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なぜ電話と電卓の数字は逆に並んでいるのか?デスクの電話機から考える、身近なUIデザインの歴史

私は、職場のデスク上の電話機をぼーっと眺めていました。

決して仕事をサボっているわけではありません。
ただ「こんな時間も大切だろう」と自分に言い聞かせながら過ごしていたとき、
目に留まってしまったんです。
普段はあまり意識することなく使っている、電話機の数字ボタンが。

1、2、3が上にあって、
4、5、6、
7、8、9、
そして一番下に0。

見慣れた、いわゆる電話の数字キーの並びです。

ふと、そこで思いました。
「あれ?この数字の並びって、スマホと同じだったっけ?」と。
気になってスマートフォンの電話アプリを開いてみると、そこに並んでいる数字は、職場の電話機と同じでした。

1、2、3が上。
7、8、9が下。

 

なるほど、電話として使う数字キーは、スマホになっても同じ配置のようです。

では、なぜ違和感を覚えたのか。

その理由は、すぐ近くにありました。
電話機の近くにある、パソコンのキーボードです。
キーボードの右側にあるテンキーを見ると、そこでは数字の並びが電話とは逆になっています。

7、8、9が上にあって、
4、5、6、
1、2、3、
そして一番下に0。

さらに、スマートフォンの電卓アプリを開いてみても、私の手元の電卓アプリではこの並びでした。
つまり、私たちは日常の中で、いつの間にか二種類の数字配列を使い分けていることになります。

電話をかけるときは、1、2、3が上。
計算をするときは、7、8、9が上。
同じ数字を入力するだけなのに、なぜ道具によって配置が違うのでしょうか。

「わたし、気になります」
ということで、少し調べてみることにしました。

 

電話の数字キーは、かなり真剣に研究されていた

調べてみると、現在の電話機やスマートフォンの電話アプリで見られる数字配列は、偶然生まれたものではないようです。
押しボタン式の電話が広く普及する以前、電話といえばダイヤルを回して番号を入力するものでした。

番号をひとつ入力するたびにダイヤルを回し、戻るのを待つ。
これを電話番号の桁数分だけ繰り返す必要がありました。
そこから本格的に普及していくことになるのが、ボタンを押して番号を入力するプッシュボタン式の電話です。

ただ、ここで問題が生まれます。
ボタンは、どのように並べれば使いやすいのか。

丸く並べるのか。
横一列に近い形にするのか。
電卓のような並びにするのか。
それとも、今のような3列のグリッドにするのか。

アメリカのBell Labsでは、押しボタン式電話の設計について、人間工学的な研究が行われていました。
また、1960年に発表されたR. L. Deiningerの論文「Human Factors Engineering Studies of the Design and Use of Pushbutton Telephone Sets」では、ボタン配置が電話番号を入力する速さ、正確さ、使う人の好みにどのような影響を与えるかの検討もされています。
今でこそ、電話の数字キーは「こういうもの」と思っていますが、当時はまだ“当たり前”ではなかったのです。

どの配置なら速く押せるのか。
どの配置なら間違いにくいのか。
どの配置なら人が自然に受け入れられるのか。

いろいろな案が試され、比較され、その結果として、1、2、3が上にある現在のような電話キーの配置が広まっていったようです。
つまり、電話の数字キーは、なんとなく見た目で決まったものではなく、「人がどう使うか」を考えた結果として生まれたデザインだったのです。

 

電卓のテンキーには、別の歴史がある

一方で、電卓やパソコンのテンキーは、電話とは違う並びをしています。

7、8、9が上。
1、2、3が下。

こちらの配置は、計算機や加算機、会計に使われる機械などの流れの中で定着していったものとされています。

電話は、電話番号を入力するための道具です。
一方で、電卓は計算するための道具です。

この違いは、思っている以上に大きいのかもしれません。

電話番号は、基本的には数字を確認しながら正確に押していくものです。
一方で、計算機や電卓は、数字を連続して入力し、足したり引いたりしながら使います。

会計や事務の現場では、数字を素早く打つことが求められます。
そのため、電卓のキー配置は、手の動きや連続入力のしやすさと深く関係してきたと考えられます。
実際、慣れている人が電卓やテンキーを打つ様子を見ると、ほとんど画面を見ずに、指が自然に数字の位置を覚えているように見えます。

電話のボタンは、比較的、目で確認しながら番号を押すもの。
電卓のテンキーは、手が覚えて素早く入力するもの。

もちろん、これは単純に言い切れる話ではありません。
しかし、同じ数字キーであっても、使われる場面が違えば、求められる使いやすさも変わります。
そして、その違いが、数字の並びにも反映されているのだと思うのです。

 

“正しい配置”はひとつではない

ここで面白いのは、電話の配置と電卓の配置のどちらかが絶対的に正しい、という話ではないことです。

電話には電話の歴史があり、
電卓には電卓の歴史があります。

どちらも、それぞれの道具として使われる中で、多くの人が慣れ、受け入れ、定着していきました。
つまり、デザインの正解は、見た目の美しさだけで決まるものではないのではないでしょうか。

