東京都庭園美術館「ルネ・ラリック リミックス」展の見どころ

美の価値観は人それぞれですが、植物や動物、風景など、自然を美しいと感じる人は多いでしょう。
そんな自然からインスピレーションを受け、数々の作品を生み出したのがルネ・ラリックです。

上の作品は、ラリック作品の1つ『バタフライ・ブローチ≪シルフィード≫』です。
女性に蝶の羽と魚の尾ひれがついた、幻想的なモチーフのブローチ。自然からインスピレーションを受けて作られていることが、よく分かる作品ですね。
この作品を見ると、「ラリックはジュエリー作家?」と思うかもしれませんが、彼の肩書きを1つに絞るのはとても困難です。

というのも、ラリックはジュエリー作家・ガラス工芸家・金細工師・プロダクトデザイナーなど、多岐にわたって活躍する作家だからです。
今回は、東京都庭園美術館で開催された『ルネ・ラリック リミックス』の見どころを紹介します。

ラリック作品の2つの特徴

展示の見どころを紹介する前に、まずは、ラリック作品の2つの特徴を見ていきましょう。

アール・ヌーヴォーとアール・デコのどちらも手がけた

19世紀末から20世紀半ばには、2つの美術様式が生まれました。

1つは曲線的で、植物や昆虫などの有機物をモチーフにしたアール・ヌーヴォー

もう1つは直線的で、幾何学模様をモチーフにしたアール・デコ

ラリックは、両方の様式の作品を手がけた珍しい作家です。

多様なインスピレーション

ラリックがインスピレーションを受けたものは、日本芸術や生物、古代ギリシア・ローマ、女性など、実にさまざまです。
多様なインスピレーションの根源は、「自然」だと言われています。

ラリックは幼少期から自然に囲まれ、身近にあった草花をスケッチすることで、観察力を磨きました。

この観察力を駆使し、さまざまなモチーフを作品に落とし込んだのです。

展示の見どころ

今回「ルネ・ラリック リミックス」が開催されたのは、東京都庭園美術館の本館と新館。本館はかつて朝香宮家が住んでいた邸宅(旧朝香宮邸)です。
つまり、「ルネ・ラリック リミックス」は邸宅を贅沢に使った展示ということです。

本館(旧朝香宮邸)

建物の装飾にラリックの作品が

正面玄関から、ラリック作のガラスレリーフ扉がお出迎え。

朝香宮邸正面玄関扉ガラス・レリーフ・パネル1933

実はこれ、展示のために用意されたわけではなく、元から建物に施されているものです。
というのも、旧朝香宮邸はアール・デコ様式を取り入れ、装飾の一部をラリックが手がけているのです。

ジュエリー作品

大客室がジュエリーの展示会場に。シャンデリアもラリックが手がけたもの

 

最初は、ジュエリーのセクションから始まります。
ラリックは、これまで使われてこなかったような素材やモチーフをジュエリーに使用しています。
冒頭で紹介したバタフライ・ブローチが見られるのは、このセクションです。

バタフライ・ブローチ≪シルフィード≫c.1900

自然からのインスピレーション

続いて、自然からインスピレーションを受けた作品を展示するセクション。

常夜灯≪つばめ≫、ほや≪つむじ風≫1919

 

ラリックは、日本芸術からもインスピレーションを受けていると言われています。

櫛≪トンボ≫c.1904-1905

 

この作品は、いかにもジャポニズムを感じる見た目をしていますね。
ただし、「日本芸術からインスピレーションを受けている」とは、単に日本らしい見た目にしただけという意味ではありません。

ラリック作品と日本芸術の共通点は、自然の捉え方です。

日本の芸術家は、自然への鋭い観察力や敬意を持っています。一本の草であってもしっかり形を把握し、動物でさえも人間のように扱うのです。

ラリックも日本の芸術家と同様、鋭い観察力で自然を捉え、どんなに小さな生き物も丁寧に作品へ落とし込みました。

自然のセクションが終わると、古代ギリシア・ローマからのインスピレーション、エジプトやモダンバレエからのインスピレーションと続き、ラリックがいかに多くのものからインスピレーションを受けていたかが分かります。

女性からのインスピレーション

20世紀初頭、ラリックが香水瓶のデザインを手がけたことで、作品が世の女性たちの手に渡るようになりました。

香水瓶≪真夜中≫ウォルト社1924

 

シンプルなデザインの香水瓶は、アール・デコの時代に入ったことを感じさせます。

この時代のラリックの作品は、女性の社会進出を反映しています。
香水瓶は、貴族の独占物だった香水を、市民の女性も楽しめるようになったことの表れ。

そして、コンパクトなシガレットケースは、男性だけでなく女性もタバコを楽しむようになったことの表れでした。

シガレットケース≪ねこ≫1932

新館へ。一点物から量産品まで

本館から新館へ移動すると、会場の雰囲気がガラッと変わります。

シール・ペルデュ花瓶≪雀のフリーズ≫1930

 

ラリックは、ジュエリーを制作する時の技術である、シール・ペルデュ(蝋型鋳造)をガラス制作に応用しています。シール・ペルデュは、複雑な形を形成できる代わりに、作品を取り出す時に型を壊してしまうため、大量生産には向きません。
しかし、ラリックはこういった一点物ばかり作っていたわけではありません。

ラリックは、多くの人に作品を届けることにも注力し、量産品も手がけていました。香水瓶のような身近な小物を作っていたことからも、それが分かりますね。

ラリックの探求心

「ルネ・ラリック リミックス」は、新館にて終了です。

展示を通して、ラリックの探求心とチャレンジ精神を感じました。

まず、室内装飾やジュエリー、香水瓶、花瓶など、手がけた作品の多様さ。
そして、アール・ヌーヴォーとアール・デコ、一点物と量産品など、相対するジャンルを飛び越えて工芸品を作る姿勢。
1つの分野を極めるクリエイターも素晴らしいですが、ラリックのように次々と新しい分野に挑戦するクリエイターもまた素晴らしいと思える展示でした。

晴れた日に行くのがおすすめ

また、これから庭園美術館に行く方は、ぜひ晴れた日に行くことをおすすめします。一般的に、美術館の展示室には窓がなく、人工照明が使われていることが多いですが、庭園美術館の本館では自然光の中で作品を楽めます。

取材の日は曇りでしたが、それでも窓から光が入って、明るい展示室に作品が映えていました。晴れた日なら、作品の美しさがより際立つのではないでしょうか。

基本情報

「ルネ・ラリック リミックス」
会期:2021年6月26日(土)~9月5日(日)
会場:東京都庭園美術館

関連する美術館・人物

箱根ラリック美術館
箱根ラリック美術館では、ジュエリーや香水瓶といったラリックの作品をいつでも見られます。
カフェ「LE TRAIN」では、ラリックが内装装飾を手がけたオリエント急行の車両の中で、ティータイムを楽しむこともできます。

・エミール・ガレ
エミール・ガレは、ラリックと同時期に活躍した工芸家です。パリ万博で活躍し、アール・ヌーヴォーの巨匠と呼ばれました。自然をモチーフにしたという点では、ラリック作品と共通しています。ラリックのガラス工芸品の多くは透明であるのに対し、ガレはカラフルな作品が目立ちます。

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