本つくりにこだわるブックデザインの世界 ~エディトリアルデザイナーの仕事~

私が高校に入った頃、角川書店が映画制作に乗り出し「読んでから見るか 見てから読むか」というキャッチコピーが流行りました。それまでは棚に差してあるだけだった文庫本に派手なカバーが掛けられて、表紙が表に向けて売られるようになりました。

今でこそメディアミックスという宣伝手法はごく普通ですが、当時は出版社がこのような宣伝手法をとることは珍しく、本のデザインに何となく興味を持つきっかけになりました。とは言っても、この段階ではまだどのような仕事なのかは全然イメージできていなくて、カバーの絵を描いたり、ビアズリーのようなモノクロの線画の挿絵が描けたら良いなくらいに思っていました。

出典:オーブリー・ビアズリー(1872~1898) オスカー・ワイルド『サロメ』挿絵(1894)

 

その後、仕事としてブック・デザインや装丁というジャンルがあることが分かり、杉浦康平、菊池信義など本のデザインをメインに仕事をしている人の存在を知ります。

杉浦さんの作った『全宇宙誌』や『人間人形時代』は、本は紙が何枚も重なってできている、ということを意識させる作りになっていて、立体工作のような面白さがありました。また、表紙だけではなく中身も含めた全体をデザインしているため、本全体の統一感と存在感が強く印象に残りました。

菊池さんは詩や小説といった文芸関連の書籍のデザインを多く手掛けていて、作家に合わせて紙の手触りや書体を変えた繊細なデザインをする人です。紙の種類によって手触りはもちろん、重さや本の厚みも変わってくるということが手に持った時に分かるのが面白く感じられました。

これらを通して、本のデザインに対して漠然と持っていたカバーの絵を描くといったイメージはすっかり消えて、紙の種類、書体、文字組、全体の造形など本にまつわる様々なことに興味を持つようになりました。

私の仕事のキャリアは雑誌からです。実際に仕事に就こうとすると書籍のデザインを専門に行なっている事務所や人はそれ程多くはなく、雑誌などの定期刊行物の方が圧倒的に間口が広かったためでした。
実際に仕事を始めてみると雑誌にも週刊、隔週刊、月刊、隔月刊、季刊(年4回)、mook(ムック)と呼ばれる一冊で完結した雑誌形式の本などがあり、それぞれの違いは内容よりも発行回数によって仕事のペースが違うことでした。
「ページもの」と呼ばれるエディトリアルデザインの仕事の範囲はかなり広く、私が関わっただけでも商品カタログ、案内用パンフレット、コンサートのプログラム、社内報、企業の業績報告書、教科書、カセットやCDがセットになった学習参考書、入学案内、図書館向け実用書、カレンダー、政治家の活動報告書など(写真はあくまでほんの一部)多岐に亘ります。

エディトリアルデザインで関わった仕事の数々

 

ハードカバー(厚紙の表紙)の本は思った以上に立体のデザインでした。カバーに紙の厚みの分をプラスするのはもちろん、本体の表紙には見返しに折り込む分を入れておかなければならないなどポスターやフライヤーには無い知識が必要でした。

ところで、本をデザインする時に、内容を全部を読む人と読まない人がいます。私は読む方ですが、読まずに何故本のデザインができるのかというと、著者との間に必ず編集者が入って、編集者が作品のイメージの橋渡し役(編集者は必ず本文を全て読んでいますし、プロデューサー的な役割をする場合もあります)を担うからです。

本のデザインに限ったことでは無いですが「自分はこう思った」だけでデザインを進めることはありません。デザインは自分の感想を伝えるものではなく、初めて目にする人、初めて手に取る人に興味を持ってもらったり、こんな魅力がありますとアピールしたり、実際に読んでくれる人に極力ストレスを与えないように内容を伝える手助けをするためのものです。そのために著者や編集者はもちろん、写真や図版を担当する人との協力が不可欠で、お互いに必要なことをきちんと伝えることが仕事をする上で一番重要なことだと思います。

 

参考:
『全宇宙誌』 https://www.kousakusha.co.jp/BOOK/cosmo.html
『人間人形時代』 https://www.kousakusha.co.jp/BOOK/ISBN4-87502-128-3.html
菊池信義 https://www.magichour.co.jp/tsutsunde/

文:加持ゆか
NDS講師。エディトリアルデザイナー。
デザイナーとして活動する傍ら、作家としても作品を発表。
長きに渡り、学生指導に勤しむ。

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