青春の上に立つ。 ーーー憧れたカルチャーの中で働く。好きなものを追いかけ続けた先で見つけた、フォトグラファーという生き方。
高校生の頃、憧れのアーティストを観るために通っていたZepp。あの頃は客席から見上げていた場所に、今はフォトグラファーとして立っている。
友人から譲り受けた一台のカメラ。SNSに広がった写真。
学生時代に撮り続けていた仲間たちの活躍とともに、自分の仕事も少しずつ広がっていった。
「自分はラッキーマンなんです」
そう笑う新谷さんの言葉の裏には、好きなものを追いかけ、人との出会いを大切にしてきた時間がある。
![]()
今回は、音楽シーンを中心に活躍するフォトグラファー・新谷隼人さんに、これまでの歩みと、今もシャッターを切り続ける理由について話を聞いた。
好きだったものを撮り続けた先に、今がある
ー現在のお仕事内容について教えてください。
現在はアーティスト写真やジャケット撮影、ライブ撮影、グッズのビジュアル撮影、ファッションブランドのEC撮影などをしています。仕事の約9割は音楽関係です。
Billyrrom 1st Album「WiND」(Photo by Hayato Niiya)
専門学校時代の友人を通じて知り合ったバンドを2021年頃から撮り続けています。
Billyrrom Artist Photo(Photo by Hayato Niiya)
ここ1〜2年で、そのバンドをはじめ、自分が撮り続けてきたアーティストたちが注目されるようになって、自分自身の仕事も少しずつ広がってきました。好きだったものを撮り続けてきたことが、今につながっているんだと思います。
「なんか楽しそう」から始まった写真との出会い
ー写真はいつから始められましたか? はじめてカメラを手にしたのはいつですか?
高校2年生の頃です。
![]()
通信制高校のサッカーコースに通っていて、小学1年生から続けてきたサッカーをやっていました。ただ、高校1年生の冬にはプレーヤーとして続けるイメージが持てなくなって、マネージャーになったんです。同じクラスにはサッカー以外の進路を考えている友達もいて、そのうちの一人がカメラにハマり始めました。その姿を見て、「なんか楽しそうだな」と思ったのが写真を始めたきっかけです。その友達から、オリンパスのカメラを譲ってもらって、本格的に撮影を始めました。その後、親にCanon EOS 80Dを買ってもらい、どんどん写真にのめり込んでいきました。
ーフォトグラファーを職業として意識したのはいつ頃ですか?
高校2年生の冬頃です。
当時はまだInstagramが今ほど普及していないような時代でしたが、自分が撮った写真を友達がSNSのアイコンに使ってくれたり、その写真を見た知らない人から撮影の依頼をいただいたりするようになりました。
「自分には才能があるのかもしれない」
そう思えた瞬間でした。
その頃からサッカーチームの試合や集合写真、クラブチームのホームページ用写真などの仕事も受けるようになりました。高校生のアルバイトよりも稼げたこともあって、「写真を仕事にできるんだ」という成功体験になりました。
海外への憧れが、進路先の決め手になった
ー専門学校へ進学しようと思った理由を教えてください。
もともとは美大に進学したいと思っていました。でも出願時期を逃してしまっていて、浪人するか迷ったんです。そんな時に東京近辺にある写真の専門学校を何校か見学しました。僕は愛知県出身ですが、高校進学のタイミングで東京へ出てきました。中学時代はほとんど学校へ行っていなかったんですが、サッカーを続けたくて東京を選びました。高校時代から東京のファッションや音楽などのカルチャーに触れていて、専門学校を選ぶ決め手になったのは海外研修制度でした。
「海外へ行きたい」
その思いがすごく強かったんです。学校見学で教務課長の奥先生から海外研修について聞いて、「NPIに進学しよう」と決め、学校見学の翌日には願書を記入していました。
残念ながら、新型コロナの流行があり、海外研修には行けなかったのですが、現在、仕事で海外ツアーの撮影もよく入るので、1年の半分くらいは海外にいます。明日からチェコへ行く予定です。
Photo by Hayato Niiya
音楽カルチャーが写真の原点
ー学生時代に影響を受けた写真家やクリエイターはいましたか?
写真家では奥山 由之さん、嶌村 吉祥丸さん、小見山 峻さんに影響を受けました。
![]()
実は写真だけではなくて、音楽から受けた影響もすごく大きいです。SuchmosやYogge New Waves、King Gnuなどの音楽をよく聴いていました。音楽だけではなく、その世界観をつくるファッションやグラフィック、アーティスト写真にも惹かれて、「この写真は誰が撮っているんだろう」と写真家を調べるようになりました。
写真だけじゃない。現場で学んだ「仕事」のこと
ー学生時代に転機となった出来事はありますか?
『SHUKYU Magazine』との出会いです。高校生の頃、代官山 蔦屋書店によく通っていて、そこでロシアワールドカップ特集号を見つけました。
SHUKYU Magazine 12
FUN ISSUEサッカーの楽しみ方は一つではありません。プレーすること、観ること、着ること、読むこと、聴くこと、集めること、食べること、語ること…。そのどれもがサッカーの一部です。
12号目のテーマは「FUN」です。順次発売を開始しております。https://t.co/KpvWXddkp4 pic.twitter.com/SWVACa3hd2
— SHUKYU (@shukyumagazine) May 28, 2026
サッカー雑誌だと思って手に取ったら、試合写真が一枚も載っていなかったんです。代わりに載っていたのは、人や街、ファッション、カルチャーの写真ばかりでした。「サッカーをこんなふうに表現できるんだ」と衝撃を受けました。
当時はサッカーが好きだけれど、プレーヤーとして続ける未来は見えていませんでした。でも、サッカーを文化として伝える仕事があることを知って、「サッカーを別の形で表現する道もあるんだ」と感じたんです。
ちょうど求人が出ていたので、NPI1年生の冬休み明けからスタッフの一員として働き始めました。
ーSHUKYU Magazineでの経験は、現在のお仕事にもつながっていますか?
