「アート思考」で先の見えないVUCAの時代を生き抜く(前編)
こんにちは。アートとカルチャーをこよなく愛するキャリアコンサルタント・竹島弘幸です。
前回は企業なるものの不思議さについて、企業=残留思念であると仮説を提示しました。今回はもうちょっと現実的な話に戻しましょう。
企業とアートの関係についていくつかの軸で考えてパッと思いつくのは、企業が本社の受付などに設置するためにアートを購入したり、文化貢献のためのスポンサーなどでしょうか。この企業とアートの関係を考えたとき、欧米に比べて日本のマーケットはまだまだ小さいと言われています。
世界最大級のアート・フェア「アート・バーゼル」(※1)と、スイスに拠点を置く金融機関のUBS(※2)が、世界のアートマーケットの動向を調査、分析した報告書「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2024」によると、2023年のアートマーケットの総売上は推定650億ドル(前年度比4%減)です。そのうちアメリカが42%、中国が19%、UKが17%、に対し日本はたったの1%に過ぎません。GDPの規模に対して小さすぎるシェアですね。
文:竹島弘幸(国家資格キャリアコンサルタント)
イラスト:EMI. AD / HD @ SIROCCO
コーディネート: 竹内基貴
欧米の会社が、アートを事業の重要な一部として位置づけており積極的に購入、活用しているのに対し、日本では企業の中でのアートの市場がとても小さいのです。
あるキュレーターさんに話を聞くと、欧米のアートマーケットの会合などに出てリレーションをつくる日本人は本当に少ないそうです。キュレーターいわく、日本人は英語が下手でもいいからもっと世界に出ていくべきだと話していました。
余談ですが、私は以前ニューヨークやロンドンの金融機関の本社を何度か訪問したことがあるのですが、受付やミーティングルームには現代アート作品がいくつも美しく飾られていて驚きました。
現代アート作品なので抽象的であったりコンセプチュアルであったりいささかショッキングなものであったりしますが、センスのいいオフィスの中にカッコよく現代アート作品が設置されていて思わず見惚れてしまったと同時に、うわ!……これは敵わないなという感覚も覚えました。
アート作品の展示だけではありません。会社のレターヘッドの高級そうなエンボス加工、書類を入れる企業名が刻印された革製のバインダーなどトータルでアーティスティックなセンスに溢れていました。
敵わないなというのも変ですが、正直そう思いました。振り返ると圧倒的なリベラルアーツの教養の差を感じたのですね。欧米のトップ企業は、教養こそがパワーなのです。
アートを楽しみ、文学を読み、オペラやジャズを聴く、サヴィル・ロウ(※3)のスーツを着こなす……。もちろんみんながみんなそうではないと思いますが、欧米のエグゼクティブを見ていると教養こそがパワーという気がしました。事実、私は打ち合わせする前の時点で圧倒されたのでした。
日本の企業の場合はもちろん応接室に絵があったりしますが、あまり統一的なコンセプトを感じるものではなく、特に現代アートはほとんど見かけません。リベラルアーツの教養の厚みを、上手に活用できている感じが見えづらいかもしれませんね。
ということで、まだまだ日本ではアートを含めた教養がパワーになるという考えは少ないように思います。
山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(※4)によると、英国の美術系大学院大学ロイヤルカレッジオブアート(※5)は、一般企業向けに幹部トレーニングコースを拡大しているようです。世界の大手企業は幹部候補をここに送り込んでいる。さらに同著によると伝統的なMBAなどのビジネススクールへの出願数が減少し、アートスクールや美術系大学へのエグゼクティブトレーニングが増えてきているようです。
なぜ欧米ではこのようなトレンドになるのでしょうか。現在はあちこちで言われる通りVUCAの時代です。VUCA:Volatility=不安定、Uncertanity=不確実、Complexity=複雑、Ambiguity=曖昧の頭文字を取った造語で、元々は米国陸軍が現在の世界情勢を表現するために作った言葉です。
要するに企業は一寸先は闇、未来が見えにくい時代に生きているということですね。
最近ではトランプ大統領が選挙で勝利しました。アメリカの大統領の政策により世界は大きな影響を受けます。地球環境的にも人類の活動が環境へ大きな影響を与え、自然のシステムを変えてしまったと言われています。
このような時代に、論理的思考だけでは企業は勝ち抜けないのです。MBAに代表されるビジネススクール的なフレームワーク(※6)はとても優れた方法なのですが、致命的な問題として競争相手の会社も同じ結論に辿り着く、という点が挙げられます。ロジカルな分析や整理はロジカルゆえに汎用的で誰でもが使えますので、最終的には同じ結論になりがちです。したがって、イノベーションや世の中をあっと驚かせるようなプロダクト、サービスを考え出すことができなくなるのです。
そこでアート思考の重要性が言われてきているのです。
VUCA時代に企業は「カッコいい!美しい!面白い!これ自分が欲しい!」などのエモい感情に訴えかける製品、サービスを生み出す必要があるのです。
長くなりましたので、続きは次回に……。連載第3回では、国内外のいくつかのユニークな取り組みをご紹介していきましょう!
