「美術のこもれび」Rayons de soleil dans l’art –No28:『 アンドリュー・ワイエス 』展 について
専門学校日本デザイナー学院東京校 講師の原 広信(はらひろのぶ)です。
今回は1917年アメリカ生まれの画家アンドリュー・ワイエスの作品を取り上げます。幼い頃から絵画の描画の才能に頭角を表し、なんと二十歳でニューヨークにて個展を開催して展示作品全て完売という成功をしています。
ワイエスが創作活動を行なっていた時期、アメリカは国際的な現代美術の様々な模索の動きが活発で、有名なポップアートをはじめ、このコラムでも紹介しているミニマルアートやジャクソン・ポロックたちの抽象表現主義などなど…
そうした新しい表現運動からは一線を画し、ワイエスは彼の周辺の人々や風景を一貫して写実表現で描くことに徹しています。
ただ、その「写実」表現に独特の眼差しがあるようです。
そのワイエスの眼差しをこの展覧会公式HPに掲載されている「章」を追って巡っていきましょう。
【 アンドリュー・ワイエス Andrew Wyeth(1917~2009)肖像写真 1983年撮影 】 ※ソース/画像引用元:https://wyeth2026.jp/?hl=hl2 東京都美術館公式HP
それでは展示区分の
■「第1章:ワイエスという画家」のこの作品から
【 アンドリュー・ワイエス Andrew Wyeth 『 自画像 / Self – portrait 』1945年 63.5 × 76.2cm テンペラ、パネル National Academy of Design 所蔵 NewYork / 米国 】 ※ソース/画像引用元:https://wyeth2026.jp/?hl=hl1 東京都美術館公式HP
人物のジャケットのジッパーが首元まで上げられ、一見して寒い風が吹いているようです。
28歳頃のワイエス自身を描いている『自画像』です。背景は画面を上下に割るように空と地面が配置されていて、鑑賞者は彼の表情に注目します。色彩は極めて色相度を低く描いているのがわかります。
脇に携えているのはスケッチブックのように見えますね。険しげな顔でワイエスは何処を見ているのでしょうか?
次に、■ 第2章「光と影」の作品から
【 アンドリュー・ワイエス Andrew Wyeth 『 洗濯物 / Light Wash 』1961年 76.8 × 55.9cm 水彩、紙 Cummer Museum of Art & Gardens 所蔵 Florida / 米国 】 ※ソース/画像引用元:https://wyeth2026.jp/?hl=hl2 東京都美術館公式HP
白い壁の家の庭先に洗濯物が風にそよいでいる様子です。その下には干された物を運んだであろう網籠(あみかご)とその傍に犬が寝そべっているのが見えています。これで本当に何の変化もない日常であることが伝わります。また、人物は描かれていないにもかかわらず、生活感に溢れ、干されたシーツが日差しを反射して眩しいのに併せ、そして風を感じます。
クレジットには「水彩、紙」と記されています。水彩画としては重厚感のある描き方ですが、これもワイエスの魅力のひとつです。
■ 第3章「ニューイングランドの家:オルソン」から
【 アンドリュー・ワイエス Andrew Wyeth 『 オルソンの家の終焉 / End of Olsons 』1969年 47.7 × 49.5cm テンペラ、パネル Gifted to the Cleveland Museum of Art クリーブランド美術館寄贈 オハイオ州 / 米国 】 ※ソース/画像引用元:https://wyeth2026.jp/?hl=hl3 東京都美術館公式HP
ニューイングランドとは、米国北東部地域をさす名称で、イギリスからの入植が早くからおこなわれた地域です。
作品ですが、近くにレンガ作りの煙突に三角屋根があり、遠くに「く」の字型に湾曲した海岸線が地続きに見えています。
これはアメリカのメイン州(米国最北東部)にあるオルソンハウス (Olson House) とメープル・ジュース湾であろうと思われます。(※下線部:Google Map オルソン・ハウス参考)
ワイエスはこの家を約30年間にわたって描き続けました。何気なく見ていると、朽ちかけている煙突と屋根にはしっかりとパース(遠近)線が引かれていて、それに導かれるように鑑賞者の目線は遠景の湾の暗緑色の樹木と飛び立つ鳥の存在に導かれていきます。
続いて、
■ 第4章「まなざしのひろがり」からは2点
【 アンドリュー・ワイエス Andrew Wyeth 『 乗船の一行 / Boarding Party 』1945年 70.5 × 51.4cm テンペラ、パネル Phil brook Art Museum 所蔵 Oklahoma / 米国 】 ※ソース/画像引用元:https://philbrook.emuseum.com/objects/12163/boarding-party Phil brook Art Museum Official HP
木製の板張りの床の継ぎ目に的確なパース線が描かれています。
そして円形のテーブルの艶やな表面に窓の映り込みの描写が見事ですね。長方形の窓の向こうに見えるのは船のマストのようです。