すごくつながっています。撮影だけじゃなくて、商品の撮影やイベントの設営、物販、スタイリング、キャスティングなど、本当にいろいろなことを経験しました。一般的なスポーツメディアは試合や結果を伝えることが中心ですが、『SHUKYU Magazine』はその周りにあるカルチャーや人を大切にしていました。そこで学んだ「写真だけじゃ仕事は成り立たない」という考え方は、今でも自分の軸になっています。スタジオ勤務やカメラマンのアシスタント経験がないことにコンプレックスを感じていた時期もありましたが、今振り返ると、あの経験が自分にとってのアシスタント期間だったと思っています。
ー在学中にこれはやってよかった、逆にやっておけばよかった事はありますか?
写真集は本当にたくさん見た方がいいと思います。
![]()
新しいものを生み出すと言っても、過去の表現の積み重ねなんですよね。先生からも「写真集を読め。スクラップしろ」と言われていました。今になって、その意味がよく分かります。
ー学生のうちに身につけておいた方がいいことはありますか?
写真以外のことだと、例えば、確定申告やギャラ交渉、お金のこと。フリーランスになると、自分の仕事にどれくらい価値があるのかを自分で判断して、相手と話をしなければいけません。そういう知識は学生のうちに学べたらよかったなと思います。
遊びの延長線上に、仕事があった
ーフォトグラファーという仕事の魅力を教えてください。
僕はずっと遊んでいる感覚なんです。
Photo by Hayato Niiya
もちろん仕事なので責任はあります。クライアントの要望に応えることや、いい写真を撮る責任もあります。でも、自分が好きだった音楽やカルチャー、人とのつながりの延長線上に今の仕事があります。
遊びの中で人と出会って、その出会いが仕事につながって、また新しい人とのつながりが生まれる。
Photo by Hayato Niiya
振り返ると、自分は本当にラッキーマンだなと思います。
サッカーが好きじゃなかったら、『SHUKYU Magazine』にも出会っていなかったし、その経験が今の仕事につながることもなかったと思います。
ー10年後、どんなフォトグラファーになっていたいですか?
レッドカーペットを歩いてみたいですね。
アーティスト、クリエイター、レコード会社スタッフ、コンサートプロモーター、音楽出版社、海外音楽賞審査員など、各分野の音楽関係者より構成される5,000名以上の投票メンバーにて厳正なる投票を行ない、受賞作品/アーティストを決定する音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」には、アルバムのデジタルのアートワークを評価する「最優秀アートワーク賞( in association with 日本グラフィックデザイン協会)」という賞があるんです。
━━🏆 #MAJ2026 受賞速報 🏆━━
最優秀アートワーク賞
in association with
日本グラフィックデザイン協会━━━━━━━━━━━━━━━
平林奈緒美 / Martin Holtkampの
「怪獣 | サカナクション」に決定!#MUSICAWARDSJAPAN pic.twitter.com/i1EaE4XDMb— MUSIC AWARDS JAPAN公式 (@MAJ_CEIPA) June 13, 2026
そういう場所で、自分の仕事が認められるようなフォトグラファーになりたいです。
青春の上に立つ。
ー今、大切にしていることや、これから先も変わらず持ち続けたい想いはありますか?
韓国のバンド・HYUKOH(ヒョゴ)の「一生青春」という言葉がすごく好きなんです。
![]()
最近、その言葉の意味が自分の中ですごく腑に落ちていて。
高校生の頃、憧れのアーティストのライブを観るために通っていたZeppで、今はフォトグラファーとして撮影をしています。当時、「いつかここで写真を撮れたらいいな」と思っていた場所に、自分が仕事で立っている。不思議な感覚ですよね。しかも、憧れていたSuchmosのメンバーや、その周りで活動していたアーティストたちも、今では仕事を通して身近な存在になりました。
Photo by Hayato Niiya
ライブ会場へプライベートで遊びに行ったとき、自分が撮影やデザインに携わったライブグッズのナップサックを背負っているファンの子を見かけたことがあるんです。あれは本当にうれしかったですね。
新谷さんが撮影した写真が使用されているグッズ
高校生だった頃の僕が、憧れのアーティストのグッズを身につけてライブへ行っていたように、今度は誰かにとって、そのグッズが特別なものになっている。「今の高校生にとっての憧れ」が、自分の仕事とつながっているんだと思うと、すごく不思議な気持ちになります。だからこそ、高校生だった頃の自分に恥ずかしくない大人でいたい。
あの頃の自分が見ても、「かっこいいな」と思える生き方を続けていきたいんです。遊ぶことも、人と出会うことも、写真を撮ることも、全部つながっています。
![]()
だから僕は、これからも遊び続けながら、シャッターを切り続けたい。
ーもし学生時代の自分に声をかけるとしたら?
実は、あまり声はかけないかもしれません。後悔していることがほとんどないんです。もちろん、「授業はもっと出ておけばよかったな」とか、「写真集はもっと読んでおけばよかった」と思うことはあります(笑)。
でも、あの頃に好きだったもの、夢中になっていたこと、人との出会いがあったから今があります。
だから、「そのまま楽しんでこい」くらいですかね。
photographer 新谷 隼人
![]()
2000年愛知県生まれ。 17歳の時に写真を撮り始め、日本芸術専門学校を卒業後、東京を拠点に主にファッション・音楽の分野で写真家として活動中。
取材/PicoN!編集部 市村
撮影/内山慎也
↓PicoN!アプリインストールはこちら