『怪獣8号』の「見開き」に秘められたスゴワザとは? – マンガ編集者・岩井好典の現代マンガレビュー
マンガ編集者・岩井好典先生が、いま「キテる」マンガや気になるマンガを語りまくる! 「現代マンガレビュー」第1回は、最近アニメ放映も始まってノリにノっている話題の人気マンガ『怪獣8号』をピックアップ。ただ面白いだけでなく、「スマホ時代」だからこその工夫や演出が詰まっているのも『怪獣8号』のスゴいところなのだとか。いったいそのヒミツとは?
『怪獣8号』松本直也・著(集英社刊。現在12巻、以下続刊)
解説/岩井好典
イラスト/ニコーラ・サヴァ
編集者として大注目! いま必読のマンガ『怪獣8号』
『怪獣8号』は、『少年ジャンプ+』という今もっとも勢いのある媒体の、『SPY×FAMILY』と並ぶ代表的ヒット作。2024年4月よりテレビ・アニメーションの放映も開始しています。
もし誰かから「今、一番好きなマンガは?」とか「今、一番おもしろいマンガは?」と問われれば、個人的な趣味嗜好もあり、いくつかのタイトルが頭に浮かびます。ただ「編集者として、今、一番注目しているマンガは?」と訊ねられたら、ここ数年は『怪獣8号』を挙げることにしています。
マンガは歴史的に、雑誌という発表媒体を母胎として進化・発展してきました。しかし21世紀になり、インターネット環境の一般的浸透や電子書籍の展開・拡大、そしてスマートフォンの普及などによって、読者となるジェネレーションの意識やライフ・スタイルが大きく変わっていきました。そしてイチゼロ年代(2010年代)に入ると、雑誌というメディアは、そうした新しい時代へフィットすることができず急速に衰退していくことになります。
ぼくは、毎年新入生に1回目の授業で、「雑誌を読んでいる人?」と質問をするのですが、もうほとんどの学生が、マンガを雑誌で読んだ経験がない世代になっています(※編集者注:岩井先生は専門学校日本デザイナー学院のマンガ講師としても活躍中)。
前述のとおり、マンガは、常に雑誌に掲載されることを前提とすることで豊かな表現を獲得してきたのですが、そんな時代も既に終わってしまい、今は、次の表現の可能性を業界中が暗中模索している過渡期なのです。デジタルの世界で、雑誌に代わる発表媒体ということを考えると、未だに答えを見出している人間はマンガ業界にいないようにぼくには思えます。つまり、まだ誰も “次になにが来るか” を、予想することができていない。
そんな激動のレジーム・チェンジの時代に、『怪獣8号』は、「雑誌連載→コミックス(単行本)」という従来の在り方と「Web連載→コミックス(単行本 or 電子書籍)」という新しい展開をブリッジする “明日のマンガの可能性” を、もっとも感じさせてくれる作品です。
『怪獣8号』は「見開き」がスゴい。 スマホ時代ならではのこだわり演出
『怪獣8号』の連載が始まったころから一部で話題になっていたことなのですが、もっとも特徴的なのは「見開き」の見せ方です。
マンガでは、ページをめくったところで2ページを1コマにして(これがマンガというメディアにおける最大の「コマ」です)、インパクトを最大化する演出があります。雑誌や単行本という媒体の場合、基本的にこの「見開き1コマ」は一発で読者に認識されます。
例えば、 格闘系の大ヒット作『グラップラー刃牙』などにおける見開きは、上のようになる場合が多いです。
ふたりの人間が戦っていて、左のキャラクターが相手を倒した決定的シーンですよね。このエピソードのクライマックスにあたる、非常に「強いシーン」です。
これに近い内容のシーンにおいて、『怪獣8号』の場合は以下のようになります。
さて、上の2つの見開き、違いが分かりますかね?
現在のスマートフォンで読むマンガは、「見開き2ページ1コマ」を一発で認識することができません。フリックと言って「右ページを1画面、次に左ページに移動して1画面を見る」という順序になります。そうすると、上記の『怪獣8号』の見開きは、以下の順序で読むことになります。
この順番で読むことが、ちゃんと絵柄に意識されていて、見開き1コマを「右ページ→左ページ」と、フリックで読んでいって「気持ちよくなる」ように出来ているんです(「敵が殴られた! 誰に…?」→「主人公に!」)。
この演出は、『刃牙』などのような従来の作品にはなかったものです。
1つ目の見開きで右ページだけを先に見てしまうと、その段階で「左のキャラクターが勝ったんだ」ということが読者に意識されてしまい、左ページの「殴っているキャラクター」を追っかけで見ても、インパクトが弱くなる。あるいは、殴られて吹っ飛ぶ側と殴っている側、という2人の関係性をきちんと認識できない可能性もあります。
従来のマンガは、あくまで「見開き1コマを一発で見た時に」感じる面白さを意識した演出なんですよね。
従来のマンガでは、こうした見開き演出がとても重要で、人気のある作品の多くが、とても効果的に使っています。でも、これって、スマートフォンで読むには馴染まないものなんですね。
『ワンピース』でも、かなり見開きを使いますが、スマホで読むと意味が分からなくなるコマが多いです。右ページ→左ページと読むと、キャラが中途半端なところで切れてしまったり、テキストや描き文字がちゃんと読めなくなったりする。それは、従来のマンガが、あくまで「見開きを1コマとして一発で見る」ことを前提とした描き方だからです。
そのため、今は出版社によっては、「電子で読むときに問題が起こるから、見開きを使うな」と、作家に言ってきています。
ところが『怪獣8号』では、上述のように「見開きをフリックで読む」ための演出がとてもよく考えられていて、「紙の本で読む」場合と「電子デバイスで読む」場合、両方のパターンで、ちゃんと面白く読めるように出来ているんです。ぼくが「従来の在り方と新しい展開をブリッジする “明日のマンガの可能性” 」という理由です。
スマホのフリックに対応することは、これからのマンガにとって必須テクニックになっているので、ぼくはキャリアの長いマンガ家さんに、よく『怪獣8号』を薦めて、「こうやれば、まだ見開き使えますよ!」と教えています。