誰が使うのか。
何のために使うのか。
どんな場面で使うのか。
どれくらい速く、どれくらい正確に使う必要があるのか。
すでに多くの人が慣れている形を変えるべきなのか。

そうした条件が重なり合って、ひとつの形が選ばれていきます。
これは、グラフィックデザインやWebデザイン、アプリの画面設計にも通じる話だと思います。

「見た目がきれい」なだけでは、使いやすいとは限らないし、
「新しい」だけでは、よいデザインとも限らないのではないだろうかと。

反対に、あまりにも見慣れていて、普段は意識すらされないものの中に、とてもよく考えられたデザインが隠れていることもあります。
電話の数字キーや電卓のテンキーは、その代表的な例なのかもしれません。

 

スマホの中にも、昔の道具の記憶が残っている

もうひとつ面白いのは、スマートフォンの中にも、昔の道具の記憶がそのまま残っていることです。

スマートフォンには、物理的な数字ボタンがほとんどありません。
画面の中であれば、数字の配置は自由に変えられます。
電話アプリも、電卓アプリも、理論上はまったく新しい数字配列にすることができます。
それでも、多くのスマホの電話アプリは電話機の並びを受け継ぎ、電卓アプリは電卓の並びを受け継いでいます。

なぜでしょうか。

おそらく、それは私たちがすでにその配置に慣れているからです。

電話をかけるときには、電話らしい並びがある。
計算をするときには、電卓らしい並びがある。

もし、スマホの電話アプリで突然7、8、9が上に来たら、少し違和感を覚えるかもしれません。
反対に、電卓アプリで1、2、3が上に来たら、計算しづらいと感じる人もいるでしょう。

画面上では自由に変えられるはずなのに、あえて昔からの配置を引き継ぐ。
ここには、「慣れ」もまたデザインの一部である、という大切な考え方があるように思います。

 

デザインは、目立たないところにもある

デザインというと、ポスター、ロゴ、パッケージ、イラスト、広告など、目に見えて華やかなものを思い浮かべる人が多いかもしれません。

もちろん、それらもデザインです。
でも、デザインはそれだけではありません。

電話の数字キー。
電卓のテンキー。
ATMのボタン。
券売機の画面。
エレベーターの階数ボタン。
コンビニのセルフレジ。

私たちが毎日使っているものの中には、たくさんのデザインがあります。

それらは、あまりに当たり前すぎて、普段は意識されません。
けれど、少し立ち止まって見てみると、そこには「なぜこの形なのか」「なぜこの順番なのか」「なぜこの場所にあるのか」という問いが隠れています。
そして、その問いをたどっていくと、歴史や技術、使う人の身体感覚、社会の変化が見えてきます。

今回の数字キーの配置も、まさにそうでした。

デスクの電話機をぼーっと眺めていたときには、まさかそこから電話の歴史や人間工学、スマートフォンのUIにまで話が広がるとは思っていませんでした。

でも、こういう小さな違和感こそ、クリエイティブの入口になるのかもしれません。
皆さまも、日常にある小さなヒントを、次のデザインのきっかけにされてくださいね。

 

 

AIの時代だからこそ、「なぜ?」を持ち続けたい

今は、AIに質問すれば、多くのことがすぐに返ってくる時代です。

「電話と電卓の数字配列はなぜ違うのか」と聞けば、きっと数秒で答えが表示されるでしょう。

それはとても便利なことです。

しかし、便利だからこそ、私たちはその前にある「問い」を大切にしたいとも思います。

目の前にあるものを眺める。
いつも使っているものに、少しだけ違和感を持つ。
「なぜこうなっているのだろう」と立ち止まる。

AIが答えを教えてくれる時代になっても、問いを見つけるのは、やはり人間の役割なのではないでしょうか。

電話の数字キーと電卓のテンキー。

たったそれだけの違いにも、道具の歴史や、使いやすさをめぐる試行錯誤がありました。

デザインは、特別な作品の中だけにあるものではありません。

何気なく置かれた電話機にも、毎日使うスマートフォンにも、私たちの生活を支える小さな設計思想が隠れています。

そう考えると、いつもの景色が少しだけ違って見えてきます。

そして、その「少しだけ違って見える」感覚こそ、これからのクリエイティブにとって大切な力なのだと思います。

 

▽参考文献・出典

R. L. Deininger “Human Factors Engineering Studies of the Design and Use of Pushbutton Telephone Sets.” Bell System Technical Journal, Vol.39, No.4, 1960.
https://doi.org/10.1002/j.1538-7305.1960.tb04447.x
Nokia Bell Labs掲載ページ:https://www.nokia.com/bell-labs/publications-and-media/publications/human-factors-engineering-studies-of-the-design-and-use-of-pushbutton-telephone-sets/

中村亮一「電話と電卓の数字の配列」『ニッセイ基礎研レター』ニッセイ基礎研究所、2018年8月3日。
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/59251_ext_18_0.pdf

99% Invisible “Squaring the Circle: 15 Telephone Keypad Layouts that Could Have Been.”
https://99percentinvisible.org/article/squaring-circle-seventen-telephone-keypad-layouts/

※いずれも2026年6月17日参照

 

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