび」Rayons de soleil dans l’art ⑨ ― 包まれた凱旋門
『包むこと』を作品にしたアーチストを皆さんはご存知ですか?
クリストとジャンヌ=クロード作『 包まれた凱旋門 / L’Arc de Triomphe, Wrapped 』について
専門学校日本デザイナー学院東京校 講師の原 広信(はらひろのぶ)です。
今回は、クリストとジャンヌ=クロード(Christo & Jeanne-Claude)の二人による共同制作による作品を紹介します。
二人はフランスパリで出会って結婚してから共同で芸術活動を行ってきました。そして世界のあちこちでいろんな対象をラッピング(梱包)しています。
クリスト(本名:クリスト・ヤヴァチェフ)は1935年ブルガリア生まれ、ジャンヌ=クロード(本名:ジャンヌ=クロード・ド・ギユボン)は35年モロッコ・カサブランカ生まれ。
夫妻での活動時はクリストとジャンヌ=クロード。…中略…58年にパリでクリストに出会い、翌年に結婚後、クリストとジャンヌ=クロードとして2人で公共空間での活動を開始する。引用元:美術手帖HP
そもそも、ものを包む行為がなぜにアートになるのだろうか?
まず、過去のクリストが個人で制作した初期段階では、個人が持っていた物を梱包した作品で、今でも美術館に収蔵されているものもあります。
その例がこちら、
このように個人の持ち物を梱包した作品であれば、現物(作品)を収蔵・展示・保存していくことができるのです。
ところが、しだいに建築物や道路などの公共施設、さらに自然環境へのアプローチも行われていきます。
1985年にはなんと、川にかかる「橋」そのものを梱包しちゃいます。
この画像はフランス、パリのセーヌ川にかかる橋「ポンヌフ」を包むというプロジェクトで1985年の上記の期間(下線部)に実施されました。
(タイトルにある 1975-1985 とはこのプロジェクトの構想着手から実施、解体までの期間年を指します)
このような作品のほとんどが1ヶ月以内、半月程度で撤去され現状復帰されています。
ということで、リアルに作品が現存する期間が限定されるという点もユニークですね。
「橋」といえば公共の建造物ですよね。それには所有者(管理者)がいるはずです。この橋の場合はパリ市なのでしょうか?
そういった管理者への説明・説得、この行為への理解がないと実施できないですよね。
ちょっと考えても、梱包期間の後は完全な現状復帰(元通りにする)ことや、梱包することの安全上のリスクは管理側は問題視するでしょうし、梱包する布地の材質、ロープなどの強度もそうだし。
また梱包する上での橋の破損への補償・火災発生の危険性の危惧…と挙げればキリが無い気がしてきます。
管理側は「責任」を問われちゃう…、そう考えるとプロジェクト実現はそう簡単ではないようです。
このプロジェクトが建物や橋といった人工的な建造物ならば、その所有(管理)側の「このような行為への」理解度に委ねることもできそうです。
しかし、一般市民からこのようなアート活動に対して「このようなことは芸術ではない」という声も当然あがるでしょう。
「アーチストのエゴイズム、利己主義ではないか!」実際にそうした反対運動もあるのです。
さらに対象が自然となると環境問題となり、反対する側も多数となってきます。
そうした方々も含めた広く関心のある市民に向けて数々の公聴会や講演会(事前に、そして事後も)を開催しています。
※講演会例参考資料:「クリスト&ジャンヌ=クロード講演会」慶應義塾大学・京都造形芸術大学主催(世界アーチストサミット関連プログラム)Christo and Jeanne-Claude : AWork in Progress, Over the River, Project for the ArkansasRiver, State of Colorado
彼らの作品は梱包するだけでなく、布をロープで帆のようにして延々と広げるものや、道路上に敷くものなど様々な形態となります。
こうした大掛かりな作品は恒久的に存在できないので、実施されている期間中と梱包、撤収作業も映像として記録を残しています。
