【写真学校教師のひとりごと】vol.20 棚木晴子について

わたし菊池東太は写真家であると同時に、写真学校の教員でもあった。
そのわたしの目の前を通り過ぎていった若手写真家のタマゴやヒナたちをとりあげて、ここで紹介してみたい。
その人たちはわたしの担当するゼミの所属であったり、別のゼミであったり、また学校も別の学校であったりとさまざまである。

これを読んでいる写真を学ぶ学生も作品制作に励んでいるだろうが、時代は違えど彼らの作品や制作に向かう姿が少しでも参考になれば幸いだ。

▼【写真学校教師のひとりごと】 久保木英紀について


 

象の足だ。
鉄の鎖につながれている。
ある年の卒展の写真の一枚だ。
その写真はわたしに強烈な一撃を与えた。今でもはっきりとおぼえている。
わたしのクラスからも、毎年何人かがギャラリーで展示するようになっていたが、このように強烈なインパクトをわたしにあたえるような写真を撮る者はまだいなかった。
この写真の作者は私のクラスに属したことはないし、授業を受けもったこともなかった。
だが鎖につながれた、象の足とその作者の名前、棚木晴子が、このとき、わたしの脳裏に深く刻みこまれた。
かの女は卒業すると、日本の祭事写真の始祖ともいうべき芳賀日出男氏のライブラリーに就職する。
そこで氏の写真の管理を一手に引き受け、氏のなき現在、氏の子息とともにのこされた膨大な写真遺産の管理と継承に謀殺される日々を過ごしている。

ある時期わたしは新宿区の施設を使用して写真教室をやっていた。
そこに棚木はあらわれた。
そこでかの女は学生時代からの自分のテーマである、檻に囲まれた生き物の棲家、動物園をひき続き撮りだした。
檻に入れられた動物をながめていると、いろいろな思いや感情が脳裏に浮かんでくる。
われわれ人間には自分の目には見えないが、ときに我が身をとり囲む檻のようなものの存在を感じたり、何かに捕われているような感じに陥ることがある。

2019年3月「檻」というタイトルで、高田馬場のAlt Mediumで棚木は個展をひらいた。
わたしはこれはかの女にとって何回目かの展覧会だとおもっていたが、初めてというので逆に驚ろかされた。
このとき棚木晴子は写真家として初めてデビューしたのだ。
檻の中の生き物というのは、生き物である人間にとって大変大きなテーマだとわたしは思う。
Alt Mediumの展示だけでもう終わった、とするのは早計なのではないか。まだまだ、もっともっと追求すべきテーマだとわたしは思う。
いままでは檻に入った、または鎖につながれた動物を撮ることによって、それを表現しようとしてきた。
だが、動物に託した思いを人間である自分にもどしてみたらどうだろう。
そのほうが自分の思い、考えをストレートにわかりやすく表現できるのではないだろうか。
棚木の感性と能力をもってすれば、じゅうぶん可能なことだと思うので、この方法というかこういった方向を奨めるのである。
いままでは他人のためだけにつくしてきた生涯だったが、ようやく自分自身の表現ために時間と能力を使うことができ、自分の生き様をしめすチャンスなのではないだろうか。
そこで培った写真に対する眼があるはずだ。
少しは精神力を必要とするかもしれないが、なかなか味わい深い日々が、きっと待っていると思う。
わたしは楽しみにしている。

菊池東太

1943年生まれ。出版社勤務の後、フリー。

著作
ヤタヘェ~ナバホインディアン保留地から(佼成出版社)
ジェロニモ追跡(草思社)
大地とともに(小峰書店)
パウワウ アメリカインディアンの世界(新潮社)
二千日回峰行(佼成出版社)
ほか

個展
1981年 砂漠の人びと (ミノルタフォトスペース)
1987年 二千日回峰行 (そごうデパート)
1994年 木造モルタル二階建て (コニカプラザ)
1995年 アメリカンウエスト~ミシシッピの西 (コニカプラザ)
1997年 ヤタヘェ 北米最大の先住民、ナバホの20年 (コニカプラザ)
2004年 足尾 (ニコンサロン)
2004年 DESERTSCAPE (コニカミノルタ)
2006年 WATERSCAPE (コニカミノルタ)
2009年 白亜紀の海 (ニコンサロン)
2013年 DESERTSCAPE-2 (コニカミノルタ)
2013年 白亜紀の海2 (ニコンサロン)
2015年 日系アメリカ人強制収容所 (ニコンサロン)
ほか

↓PicoN!アプリインストールはこちら

関連記事