RAW現像のポイント・24のキーワード〈第1回〉

カラーマネージメントと並んで、多くのフォトグラファーから「難しい」「苦手」「自信がない」という声を聞くRAW現像について考えてみます。
なるべくわかりやすくするために、24のキーワードをもとに進めていくことにします。一度通して読んでみても良いですし、実際にRAW現像を進めながら読んでも良いと思います。
皆様のRAW現像にとって何かのヒントになれば嬉しいです。

なおこの連載では、基本的なカラーマネージメント環境が整った条件下で作業できることを前提に進めていきます。すでにPicoN!で、フォトグラファー向けにカラーマネージメントの実践について連載をしていますので、そちらも合わせて参考にしてみてください。

▼「フォトグラファーのためのカラーマネージメント実践」




 

1. RAWデータは楽譜、RAW現像は演奏

「ネガは楽譜、プリントは演奏」——これは、20世紀を代表するアメリカの写真家、アンセル・アダムスの言葉です。写真を音楽に置き換えることで見えてくるものがいろいろありますが、ピアニストを目指したアンセル・アダムスのこの例えには含蓄があります。この言葉にどんな意味があるか、考えてみます。

楽譜そのものは音ではないし、ネガの画像は人に伝えられる状態にはありません。そして演奏は、単に楽譜をなぞるということではなく、演奏者による解釈と表現によってなされ、プリントも、単にネガから焼き付ければよいということではなく、プリントする人の解釈と表現によって結果が変わります。

このネガとプリントの関係は、写真制作のワークフローがデジタルになっても変わることはありません。RAWデータを単に画像に変換すればよいということではなく、RAW現像をする人の解釈と表現によって結果が大きく変わるのです。
撮影とRAW現像の関係がいまいちつかめないという方は、音楽に置き換えて考えてみるとよいかもしれません。撮影は作曲、RAWデータは楽譜、RAW現像は演奏、というわけです。

となると、「撮ったままで仕上げていないRAWデータ」は、「演奏していない曲」ということになります。楽譜が読める人であれば「だいたいこんな感じの曲」というのはつかめますが、表現としては未完成であり、完成形として人に伝えることはできません。これもネガと同じです。
撮るだけで終わるのではなく、しっかりと仕上げ、作品として完成させ、人に見てもらう。そこで何かを伝え、あるいは感じ取ってもらう。そうすることで、「画像」は「写真」となり、作品たるものに昇華されるのです。

2. 伝えたいこと、コンセプトは何か

演奏というのは、単に楽譜をなぞってそれ通りに音を出す行為ではありません。その曲がどんな背景で生まれたのか、その曲で何を伝えたくて、どんな感情を抱いてほしいのか。そういったことを演奏に載せるわけです。そしてこれも例によって、写真の場合も同じです。

RAWデータを現像ソフトで開いてそのまま書き出せば画像にはなります。ただそれは、単に画像化しただけであって、表現としては不十分です。そこに「想い」が込められていないからです。

つまり、その写真で伝えたいことは何なのか、その作品のコンセプトは何なのかということです。RAW現像によって写真の見え方・伝わり方は大きく変わります。「どう見せたいのか」「どう伝えたいのか」が作り手になければ、出来上がる写真もなんだかわからないものになってしまいます。

したがって、「RAW現像の技術」というものがあるとしたら、それはRAW現像ソフトの操作や使いこなしの技術というよりも、「見せたいもの」「伝えたいこと」をRAW現像のパラメーターに置き換え、欲しい表現を実現させる技術のことを言うのだと思うのです。

3. 「デジタルは暗めに撮ってRAW現像で明るくした方がいい」について

徐々に技術的な話に入っていきたいと思います。
「デジタルは暗めに撮って、RAW現像で明るくした方がいい」という話を聞いたことがある方がいると思いますが、それはどういうことなのでしょうか。そしてそれはなぜなのでしょうか。

一般的にデジタルカメラは、黒潰れよりも白飛びの方が弱いと言われます。もう少し具体的に言うと、シャドー部はRAW現像で意外と階調を起こせるけれど(ノイズが出てきますが)、ハイライト部はある程度いってしまうと階調を起こせない、グラデーションのつながりが悪くなってしまうという特性があります。

サンプルの右側は、2段オーバーの露出で撮影したRAWデータを現像でマイナス2EVしたものです。適正露出で撮影した左のサンプルと比べると、雲のディテールが不自然になっていることがわかります。

こちらは、左の暗いRAWデータを現像でプラス2EVしたものが右のサンプルです。問題なくシャドーが再現されています。

なので、階調を出したいハイライトがあるのであれば、全体的に暗めに撮っておいたほうが安全ということなのですが、大切なのは「暗く撮る」ということではなく、「データの素材性を重視した露出にする」ということです。その判断にはヒストグラムを読む必要があります。とはいってもそんなに難しいことではありません。
ヒストグラムとは、画像の明暗の状態を示したグラフです。横軸が明るさで、右にいくほど明るく、左にいくほど暗い。縦軸はピクセル数です。つまり、どの明るさにどのくらいの量のピクセルが存在しているかがわかるグラフです。すなわち、山が左に寄っていれば暗い画像で、右に寄っていれば明るい画像です。

このサンプルは、露出計の出た目からプラス2段まで、1/2段刻みで段階露出をしたものとそのヒストグラム(上段)、そして、それらをRAW現像でマイナス2段から0まで0.5段ずつパラメーターを変えて、同じ明るさになるように現像したものとそのヒストグラム(下段)です。これを見ると、1.5段オーバーから少し無理が出始め、2段オーバーでは階調を取り戻しきれていないことがわかります。

