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『劇光仮面』に見る、現代のヒーロー論。 – マンガ編集者・岩井好典の現代マンガレビュー

マンガ編集者・岩井好典先生が、いま「キテる」マンガや気になるマンガを語りまくる! 「現代マンガレビュー」第2回は、異色の設定で話題を呼ぶヒーロー(?)マンガ『劇光仮面』をピックアップ。マンガに欠かせない「ヒーロー」という存在について改めて考えさせられる本作の魅力を、現役編集者が熱く解説します。

『劇光仮面』山口貴由・著(秋田書店刊。現在5巻、以下続刊)

今も「ヒーロー物」は根強い人気を保っています。

スーパーマンもバットマンもスパイダーマンも、ウルトラマンも仮面ライダーも戦隊物も、みんなヒーローですよね。もちろんマンガでも、多くのヒーローが活躍する作品が作られ人気を得ています。ヒーロー物というジャンルは、フィクションの世界で常に求められてきました。

でも、ヒーローって、いったいなんなのでしょうか?

“英雄” という言葉を辞書で引くと「優れた指導力と洞察力で、民族や国家の危機を救ったり、独立運動の先頭に立ったりした先覚者」「一般大衆から憧憬と畏敬の念をもって仰がれる存在」(新明解国語辞典)とあります。

古来、世界中で親しまれてきた多くの英雄譚、ヒーロー物語は、シンプルに言えば「この国を作った王様は、こんなにすごい人だったんだぜ」……という国造りの物語であり、 “英雄” とはもともとは「世界を統べる者」=権力者を意味していたわけです。

映画『スター・ウォーズ』に大きな影響を与えたアメリカの神話学者ジョーゼフ・キャンベルの言う「ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)」も、王族=権力者は「こんなにすごい試練を乗り越えたんだなあ」という、立身出世のエピソードということになります。

でも、ある時から一般大衆は、偉い人(権力者)にあまり「憧憬や畏敬の念」を感じなくなってしまいます。

今の若い人も、そうですよね。「総理大臣って超カッコイイよな、オレは将来総理大臣になるんだ!」と思う子供は、そんなにいないでしょう。

そこで現れたのが、「アンチヒーロー」です。

辞書的な英雄のイメージに合わない存在、時に邪悪だったり反社会的だったりする反英雄、それがアンチヒーローの定義になります。

アンチヒーローは、16世紀にスペインで生まれたピカレスク(悪漢)小説が、17~18世紀に欧米各地で起こった市民革命による人々の意識の変化によって、英雄譚のバリエーションとして一般大衆に支持されるようになったもの……と説明できるでしょうが、そういう歴史的なことには、ここではあまり踏み込まないようにします。

20世紀に生まれたハードボイルドというミステリの人気ジャンルがありますが、そのもっとも代表的な存在は、レイモンド・チャンドラーの小説に出てくる私立探偵フィリップ・マーロウでしょう。マーロウは「薄汚れた街を行く、孤高の騎士」と言われます。世界は汚れていて、ほとんどの権力者は邪悪で利己的であり、大衆も多くが低劣で自分勝手だ。そんな中で、主人公だけが、社会から孤立しながらも自分の信じる規律(ルール)= “正義” に従って誇りを持って生きていく……そんなイメージが、現代のヒーロー像の原型となっているように思います。

とにかく、今の人々は、もう権力者に憧れないんですよね。偉い人を “ヒーロー” として描いても、人気なんか出ないんです。

今、世界的に見ても、ほとんどのヒーローは、ダークヒーローやヴィランだったりします。

かつての「王様=英雄」という公式は、もう信じられていない。ヒーローっぽくない、暗く傷ついた心を持った戦士こそが、共感できるヒーローとして人気を得ている。

現代の我々は、 “アンチヒーロー” しかヒーローとして認識することができない、ある意味で奇妙な時代を生きているのです。

マンガ家・山口貴由は、ずっと “ヒーローとはなにか” ということをテーマに作品を描いてきました。

現在連載中の『劇光仮面』は、その最新の成果であり、無人の野を切り拓く志を持った、素晴らしいマンガです。

彼の作品の主人公は、常に戦い続けます。そして、その戦いは、常に不毛でした。

畢生の傑作『シグルイ』は、徹頭徹尾 “不毛な戦い” が描かれます。次作の『エクゾスカル零』は出世作である快作『覚悟のススメ』の続篇で、明らかな『仮面ライダー』オマージュなのですが、主人公はなんのために、誰を救うために戦うのか、という問いを、すべての解答が不可能な物語設定にした上で、敢えて問い直そうとしていたように思います。

「ヒーローは正義のために戦う。 “正義” がなにか分からないとしても」。それがこれまでの山口作品のテーゼだったのですが、最新作『劇光仮面』は、そうした “不毛な戦い” の先にある、“正義” のために戦うヒーローを描いた、ネクストレベルのストーリー展開になってるのです。

『劇光仮面』の主人公・実相寺二矢(じっそうじ おとや)は、アルバイトで生計を立てている29歳の男性です。大学時代に所属していた「特撮美術研究会(特美研)」の活動を、卒業後もずっと独り続けているだけの生活をしています。言ってみれば「テレビの特撮ヒーローに感情移入しすぎている、少しアブない人」です。まさに現在的でリアルな “アンチヒーロー” としての主人公設定。

自分は1巻が出たときに精読し「なるほど、今だからこそ、この方向性か……」と納得していました。シンプルに言って「ヲタク的な感性によって描かれる既存のヒーロー像への、この著者なりの切り口からのアプローチ」だと思っていたのです。「ヒーロー物にカブレちゃった者のリアルを、描くんだな」と。

でも、2巻を読んで……正確には、2巻の最後のシークエンスを読んで、あまりの衝撃に吹っ飛ばされました。「この設定をこんなに丁寧に進めて、そして、コレを描くの!?」未読のかたもいると思うので、物語の詳細は書きませんが、ホントに驚いたんですよ。「山口貴由、すっげえ!」って。

「現在における、ヒーローとはなにか」という問いに、ここまで切実に真っ向から挑んでいるのは、山口貴由だけですよ。脱帽です。

自分は、35年以上マンガ編集者として生きてきました。もう、大抵のマンガには驚きません。「あー、なるほど、この感じね」とか「アレの路線か」とか、悪馴れたマンガの読み方しかできなくなっています。そんな人間に、これほどの新鮮なショックを与え、こんなにも次巻の発売を心待ちにさせてくれるなんて、ホントに感謝しかありません。

『劇光仮面』は、そんな圧倒的なマンガなのです。

(追記)
山口氏とは編集者として面識がありますし、自分は氏と少し奇遇な縁もあるのですが、このコラムでは、敢えて敬称略としました。

 

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