2025年、我々は物語に覆われている – クリエイティブ圏外漢のクリエイティブを感じる何か……
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
Pitchfork の Best Albums of 2025
Rolling Stone の Best Albums 2025
も発表される2025年ベスト〇〇が発表される時期になりました。
気が付けば今年も残りわずか。今年は秋と思える季節が一瞬だったせいか年の瀬のスピードが早すぎる気がします。今年も昨年(前編・後編)に引き続きわたくし北米のエボ・テイラーの2025年の音楽以外の「2025年クリエイティビティを感じた音楽以外のアレコレ」についてまとめようと思いました。
様々なコンテンツ消費をする上で今年を象徴する共通項について考えていたところ、2025年を表す漢字のニュースが飛び込みました。そこには「熊」という一文字が……。確かに今年は熊害が多く、年末は我々の生活圏内を熊が侵入しているニュースが話題に多く上がった。また、これは一時的な流行などではなく人口の都市への流入、高齢化、限界集落化……。日本の社会問題が複合的な要因のため今後も継続する。
「しかし、熊が我々の生活圏内を囲っているからって今年の漢字が熊って…」と思っていたところ、思いついたのです。
「2025年に我々の生活を覆っていたのは“物語”じゃないか」と。AIの進展、政治的対立、SNS依存、経済の停滞、反転する価値観……。あらゆる“物語”に右往左往したり自分の“物語”をうまく語れなかったりまた過剰に物語に依存したり……。
そんな現実の中で今回挙げる2025年の作品は “私たちがどんな物語で世界を理解しているのか” という問いに意識的/無意識的にも触れていると感じる。
それが今回ご紹介する4作品である。
- リアルを先んじた寓話映画 『ONE BATTLE AFTER ANOTHER』
- ブラックユーモアの再装填を果たした 『笑ゥせぇるすまん2025』
- ハラリによる情報文明論 『NEXUS』
- 幻想で国家を動かしてきたアメリカを暴く アメリカ幻想史
これらは視点こそ違うが、ひとつの核心を共有している。
「人は物語で生き、物語で迷い、物語で誤る」 という人間の本質だ。
『ONE BATTLE AFTER ANOTHER』
――困り顔のディカプリオが都市の寓話を背負う
BD/DVD/デジタル【予告編】『ワン・バトル・アフター・アナザー』12.3 デジタル配信/2026.2.4 ブルーレイ&DVDリリース
ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)の新作が2025年を象徴する作品になったのは単に名匠の手腕のためではない。
この映画が、“物語と現実の距離が縮まってしまった時代”を描いていたからだ。主人公(レオナルド・ディカプリオ)は、「何か大きなこと」を背負わされたまま足元を取られ続ける。
彼が見せる“困りながらも何とかやり続ける顔”は、
2025年のアメリカ市民(あらゆる市民?)そのものだ。PTAはその表情にアメリカが抱える政治的分断や確信できないニュースに晒され続ける現実を重ねる(制作時が第二次トランプ政権前という驚き!)
物語は政治ドラマではなく、寓話だ。物語みたいな現実が起こり我々戦い続けなければならない。そして“現実”の大切なものを守るために困り顔でやりつづけなければいけない。
本作のエンドロールで、ジル・スコット・ヘロン「Revolution~」が鳴る瞬間、寓話的な物語が示唆したように現実を戦い続けようと思うのだ。
Gil Scott-Heron – Revolution Will Not Be Televised (Official Audio)
『笑ゥせぇるすまん』
――欲望の誤作動が都市の物語を壊すとき
【解禁】ドラマ「笑ゥせぇるすまん」喪黒福造を演じるのは、秋山竜次(ロバート)!/7月18日(金)よりPrime Videoで独占配信
2025年版『笑ゥせぇるすまん』は、原作のブラックユーモアを再解釈しながら、現代日本の“誤った物語”を暴く作品になった。
喪黒福造は呪いの案内人ではなく、“都市の物語の齟齬(ずれ)”を暴く存在として登場する。ドラマの12話は、“2025年の都市が抱える物語の崩壊”をテーマごとに切り取っている。
それは都市を歩く人間のリアルな症状として刺さる。12話を通して浮かび上がるのは、
現代は『個人の物語が誤作動を起こし続ける時代』という事実だ。
喪黒は罰を与えているのではない。 “あなたが信じている物語のズレ” を冷静に指摘していると感じる。
物語だけでなく子供もドハマりする主題歌『モグリズム』の中毒性には驚きました。
『NEXUS 情報の人類史』
――物語を“ネットワーク”として再定義する思想書
公式サイト:https://www.kawade.co.jp/nexus/
ハラリの『NEXUS』は、人類史をもう一度 “情報と物語の結び目” から描き直す大著だ。
上巻ではこう定義される。「情報は正確でなくても、人々が信じれば社会秩序を生み出す」
この視点が、現代のSNS、陰謀論、政治対立を読み解く鍵になる。物語は正しさではなく、“信じられやすさ”で広まる。
下巻では、AIを Artificial Intelligence ではなく Alien Intelligence と捉えることで、 AIが“人類の物語の登場人物”になりつつある現実を突きつける。
AIは人間の外側にある中立的存在ではない。人間のネットワーク内部―つまり物語の中へ入り込んでしまった。だからこそ人類は、AIと共に“自己修正可能な物語=Nexus”を作る必要があると説く。『笑ゥせぇるすまん』が非常にリアルな“物語の誤作動”を描いたのは、まさに『NEXUS』が言うように、情報と欲望が人間の物語を乗っ取ってしまう時代だからだ。
『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史』
――“信じたい物語”が国家の基盤だったことを証明する本**
公式リンク:https://str.toyokeizai.net/books/4924445209001100000D/
アメリカは物語を信じる力によって自らを構築してきた国家だ。その“幻想史”を描いた本書は、現代の混乱を理解するための重要なルポルタージュである。上巻では建国以来の宗教、移民、科学、政治、セレブ文化が混ざり合った“妄想カクテル国家”としてのアメリカが描かれる。
アメリカ人は噂を信じ、都合のいい物語に身を委ね、世界を自分好みに塗り替える。これはハラリの言う “共同主観の物語” が国家サイズで暴走した例だ。下巻では、現代アメリカの狂気が明確になる。
都市はテーマパーク化し、大人は幼児退行し、科学は疑われ、陰謀論が政治を支配する。銃武装、分断、トランプ現象。その根底には、 「物語だけを信じたい国民」 という深刻な性質がある。
この本を読むと、PTA作品の背景も、喪黒が笑う日本の現実も、NEXUSが示す危機も、一本の線でつながる。
なお本作はかなり厚い本なので読書が苦手な方は今絶賛配信中のCOTEN RADIOのアメリカ回がおすすめ
物語が醸し出す2025年の空気
――物語は危険で、同時に必要な“インフラ”になった**
2025年の都市には、「物語の過剰と不足が同時に起きている奇妙な状態」が広がっている。
SNSでは物語が過剰に作られる。AIは物語の最適解を提示する。政治は“信じたい物語”で動く。個人は自分の物語を見失う。
そのすべてを文化作品が映し出した一年だった。
「物語は世界を支配している」
「しかし物語なしでは世界は理解できない」
PTAは寓話として、喪黒福造はブラックユーモアとして、ハラリは思想書として、アメリカ幻想史は歴史の観察として、各々が“物語の危うさと必要性”を照射した一年だと感じた。
当然来年以降も我々は物語と付き合っていかなければいけない。
良い付き合い方をしたいものですなぁ。
皆様よいお年を!