重要なのは「何段暗く撮ればすればよいか」ではなく、「ハイライト側のヒストグラムを見極める」ということです。その視点でサンプルを見ると、撮影時、ハイライトの山の端の先に若干余裕がある程度で撮っておけば大丈夫ということがわかります。

4. 特性曲線を考える

聞き慣れない言葉かもしれませんが、「特性曲線」というものがあります。もともとはフィルムなどの感光材料の特性を示すもので、「どのくらいの光を当てたらどのくらいの濃度が出るか」を表したグラフです。デジタルでも同じように、「どのくらいの光を当てたらどのくらいのRGB値になるか」というグラフを描くことができます。

あるデジタルカメラの特性曲線を見てみると、極めて明るいところと極めて暗いところはグラフが横ばいに近くなっている、つまり、明暗の変化があまり記録されないことがわかります。逆に中間のところはしっかりグラフが傾いていて、明暗の変化が細かく記録されます。一般的なデジタルカメラはどれも同様の特性を持っています。

このことは、ヒストグラムの動きを見るとよくわかります。
暗く撮ったときはハイライトの山が中央に集まっていて(上)、明るくしていくことで右方向へ移動しながら圧縮されていきます(下)。
なぜこういうことになっているかというと、自然界の広い明暗差をいかに画像のダイナミックレンジに入れこむかという処理をしているからです。これを階調圧縮といいます。そのままですね。

大切なのは、この特性曲線が直線(リニア)になっているところに、表現したい主題を割り当てるということです。白のトーンを出したいのに特性曲線が横ばいになっているところに割り当ててしまえば、白飛びはしていないけれど濃淡変化がないという状態になってしまいます。大切なのは、単に「飛び潰れがないかどうか」ではなく、「欲しい階調が出ているかどうか」なのです。

上下の写真はどちらも同じくらいの明るさの空ですが、雲のディテールを出したい場合はどちらの仕上げが適切でしょうか。
どちらもハイライトは飛んでいないものの、下の方は雲のディテールが特性曲線上のハイライトの横ばいの部分に入っているため、白さはありますが階調変化があまりありません。上の方は、雲のディテールを暗さが出ない程度にリニアの部分に入れているので、階調変化が出ています。

5. 忠実色と記憶色

色を表現するにあたって、「忠実色」「記憶色」という言葉があります。
忠実色は、その言葉の通り、被写体に対して忠実な色が正確に出ることを目指します。例えばカタログに掲載する商品写真や、図録に掲載する作品の複写といったものは、実物の代用の役割がありますから、被写体と同じ色を再現する必要があります。こういったときには忠実色、すなわち被写体に対して「正しい色」が求められます。

一方、記憶色は、人の記憶の中にある色を表現することを目指します。さらには、人が「この被写体の色はこうあってほしい」という想いを表現する(「期待色」とも言われます)ことにもなります。例えば、人の肌を忠実色で再現すると、不健康な印象(顔色が悪い)になります。これは、肌は実際よりも明るくきれいな色で記憶されているからです。こういったときには、実際の被写体の色を正しく再現するよりも、被写体に対する「好ましい色」が求められます。

「正しい色・忠実色」と「好ましい色・記憶色」、この2つを混同しないようにすることが大切で、撮影やRAW現像のとき、どちらを目指すのかを考えておく必要があります。

ちなみに、カラーチャートを写し込んで、カメラプロファイルを作成するワークフローがありますが、これは忠実色を再現するための技術です。ただ、記憶色の表現に使えないわけではなく、一旦「正しい色」を作っておいて、それを起点に記憶色を作り上げていくという方法で活用できます。

なお、カメラに搭載されている色調の仕上がり設定やRAW現像ソフトの色の出方に、メーカーごとの「記憶色」に対する考え方が反映されています。「スタンダード」など標準的なモードでは汎用的な記憶色演出のチューニングがされており、「風景」モードや「ポートレート」モードといったものには、特定の被写体に特化したチューニングがなされています。JPEG撮影やカメラメーカー純正ソフトでRAW現像した場合はカメラメーカーの色づくりが適用され、サードパーティー製ソフトでRAW現像した場合は、基本的にはそのソフトメーカーの色づくりが適用されます(カメラメーカーの色づくりをシミュレーションできるものもあります)。

あまりRAW現像で色をいじらないという人は、この選択がそのまま自身の作品の色ということになっていきます。RAW現像ソフトを選ぶ際は、操作性や機能性はもちろんですが、メーカーがどんな色づくり・画づくりをしているのか、それが自分に合っているのかいったところも考慮する必要があります。

6. イメージしてから始める

RAW現像で記憶色を表現するときは、まずイメージすることから始めましょう。
忠実色の再現であれば被写体という答えがありますから、それを目指せばいいわけです。しかし記憶色となると、その答えは基本的にRAW現像する人の中にしかありません。だから事前にイメージすることが大切です。そのイメージがないままRAW現像を始めると、それは目的地のない旅となります。そんな旅もまた一興ですが、写真が完成するまでの寄り道が長くなり、時間がかかることになります。
イメージといっても、必ず具体的な色を想像しようというわけではありません。「華やかなで軽やかな雰囲気にしたい」とか「ダークで重厚な印象にしたい」とか、そんな程度でも構いません。

 

今回はここまでです。第2回につづきます。

文・芳田 賢明
イメージングディレクター/フォトグラファー
株式会社DNPメディア・アート所属、DNPグループ認定マイスター。
写真制作ディレクターとして、写真集やアート分野で活動。フォトグラファーとしては、ポートレートや都市のスナップ、舞台裏のオフショットを中心に撮影。
https://www.instagram.com/takaaki_yoshida_/

関連記事