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坂本慎太郎 “ヤッホー” という言葉に託された真意とは? – クリエイティブ圏外漢のクリエイティビティを感じる何か…〈vol.48〉

おはようございます。こんにちは。こんばんは。

雪が降りしきる中で選挙がありましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 近年の世情や選挙結果に対して色々なご意見があるかと思います。

その世間や社会のムードを優れたクリエイティブが予見、代弁、抽出…するようなことはよくあることですが、今回ご紹介する坂本慎太郎のアルバム「ヤッホー」はその系譜に連なる傑作の一つになったかと思います。

「ヤッホー」という言葉は、登山の達成感というより、谷に投げた声が“帰ってきてしまった”ときの表情に近い。明るい言葉ほど、暗い現実をよく反射する。『ヤッホー』(2026)はその反射板の精度が、坂本慎太郎史上いちばん高い。

 

坂本慎太郎とは

以前のPicon!の記事では彼の所属していたゆらゆら帝国の曲のカバーを挙げていましたが、改めて坂本慎太郎についてご紹介。

坂本慎太郎(1967年大阪府生まれ)は、ロックバンド「ゆらゆら帝国」のボーカル/ギターとして1989年頃から活動し、独特のサイケデリックな作風で支持を集めた。

バンドは2010年、最終作『空洞です』を機に解散。翌2011年に自らのレーベルzelone recordsを立ち上げ、7インチ「幽霊の気分で」でソロ始動、同年に1stアルバム『幻とのつきあい方』を発表。

その後も国内外で評価を広げ、ライブ活動も再開しながら、作品ごとに独自のファンク/エキゾ/ムード感覚を拡張するソロ作をリリースし続けている。 

 
『ヤッホー』の世間や社会との距離感の“変化”

坂本慎太郎の歌詞は昔から、社会や制度の匂いを「言い切らずに置く」タイプだった。

たとえば『ナマで踊ろう』(2014)以降、とくに顕著な“社会性”は、スローガンではなく、生活の手触りの中でズレとして出る。それが魅力でもあり、逃げ道でもあった。

ところが『ヤッホー』は、その逃げ道を少しだけ狭める。

本人もインタビューで、これまでの“偶話的/第三者目線/神の視点”の歌詞から、今回は“歌える言葉”を残していく過程で結果的に一人称的になったかもしれない、と語っている。

ここが大きい。

世間や社会の話をするのに、一人称的になることで主題との距離を縮めることでリスナーの主題への距離も縮める。結果言葉の刺さり方に切迫感を生む。

一方本人はインタビューで「作ってる側としてはそんなに変わったつもりはない」「聴く側も変わったんじゃないか」とも言っていて、社会状況の変化でリスナー側が
歌詞に敏感になった可能性を示唆している。これもかなり重要な指摘だ。

作品の“政治性”が強まったというより、政治が生活に侵入してきて、寓話の避難所が狭くなった。その結果として、坂本慎太郎の歌詞は“結果的に”現実へ寄って見える。

さらに、社会との接点について「ネットのニュースサイトやテレビのニュース」「YouTubeも結構見る」「広告収入目当てのコンテンツが増えて質が悪くなった」といった発言もある。

ここで起きているのは、政治批評というより、メディアそのものへの疲労だ。『ヤッホー』の諦念は、“政権”や“政策”に対する怒りというより、過剰で劣化した情報の海で神経が摩耗していく感じに近い。政治はその海流の一部として、黙っていても耳に入ってくる。

アルバム内の比較(=10曲の中で何が起きているか)

『ヤッホー』は、リリース告知の時点で「ブルース、ムード歌謡、60年代ソウル、サーフ・インスト、ファンク…」と多ジャンル取り込みが明言されている。

でも散漫ではない。なぜなら全曲を貫くのは、坂本慎太郎バンドの“手触り”=一定の気だるさと、録音の湿度だからだ(今回もバンド中心の録音、ゲストに角銅真実のマリンバ、 エンジニア中村宗一郎、アートワーク本人という布陣)。

OTOTOYの紹介では、サイケ・ムード歌謡、軽快ロック、ブルージーなスローファンク、ディスコ・ブギー、バラードが並列されると整理されている。

この“並列”がミソで、アルバムを聴くと、ジャンルの違いはむしろ感情の位相の違いとして働いている。

1曲目「おじいさんへ」から“あやしい入り口”、2曲目「あなたの居場所はありますか?」で一気に異界へ、マリンバが優しく響く曲、残響の非日常感、ラストの「ヤッホー」で“真摯なメッセージ”といった流れが描かれている。

『ヤッホー』は、曲順まで含めて「現実→異界→現実」を往復する装置のようなアルバムになっている。

『ヤッホー』/坂本慎太郎

Numb / Shintaro Sakamoto (Official Audio)

 

結局『ヤッホー』って作品を象徴する一語)

「ヤッホー」という言葉は通常は陽性のものとして使用する。でもこのアルバムでは、陽性であるほどに不安が立つ。

なぜならヤッホーは本来、返ってくる前提の呼びかけだから。呼びかける=誰かがいる想定。

現代は、その想定が崩れやすい。届かない、誤解される、炎上する、広告に回収される。そういう世界で「ヤッホー」と言うのは、実はちょっと怖い。

だからラストに「ヤッホー」を置くのは、関係の最小単位の確認なのかもしれない。

“ここにいる?”
“うん、いるよ”

その往復が成立するだけで、政治より先に生活が救われる。救われない日もあるけど、少なくとも往復しようとする、という態度が残る。坂本慎太郎は“政治的に言おう”としているというより、歌うための言葉を選別した結果、世界のヤバさが残ってしまった、という状態に見える。

その“残ってしまった”感じが、『ヤッホー』のリアリティだ。そのリアリティを感じるためにもアルバム通して聴くのがおすすめです!

本作以外だと下記もおすすめ!

 

 

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