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私たちの暮らしとつながるアート―”兆し”を発見し社会と向き合うソーシャルイシューギャラリー「SIGNAL」取材レポート

再開発が進み、ビジネスの街として発展している虎ノ門。オフィスビルが集まるエリアで、アートを通じて社会課題へのアプローチを試みるスペースがあるのをご存知でしょうか。

ソーシャルイシューギャラリー「SIGNAL」は、博報堂DYグループのグループ会社である株式会社SIGNINGが運営するスペースです。
アートとデータから、現代社会が抱える課題を解決する”兆し”を見つけることを目的に、2023年9月にオープンしました。

「社会課題」と聞くと、環境の悪化や人口減少など規模が大きく、自分ごととして捉えるのが難しい側面もあるでしょう。
「SIGNAL」では、こうした問題をより小さな単位で考え、アーティストとともに思考を深めて発信する場として、展覧会やイベントを行っています。

この記事では、2025年7月26日まで開催していた『Bio Re:tual』展のレポートに加え、「SIGNAL」スタッフの方々に伺ったお話しを通して、アートでどのように社会と向き合うのか、その取り組みをご紹介します。

※トップ画像:ソーシャルイシューギャラリー「SIGNAL」入り口。
扉の前に常設されているのは、アーティスト・田村琢郎氏の『TORNCEPT』。一方通行のサインが裂けて、分岐しています。既存の概念が枝分かれして、新たなアイデアとして生まれる様子を表現した作品です。

取材協力:ソーシャルイシューギャラリーSIGNAL

Mikiko Kamada氏『Bio Re:tual』展レポート—自然との共生を探る展覧会

シアノバクテリアをイメージした吹きガラスの作品(Mikiko Kamada氏)

ソーシャルイシューギャラリー「SIGNAL」では、1ヶ月に1回のペースで展示を開催し、アーティストとともに、社会の様々なテーマにアプローチしています。

今回の『Bio Re:tual』展を手がけたのは、Mikiko Kamada氏。
光と共生をテーマに、葉緑体の祖と言われる微生物「シアノバクテリア」に着目して、作品を制作しました。

Mikiko Kamada氏『Bio Re:tual』展のメインビジュアル(画像提供:株式会社SIGNING)

太古の昔、シアノバクテリアが非光合成生物の細胞内に取り込まれたことが、植物が光合成の能力を備えるきっかけになったそうです。
Kamada氏は、こうした微生物の生命の歴史を「共生の道」と捉えました。

会場に展示されたシアノバクテリア

さらに、古来より、人々が自然に対して祈願や憑依を行い、それを「儀式」という形で生活に取り入れてきたことに焦点を当てました。

彼女が提案するのは、「もしも、人間がシアノバクテリアと共生したら」という仮説から生まれた神話です。
シアノバクテリアを神と位置付けた物語を絵巻物で表現し、メインとなる展示室につなげています。

「人間とシアノバクテリアの共生」という仮説から生まれた神話を表した絵巻物

「人間が生態系の頂点にいる」という考え方ではなく、ともに生きる道を鑑賞者に示しているように感じられます。

いよいよ一番奥の部屋に入ると、そこには神秘的な光景が広がっていました。
中央には生きたシアノバクテリアが置かれ、その周りには瞑想用のクッションが並んでいます。

ギャラリーの一番奥に展示されたメインの展示室

この作品は、Kamada氏が創作した神話に関連しており、未来の神殿を表しているそうです。
通常、祭壇は地面よりも上にあり、崇める対象として祀られていますが、シアノバクテリアと共生する未来を描くのであれば、神と人間がフラットな関係を築くのが望ましいと考えました。

「SIGNAL」のスタッフの方にお聞きしたところ、Kamadaさんは、もともと植栽やテラリウムの作品を制作していたそうです。今回の展示にあたって対話を重ねたことで、絵巻物のアイデアが出てきたり、ガラスを自身で作ったりと、作品の幅がさらに広がっていったとのこと。

環境問題が深刻化する中、「自然との共生」がキーワードとなっていますが、大きなテーマに対して、Kamada氏は「シアノバクテリアと人間がともに生きる」という方法を、多彩な表現で示しています。

