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「美術のこもれび」Rayons de soleil dans l’art ⑪ ― コンスタンチン・ブランクーシ『眠れるミューズ』
コンスタンチン・ブランクーシ作 『眠れるミューズ』について
専門学校日本デザイナー学院東京校 講師の原 広信(はらひろのぶ)です。
これまでもこのコラムでご紹介してきました現在の現代美術へつながるその源流を、今回は振り返りながら進めていきます。
絵画の描かれ方が大きく変化し始めた時期、その19世紀(1800年代)中期のフランスではカメラ(写真技術)の出現と、さらに一般の人々への普及が浸透していった時代でした。それはやがて肖像画をはじめとして、静物画・風景画といった絵画のこれまでの表現に大きな影響をもたらしていきます。
『絵画が担ってきた一部の役割<記録や鑑賞の対象>を「写真」にバトンを渡していきます』
とは言っても、一気に変化したのではありません。これまで通り人々の嗜好に沿った絵画も生み出されています。写真が日常を写し出す中で、絵画展に出品して展示される作品の多くは観衆の鑑賞しやすい絵画であり続けています。
しかし、それでもこれまでの絵画の役割に疑問符をつけて、新たな絵画ならではの表現を模索する画家たちも同時にいるのでした。
この画家たちは見ているもの前の光景やテーブルに置かれた物を描きながら、絵画でしか表現し得ない何かを探し求めていきます。具象的な表現に抽象性が潜んでいるのです。
例えは、『印象派』の代表格のひとり、クロード・モネは「ルーアンの大聖堂」というモチーフを何点も描いています。
参照:
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クロード・モネ Claud Monet ※画像引用:ウィキペディア
彼は屋外の太陽の光を求めて、イーゼル(画架)をすえてモチーフに向き合います。
彼の有名な作品に『ルーアンの大聖堂(La Cathédrale de Rouen)』という連作があります。ルーアンという街にある聖堂の姿をほぼ同じ位置にイーゼルを立てて彼は描きます。しかし時間帯は変えて、手早い筆致で描くのです。
あたかも刻々と表情を変える大聖堂の情景を逃すまいとしているように。
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クロード・モネ Claud Monet『ルーアンの大聖堂 正面, 朝日/ La Cathédrale de Rouen Portail, soleil matinal 』1893年 油彩画 92,2×63cm オルセー美術館蔵 Musée d’Orsay /パリ,フランス ※画像引用:Musée d’Orsay HP
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クロード・モネ Claud Monet『ルーアンの大聖堂 正面(光陽)/ Rouen Cathedral ThePortal (sunlight) 』1894年 油彩画 100×65cm メトロポリタン美術館蔵 Metropolitan Museum of Art /ニューヨーク,アメリカ合衆国 ※画像引用:Metropolitan Museum of Art HP
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クロード・モネ Claud Monet『ルーアンの大聖堂, 日没 / La Cathédrale de Rouen, effet de soleil, fin de journée 』1892年 油彩画 100×65cm マルモッタン・モネ美術館蔵 Musée Marmottan monet /パリ,フランス ※画像引用:ウィキペディア
ご覧いただく通り大聖堂を描いているのですが、モネが描き出すモチーフは『時の移ろい』でした。
刻々と流れる時間の経過を描きたい。これは蓮池の水面に映る空の雲・風のざわめきを描く。有名な『睡蓮』のように、時の経過をモチーフにしているのと似ていますね。
ここで繰り返しますが、19世紀(1800年代)という時代は絵画が大きく革新し、多様な方向に展開を遂げ、そして21世紀のモダンアート(現代美術)への潮流になって今日に至っています。その代表的な方向の一つとして『キュビズム』があります。
空間に存在する物を、平面上に見える様に絵の具で描く技巧に飽き足らず、ひとつの平面に複数の視点で立体的に描くと、対象の描かれ方が変わるということに気づいた画家たちがいます。その代表格のひとりジョルジュ・ブラック(Georges Braque :1882-1963)は眼の前にあるモチーフを静止した視点でなく、複数の多様な視点で多角的に捉えたものとして描きていきます。
例えばモチーフ(果物かごやトランプ)を多様な要素に分解して、また再構成して新たな『造形』に変容させているのです。
これはもはや目の前のモチーフは造形のきっかけにすぎません。この時、色彩は抑制的となり無彩色に近いものになっていきました。
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ジョルジュ・ブラック Georges Braque『果物カゴとカード / Compotier et cartes 』1913年 油彩 鉛筆 木炭 81×60cm ポンピドーセンター蔵 (パリ国立近代美術館 Centre Pompidou /パリ,フランス ※画像引用:Centre pompidou. Le Cubisme HP
そして、また別の画家たちはモチーフの描き方を別の方向で、実体からかけ離れていきます。
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アンリ・マティス Henri Matisse『ルーマニアのブラウス/ La Blouse roumaine 』1940年 油彩画 92×73cm ポンピドーセンター蔵 (パリ国立近代美術館 Centre Pompidou /パリ,フランス ※画像引用元:Centre Pompidou HP
画家マティスの描く絵画とは、筆跡はもはや物の形を説明するものから解き放たれて、画面を踊るリズム感と筆の痕跡そのものに戻ることが可能になったのです。
しかし、当時このような絵画を観た時の批評家 ルイ・ヴォークセルは、この有様を「野獣(フォーヴ、fauve)の檻の中にいるようだ」と言ったのです。『Fauvism:フォービスム』という方向性も生まれていったのでした。
参照:
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このような具象性(物の有り様が見えるように描く)からの解脱(げだつ)はしだいにあらゆる方向に走り出し、平面上を限りなく真の絵画を求めていく画家たちとともに、さらに共鳴と継承する者たちが続いていきます。具象から抽象への過渡期なのです。
そんなひとりに彫刻家がいます。
1876年、ルーマニア生まれのコンスタンチン・ブランクーシ(Constantin Brâncuşi :1876-1957)はこのような絵画の変革を目の当たりにしながら、装飾的な要素を削ぎ落として、さらに細部を簡素化した作品を生み出した彫刻家でした。
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コンスタンチン・ブランクーシ Constantin Brâncuşi『眠れるミューズ/ Sleeping Muse 』1910年 ブロンズ彫刻 16×27.3×18.5cm ポンピドーセンター蔵 (パリ国立近代美術館 Centre Pompidou /パリ,フランス 画像引用:Artsy HP
シンプルな頭部だけの作品にも『分解と再構成』の美しさを湛えています。幅30㎝に満たず決して大きな作品ではありませんが、そこにいろんな要素が含まれた小さな結晶を鑑賞できるチャンスが10月に訪れようとしています。
暑一い夏を過ぎた季節になった頃、ぜひ『眠れるミューズ』を見にいきましょう!
展覧会情報
パリ ポンピドゥーセンター『キュビスム展』The Cubist Revolution
会 期:2023年10月3日(火)~2024年1月28日(日)
場 所:国立西洋美術館(東京・上野公園内)
公式HP:https://cubisme.exhn.jp/
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