注釈
(※1) アート・バーゼル
世界最大級の現代アートフェアで、スイスのバーゼル、アメリカフロリダ州のマイアミ、香港、パリの4都市で開催される。世界中のアーティスト、ギャラリスト、バイヤーが集まり、写真を含む、幅広いジャンルの作品が展示され、売買もされる。
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(※2)UBS
スイスに設立された多国籍投資銀行および金融サービス企業。
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(※3)サヴィル・ロウ
ロンドンのストリート。ピカデリーサーカスの北西に位置し、
ビスポーク(顧客と仕立て屋が話し合いながら作る”been spoken for…”が語源。俗に言うオーダーメイド)のスーツを扱うテイラーが並ぶ。ちなみに、日本語の「背広」はサヴィル・ロウがなまったもの。近年では映画「キングスマン」の本拠地の舞台にもなっている。
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(※4)ロイヤル・カレッジ・オブ・アート
(Royal College of Art: 通称RCA)
QS世界大学ランキングで、2024年の時点で10年連続でアート・デザイン分野の世界1位となり、世界一の美術系大学として認知されている。英国ロンドンに所在。卒業制作展も有名で、革新的で多彩な作品が一般に公開され、各国からバイヤーやギャラリスト、企業なども訪れる。2024年の展示では、アートやデザインの最新のトレンドや技術が紹介され、持続可能性やAI、アイデンティティ、革新的な技術、包括性など、現代社会の重要なテーマが探求された。
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(※5)山口周
山口 周(やまぐち しゅう、1970年- )は、日本の著作家・経営コンサルタント。
(Wikipediaより)
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(※6) フレームワーク
ここでいうフレームワークとは目標達成や経営戦略、課題解決に役立つ思考の枠組み、手法のこと。SWOT / 3C /4P分析などが有名。
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文/竹島弘幸 (HIROYUKI TAKESHIMA)
国家資格キャリアコンサルタント
外国人雇用労務士
大手通信会社勤務中。
新規事業開発・金融系企業複数社の立ち上げやTOBを実施、執行役員を歴任。近年ではアジア諸国へ出向など。
同時に映画や音楽、アート等の視聴覚芸術、ファッション、現代思想などへの造詣を活用した共生社会の実現のたに、「人的資本経営」をサポートする会社を起業。
コーディネート/竹内基貴 (MOTOKI TAKEUCHI)
プロデューサー/コンサルタント
日本写真専門学校卒業後、フォトグラファーになる。その後ロンドン芸術大学(LCC)留学。帰国後はIT企業各社にてWEBマーケティングや新規事業棟に従事。2015年に起業、アーティスト/文化人のマネジメントやデザイン会社の広報業務、企業のM&Aなどを行う。現在は地方でギャラリーを経営しつつ、初心に返りちょっとだけ映像制作も行っている。
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