スタッフの方は、「生物多様性とひとことで言っても、様々な捉え方や切り口があります。Kamadaさんの場合は、地球最古の微生物に注目し、私たちに酸素を与えてくれた存在として、シアノバクテリアを捉えました。アーティストと対話しながら、大きな社会課題を少しずつ狭めて、展覧会を共作していきましたね」と振り返りました。

お話を伺って、スケールの大きい問題からひとつの要素に着目し、さらに深めていくプロセスを通じて、展覧会が作られていると実感できました。

暮らしの延長線上にある「SIGNAL」

ソーシャルイシューギャラリー「SIGNAL」店内の様子。ギャラリーとカフェスペースが併設されています。

アーティストと共創して展覧会を作り上げている「SIGNAL」。
スタッフの方は、「”兆し”もアートも、生活の中にある」と語り、「暮らしの延長線上に『SIGNAL』を位置付けるという目標を持って、活動しています」と説明します。

ここでは、人々の生活と「SIGNAL」のつながりや、この場所が今後どのように発展していくかについて、スタッフの方々に伺ったお話をもとにご紹介します。

カフェに立ち寄りアートに触れる

「SIGNAL」カフェメニュー

「SIGNAL」はカフェ&バーとしても営業しており、ランチタイムや仕事帰りに利用されるお客様にも好評です。

『Bio Re:tual』展コラボメニューのジントニック(画像提供:株式会社SIGNING)

展覧会のコラボメニューも開発しており、『Bio Re:tual』展では、自然培養のシアノバクテリアを使ったジントニックを販売。
E3Live JAPANが提供する健康食品を使用し、Kamada氏の「シアノバクテリアを体内や生活に取り込み、人間がサステナブルな自活能力を獲得する」という試みを体験できるメニューを作りました。

「肩の力を抜いて、このスペースを楽しんでもらえたら嬉しいです。カフェを訪れた方が、リラックスしてアートに触れられる状態を作りたいですね」とのことでした。

「SIGNAL」では、展覧会ごとにアーティストが1点ずつ作品を残しており、常設されている作品もあります。

カウンター席の横に常設で展示されている、写真家・千賀健史氏の作品《BELIEF SYSTEM》。

この場所で過ごしていると、アートへの興味がわき、お客様とスタッフで会話が生まれることも。
また、展示を行うアーティストが滞在している時もあり、お客様とのコミュニケーションを通じて、お互いの発想が広がる機会にもなっていると言います。

鑑賞に留まらず、アートへの関心から対話の場へと発展していくのが、「SIGNAL」の魅力だと感じました。

”兆し”のリサーチから生まれる新たな企画

Voice Map

世の中でまだ表面化していないような、私たち個人が感じている小さな課題。
スタッフの方は、「社会の小さな問題や悩みを”兆し”と捉え、それをひとつずつ解決していくことで、乗り越えられるのではないかと考えています。社会という大きな単位でも、個人の小さな単位でも、解決の道筋は同じだと感じています」と説明しました。

「SIGNAL」では、展示のテーマに合わせて人々の声を集める「Voice Map」を実施し、”兆し”のリサーチを積極的に行っています。
たとえば、『Bio Re:tual』展の場合、「植物の生態への関心」「植物との共生についての価値観の変化」というキーワードが、集まった声から見えてきたそうです。

「Voice Map」は、テーマによっては展覧会の開催前から行うこともあり、会期中〜会期後も収集され、新たな企画へとつながっていきます。

インターネット上での実施に加えて、展示会場を訪れた方々の声に耳を傾け、リアルな反応から新規の展示やプロジェクトが生まれることもあります。

ひとりひとりの声と丁寧に向き合うプロセスを経て、生活者の課題にアプローチしていく姿勢は、社会のテーマを解決するために不可欠だと実感しました。

地域に開かれた場所を目指して

入り口付近に描かれた吉増剛造氏の作品《ネノネ》と、沼田侑香氏の作品《バグバーガーを食べる人》。

虎ノ門エリアは再開発がスタートして10年ほど経ちましたが、今も街が変化し続けています。
「これまでとはまた違った、新しい層の人々も増えてきていると感じています。私たちも、さらに地域に入っていき、この土地から学びたいと思っているんです」。

