菊池東太のXXXX日記 vol.2

わたしはナバホ・インディアンの写真でデビューした。

ところが今になってその写真に納得がいかなくなってきた。インディアンと呼ばれている珍しい人たちという視点で彼らを見、シャッターを押していた。同じ人間という視点ではないのだ。

撮り直しに行こう。最終作として。この考えに至った経緯も含めて、これから写真家を目指す若者たちに語ってみたい。


 

「He said yes」

ここに居ていいということだ。

ここはアリゾナ州ナバホ・インディアン保留地内のチリチンビトというごく小さな集落(人口約500人)だ。カリフォルニア州ロサンゼルスから1000キロ余り。車で1泊2日の距離だ。

ナバホの土地に来ると決めてから、ここにたどり着くまでの日々・・・。

アメリカ合衆国に入国するのに、われわれ日本人は接種を必要とはしない。だが今考えてみると大変失礼なことに、ナバホ保留地に入るのには何か特別な接種をしたほうが安全なのではと考え、アメリカ大使館に問い合わせてみた。
だが、「わからない」ということだった。
情報がないということだ。自分の責任の範囲内でどうぞ、というふうに理解することにした。
自分の身に危険がおよぶかもかもしれないといったことは欠片ほども考えなかった。そのときは、部外者がほとんど行ったことがないインディアン保留地に行く、ということで頭がいっぱいだった。功名心にあふれていたのだ。

アメリカ・インディアンの取材、というテーマ設定は実に効果的だった。インディアンといえば映画に出てくるように、鳥の羽根を頭につけた半裸で野蛮な人という一方的なイメージしかなかった時代だ。
かれらにしてみれば、自分たちを絶滅寸前まで追い込んだ部外者からの接触を徹底的に拒否してきたから、情報が少ないというのは当たり前のことだ。

出版社にこの計画を話し、写真と記事の掲載と、使用するエアライン、レンタカー会社の名前を取材協力というかたちでクレジットを入れる約束を取りつけ(飛行機代、レンタカー代が無料になる)、そのうえ取材費もいくらか出してもらった。
出版社とは約束はたくさんしたほうがいい。そのほうが向こうも話から逃げにくくなる。

使用するカメラはM社に話し、ボディ2台、レンズ3本をメーカー整備の上、無償提供してもらうことになった。カメラ雑誌の編集長が恩師だったので口を聞いてもらったのだ。
このとき提供されたM社の機材が、当時最高といわれたN社の市販品と同等かそれ以上の性能だったことが忘れられない。恐るべしメーカー整備。
この旅の結果をそのカメラ雑誌に発表し、使用機材としてカメラ、レンズ名を出すことによってメーカーからの借りを帳消しにすることができた。

アメリカ建国200年のとき、NHKのドキュメンタリー番組のカメラをまわすことになった。
このときの取材旅行はいつものようにレンタカーをする必要はなく、T自動車が車を無償で提供してくれた。それもまっさらの新車を。
わたしは、その車の映像をカットされないように、しかもはっきりと車種がわかるように撮影し、結果として30秒あまり番組中の画面に登場させることに成功した。もちろんこれも広告と置き換えて考えれば理解できるはずだ。
どこか行きたいところがあれば、それに見合った企画を立て媒体に売り込めば、たいがいは実現した。
写真の腕はたいしたがないのだが、そういった知恵は物怖じすることもなく、そこそこ働いた。

北海道の室蘭でほんの少し先住民のアイヌに接して少年時代を過ごし、たまたまアメリカで先住民のアメリカ・インディアンに出会い、ナバホの土地にまで来てしまった自分。
アメリカで300余部族いる先住民のなかで、最大の保留地(北海道とほぼ同じ広さ)を有し、最多の人口(当時10万人)を誇るナバホ。

ようやく、かれらの家の前に車を駐めることができた。この一家は100頭ぐらいの羊も飼っている。伝統的な住居、ホーガンもある。かれらとの人間関係の構築を失敗しなければなんとかなるだろう。アメリカ国内の滞在ビザは90日とってある。この一家に当面いることを許可され、1ヶ月間はカメラを出さないことを心に決めた。カメラは刺激的すぎる。

だが、いずれこの人たちを撮る。そのときはモノクロだ。かれらの置かれている環境はカラーでもいいが、そうではない心情的なシーンはモノクロだろう。

まず最初にやったことは、かれらの家の中から見えやすい場所にキャンプ用のガソリンコンロを持ち出し、鍋に水を入れ、湯を沸かした。
ここから車で1時間ほど行ったところにカヤンタという、信号がある小さな町がある。そこのスーパーではこの頃はインスタントラーメンをまだ取り扱っていなかった。だからかれらは見たことがないかもしれない。
出来上がったラーメンを車の中ではなく、外のコンロのわきで食べた。食べている自分の姿をわざとかれらに見せた。

しばらくすると、家のドアが恐る恐る開いて子供たちがこちらを伺っている。
興味を持ってくれたようだ。

vol.3へつづく

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