細かいところも大雑把に描かず、正確な描写の指向性が見られますが、それがかえって画質に「硬さ」をもたらしているのではないかと思えます。
言い換えると「ちょっと絵が硬い」ように見える。
描写の性質だけでない理由もあります。それはクレジット中の画材にある『テンペラ、パネル (Tempera on panel)』という表記ですが、油絵具の開発や油彩画の技法が確立される前に使用されてきた絵画技法で、代表的なのは色の成分である顔料を溶くメディウムとして主に『卵』を用いるものです。この技法の絵の具は柔らかいために細い筆で細かく筆致(筆のタッチ)を何度も繰り返して重ねながら描いて行く方法(筆者も学生時代に経験している)がポピュラーです。
あと支持体が『パネル』とされてますね。おそらく木製の板材で作られていて、そこに白い石膏などの下地材(今で言うアクリルジェッソ)を施した上に描画していると思われます。支持体がキャンバス(布張り)の場合は、描く際に少々弾力を持つのですが、木製パネルの場合は布の伸縮性ほどの弾力を持たないので、硬質な表現になりやすい点もあるだろうと思います。
第4章「まなざしのひろがり」からのもう1点は
【 アンドリュー・ワイエス Andrew Wyeth 『 灯台 / Lighthouse 』1983年 84.5 × 57.8cm テンペラ、パネル ユニマットグループ 所蔵 NewYork / 米国 】 ※ソース/画像引用元:https://wyeth2026.jp/?hl=hl4 東京都美術館公式HP
こちらは、全体に白い一室が描かれています。開かれた扉の奥に階段が見えていて、それが唯一灯台へ昇降する事を暗示させています。
向かって右側から明るい光と濃い影が差し込んでいる中で、こちらに正面を向いて座る白い犬が描かれていて印象的です。
画面右端に灯台守の制服であろう黒く袖がかろうじて見え、この黒い袖と斜めに投げかけられる影とその輪郭線、開かれた扉とその前に座る犬、その奥に見える階段と光…。
細密な描写だけでなく、意図的な構図の計算も精密なワイエスの作品です。
クレジットでは、この絵画はオフィスコーヒーやインテリア、リゾートなどの事業を幅広く展開する「ユニマットグループ」所蔵とされています。
最終章 ■ 第5章「境界あるいは窓」からも2点
【 アンドリュー・ワイエス Andrew Wyeth 『 ゼラニウム / geranium 』1960年 63.5 × 76.2cm ドライブラッシュ・水彩、紙 National Academy of Design 所蔵 NewYork / 米国 】 ※ソース/画像引用元:https://wyeth2026.jp/?hl=hl5 東京都美術館公式HP
タイトルの『ゼラニウム』は窓越しに見える赤い花の植物。私は構図に注目します。
屋外から家屋の中を見る位置で描かれた格子窓を真ん中に配置せず、やや上方にレイアウトされていますね。その窓から見えるゼラニウムのある室内のさらに奥の窓、それを越して見える景色が描かれています。その二つの窓の間に暗い室内があって、赤い花が小さく存在を覗かせています。この窓と奥窓との間こそがこの作品の主題と言えるのではないでしょうか。
クレジットにある「ドライブラッシュ」とは、水彩画でも油彩画でも、日本画においてもポピュラーは画法です。あまり水分(油彩画では油分)を含ませない状態の絵の具を硬めの筆で描くことで掠れたタッチによる表現を指しています。この作品の場合は外壁の木材の質感と、とりわけ窓ガラスの映り込みの描画に効果的に用いられています。
最後に_
【 アンドリュー・ワイエス Andrew Wyeth 『 薄氷 / thin ice 』1969年 110.2 × 121.9cm テンペラ、パネル 株式会社三井住友銀行 所有 NewYork / 米国 】 ※ソース/画像引用元:https://wyeth2026.jp/?hl=hl5 東京都美術館公式HP
一見すると抽象表現のようですが、よくよく見ると木の葉の集積なのです。画面全体を枯葉が占めていて、それらには陰影はあるのですが、影は描かない。そして画面中央のやや右下に一枚の枯葉が描かれていて、そこには明らかな濃い影がありますね。この影によって薄い氷の膜のあることが表現されています。そして『薄氷』には、うっすらと人影がある。ワイエス自身の影なのでしょうか?
以上ご紹介した作品はほんの一部ですが、4月28日(火)から東京都美術館で開催される『東京都美術館開館100周年記念 アンドリューワイエス展』にて公開されます!
この美術館はJR上野駅【公園改札】より徒歩7分
ぜひ学生証を持参して、麗かな春の上野公園で作品たちに出会いに出かけましょう!
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【展覧会情報】
■ 『東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス 』展
2026年 4月28日(火)~2026年 7月5日(日) 東京都美術館 (東京都・台東区)
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