地域との交流を活性化させるため、「コミュニティデー」という新規の取り組みを、2025年7月からスタートしたそうです。
カフェの営業をクローズし、誰でも自由に入れるスペースとして、毎週火曜日に実施しています。
「今日でちょうど3週目になりました。これからどのような展開になるか楽しみです。Wi-Fiや電源の設備もあるので、学生の方にもぜひ利用していただきたいです」と話しました。

この場所を地域に開き、幅広い年代や様々な層の方々との対話を通して、大きな単位では見落とされていた課題を発見したり、柔軟な発想が生まれたりすることを期待していると言います。

展覧会ごとに、色々な世代や分野の人々が集まるのが、「SIGNAL」の魅力。虎ノ門エリアにお住まいの方や通勤されている方、学生の方など、多彩な背景を持つ来場者が集まり、さらに豊かなコミュニケーションが生まれていくでしょう。

生活と社会をアートで結ぶ場所「SIGNAL」

この記事では、ソーシャルイシューギャラリー「SIGNAL」の展覧会と、スタッフの方のお話しを通じて、アートで社会と向き合う取り組みをご紹介しました。

ひとりひとりの小さな課題や悩みを丁寧に見つめ、アーティストとともに展覧会を作り上げている「SIGNAL」。
幅広い年齢層の方が訪れ、自然と対話が生まれる空間に、ぜひ足を運んでみてください。

2025年7月29日(火)からは、株式会社SIGNINGが国内外の都市で行ってきたフィールドワークの成果を紹介する展覧会『THE 9 PASSPORTS ― スモール・イノベーションの風景』が開催中です。
コペンハーゲン、バルセロナ、ビルバオ、リンツ、ソウル、鶴岡・南砺・西粟倉、そして「SINGAL」のある虎ノ門といった日本各地での現地リサーチの成果が、初めて公開されます。

それぞれの土地で暮らす人々や社会がどのように変化しているのか?
写真・グラフィック・映像などを通して、その風景を感じてみてくださいね。

《開催中の展覧会情報》
『THE 9 PASSPORTS ― スモール・イノベーションの風景』
会期:2025年7月29日(火)~8月30日(土)
会場:ソーシャルイシューギャラリー&カフェ「SIGNAL」
(東京都港区虎ノ門1丁目2-11 The ParkRex TORANOMON 1F)
入場料:無料
開館時間:
火曜 10:00–20:00(ギャラリーのみ)
水~金曜 11:00–23:00(18:00以降はバータイム)
土曜 11:00–18:00
※日・月・祝は休館
アクセス:
東京メトロ日比谷線「虎ノ門ヒルズ駅」A2出口 徒歩5分
東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」2a出口 徒歩3分
Google Mapはこちら
展覧会の詳細はこちら

《おすすめの書籍》
SBNRエコノミー 「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット
著者:博報堂ストラテジックプラニング局、株式会社SIGNING
発行:株式会社宣伝会議
発行日:2025年3月21日
「SBNR(Spiritual But Not Religious)」=特定の宗教を信仰していないものの、精神的な豊かさを求める人々の価値観に着目した、データでは測れない「心の豊かさ」を探求するマーケティング・ビジネス書。
博報堂ストラテジックプラニング局とSIGNINGの共同研究により、日本人の43%が該当するSBNR層の特性を解明し、マーケティングと組織デザインへの応用方法を体系化。
物質的価値から精神的価値重視への消費者意識の変化を捉え、企業が「心の時代」にどう対応すべきかを具体的に提案する日本初の実践書です。
株式会社SIGNINGホームページより引用)

文/浜田夏実
アートと文化のライター。武蔵野美術大学 造形学部 芸術文化学科卒業。行政の文化事業を担う組織でバックオフィス業務を担当した後、フリーランスとして独立。「東京芸術祭」の事務局スタッフや文化事業の広報、アーティストのサポートを行う。2024年にライターの活動をスタートし、アーティストへのインタビューや展覧会の取材などを行っている。
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