そして、この記録映画を現代アートの美術館を中心に上映しています。
こちらがドキュメンタリー映画のワンシーンです。
傾倒を防止するワイヤーで支柱を立て固定して、その支柱間の上下にもワイヤーを通し、展張した布がどこまでも延々と連なっています。
記録の映像で風をはらんだ長大な布の様子が音と共に自然の雄大さを伝えているようです。
高さ 18フィート(5.5m)、長さ 24.5マイル(39.4km)でした。このアートプロジェクトは、42ヶ月にわたる共同作業、18回の公聴会、カリフォルニア州上級裁判所での3回の審理、450ページの環境影響報告書の起草、カリフォルニア州ボデカの丘、空、海の一時的な使用で構成されていました…
引用元:クリストとジャンヌ=クロード公式HP(日本語訳版)
このプロジェクト実現のための資金・作品制作の費用の調達は主にプロジェクトのイメージ画や、過去の作品の一部(梱包に使用された布等)の販売収益を資金にしています。
こうしたプロジェクトが実は日本でも実現しています。
『 The Umbrellas, Japan-USA, 1984-1991』との名称のプロジェクトで、日本の茨城県内の田園地域と米国のカリフォルニア州ロサンゼルス郡内の放牧地域の2箇所で同時に、同期間で実施された作品です。
日本では青系の米国では黄系の色による同じ形状の8角形の大きな傘を展示しています。
日本の限られた貴重な空間に、傘 は密接に、時には田んぼの幾何学に沿って配置されました。一年中水に恵まれた豊かな植生では、傘は青かった. カリフォルニアの広大な未開拓の放牧地では、傘の形状 は風変わりで、あらゆる方向に広がっていました。茶色の丘は金髪の草で覆われています。あの乾いた風景の中、傘は黄色だった。
引用元:クリストとジャンヌ=クロード公式HP(日本語訳版)
ホームページに掲載された文面は対照的な自然と人との関わり合いに傘が関わっているように読めますね。
しかし、クリストとジャンヌ=クロードはそのような状態(状況)をもって『アート』とするのではなく、発案・計画から交渉、実施資金から材料の調達と製造、展示と撤収作業までの全過程そのものがアートであると定義をしています。
実現へのプロセスをプロジェクトとして捉えて、行為そのものがアートなのだとしています。
またプロジェクトのための資金についてスポンサーは募りません。
そして、ようやく今回紹介の作品です。
フランス、パリの観光名所のひとつ、あの「凱旋門」も梱包されました!
この作品の実現には、なんと60年かかった!
1961年、クリストは凱旋門の近くの部屋を借り、このプロジェクトについて調査をスタート。70年代~80年代にかけ研究を重ね、構想から60年の時を経て、ようやく実現を迎える。
引用元:美術手帖HP
クリストとジャンヌ=クロードは社会性を帯び、社会を巻き込んだアートプロジェクトを展開していきましたが、この作品の実現より前、ジャンヌ=クロードは2009年11月18日(74歳)、クリストは2020年5月31日(84歳)にこの世を去りました。
現存し得ない、現存しないアート作品をこの世に残して…。
ヒトはものを何かで包んでみたくなる欲求を根源的に持つものなのではないでしょうか?
物事を包んだり、覆い隠したり、そして大切なものをしまったり、というヒトの根源的な行為と繋がっている行為だからこそアートたり得ているという気もします。
さて、これまでお話ししましたように既に実物は現存していませんが、このパリ『凱旋門』を包んだ作品に関しての展覧会が開かれています。
この壮大なプロジェクトの全貌を今、展覧できますよ!
まもなく会期を終えてしまいます。ちょっと、お急ぎくださいませ…!
展覧会情報
企画展『クリストとジャンヌ=クロード “包まれた凱旋門”展』
会 期:2022年6月13日(月)~2023年2月12日(日)
場 所:21_21DESIGN SIGHT GALLERY1&2(東京・六本木ミットタウン内)
公式HP:https://www.2121designsight.jp/program/C_JC/