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「アートの力〜認知症と共に生きる人たちと社会をつなぐ“アートリップ”〜」

団塊の世代が75歳の後期高齢者になる2025年問題。高齢者が4人に1人となり高齢化が急速に進む日本で、認知症は誰にとっても身近なテーマになりつつあり、認知症の人と介護する家族に社会との接点を増やすことが課題となっています。そんな中、アートの力で人と人との<つながり>を実感できるような機会をつくる取り組みをしている団体があります。

一般社団法人ArtsAlive(アーツアライブ)は2012年より美術館・介護施設等でグループ対話型鑑賞プログラム『アートリップ(ARTRIP®=ART+TRIP)』の活動を行っています。アートリップは、認知症の人やその家族、高齢者を対象に美術鑑賞を通じて対話を生み出し、交流のきっかけをつくるプログラムです。代表理事の林容子さんはMoMA(ニューヨーク近代美術館)で行われていたプログラムの視察で感銘を受けて、ぜひ日本でも開催したいと活動を始めました。

本記事では、『アートリップ』の取材と林さんのインタビューを通して、アートが持つ力とその場で生まれる人と人との<つながり>を見つめていきます。

大田区立龍子記念館でのアートリップ

6月17日、大田区立龍子記念館主催で行われたアートリップを取材させていただきました。当日は引率の方と共に、記念館近くの福祉施設に通われている高齢者や認知症の方が10名参加されました。

まず、林さんが進行役のアートコンダクターとして、参加者の方たちに自己紹介とプログラムの大まかな流れを説明しました。それからゆっくり館内へと移動して、絵の前に座ってアートリップが始まりました。

1枚目の作品。大人が6人横並びしても問題ないほど非常に大きな作品です。

始めに、林さんは参加者に「絵に何が描かれているか」問いかけました。なかなか声が上がらない中、一人が声をあげますが後が続きません。林さんは、一人ひとり名前を呼びながら全員に同じ問いかけをしていきました。林さんは参加者からの返答を受けながら、どんどんと話題を展開していきました。対話がひと段落すると、林さんは作者がどのような背景・意図で描いたのか簡潔に伝えました。

2枚目の作品。アートリップに使う作品は、前日に下見をして、ユーモアや親しみがあり、タイプが違う絵を選ぶそうです。

1枚目より2枚目、2枚目より3枚目と、プログラムが進むにつれて参加者の態度や場の雰囲気が変化していきました。緊張で発言が少なかった1枚目に比べると、2枚目は林さんから問いかける前に自ら発言する方が増え、3枚目になると林さんの問いかけは1枚目と比べるとかなり少なくなりました。参加者同士での会話や笑い声まで生まれ、自分自身の発言に自信がついている様子でした。驚いたことに、参加者の絵の解釈は3枚とも作者の意図・背景に近づいていました。

3枚目の作品。参加者同士の会話が生まれて、笑い声まで聞こえるようになりました。

始めは緊張した面持ちの参加者たち。対話を繰り返すことで自ら発言するようになっていきます。

アートリップを取材してとても印象的だったのは、参加者の表情や発言の変化です。開始時に感じた参加者の緊張した雰囲気は、最後には参加者同士で笑いながら会話を始めるなど場の雰囲気が和らぎ、楽しんでいる様子が伝わってきました。1時間のプログラムですが、その場にいる人同士で、同じ絵を見て対話をすることで、そこにゆるやかな<つながり>が確かに生まれていました。アートリップの効果を目の当たりにした後で、林さんにプログラムの秘訣について伺いました。

林容子さんにインタビュー

アートリップ後に林 容子さんにインタビューしました。

『アートリップ』で大切にしていることはありますか?

林さん:まずは信頼関係を築くことを重要視しています。やはりお互いに好意を持っていなければお話なんかできません。信頼関係を築けると、だんだん表情が和らいで会話が自然に生まれてくるんです。また、誰も置いてきぼりにしないということも重要です。喋らない人に対して、名前を呼んで声かけるように意識をしています。「私は一言も声をかけられなかった」と思ってしまうと疎外感や劣等感を感じてしまうので、そうならないように、みんなを巻き込んで会話のキャッチボールをつなげていくことを意識しています。アートリップは、参加者がすごく心地がいい、嬉しい、楽しいね、面白い、というふうに思ってもらうことが目的です。参加者は、やっている中で絵の本質に入っていきます。素になって絵に対峙した時に、彼らは絵の中に入っていきます。高齢者の人たちも分からないわけではないです。彼らが分かるようにステップを置いてあげれば、ちゃんと作家とも繋がっていきます。

一人ひとりの名前を呼びながら対話する林さん。笑いをとるような発言で場を和ませます。

この活動を美術館で始めた頃、反響はどうでしたか?

林さん:最初は逆境でした。当時は、認知症そのものに対する理解がなかったので、絵を傷つけるのではないかとか、参加後の副作用を危惧されることが多かったです。この誤解を解くために研究者と一緒に効果検証を行った結果、プログラムを続けたことで参加者の表情や発話に明らかな変化が出ました。このことで、プログラムに自信を持てたことで介護施設での活動まで拡大しました。また、博物館法が変わり博物館・美術館の役割も変わりつつあります。社会包摂の施設という役割が加わったことで、これまで敷居の高かった場所が社会とつながる場所、誰もが来ていい場所に変わってきています。

アートにはどんな力があると感じますか?

林さん:芸術というものの力で、プログラムに参加することで、自分ってまだこういうできるんだっていう自信に繋がります。薬にはできない、人間の意識改革みたいなことにもっと繋げていけたらなと思っています。認知症の主な原因は脳の老化ですから、誰も老化を止めることはできません。けれど、老化は止められなくても「今日は楽しかった。」と思えるだけで、人生の質が大きく変わります。楽しみがあれば、頑張ろうと思う理由になります。薬ではそういうことはできません。薬ではなく、社会でもっと人々の生活を良くする、もっと楽しくしてあげることが必要です。

 

信頼関係を築くことは、認知症など関係なく人と人の基本として大切だと林さんは語ります。

印象に残っている参加者とのエピソードはありますか?

林さん:「このプログラムは本当に楽しい。」と参加者にそう言われたことがあります。その人は、最初、奥さんに意に反して連れてこられたという感じでしたが、「このプログラム来て一番良かったことは、新しい友達ができたことだ。」とプログラムを好きになっていきました。1回では無理ですが、2回、3回と続ける中で繋がりができて、ゆるい人間関係ができる。こうしたゆるやかな人間関係こそが、とても大きな支えになると思います。

 

感じたことを素直に伝える参加者たち。出てくる言葉に驚かされることもあります。

今後の展望を教えてください。

林さん:日本全国100館の美術館、200カ所の介護施設、そして400人のアートコンダクターというのを最初の目的で挙げています。それに向かって一歩一歩やっていくという感じです。今、団塊の世代が75歳になって、これから参加する人数はもっと増えてくるだろうと思います。なので、アートリップの開催をもっともっといろんな人にやってもらわないといけません。アートコンダクターの養成講座は2012年より開講していますが、現在、北海道から沖縄まで講座を勉強されている方たちがいます。毎回、美術館がアートコンダクターを呼ぶのは大変なので、いずれ美術館・博物館の方たち自身で開催できるようになったらと思っています。

認知症は誰にとっても無関係ではなく、私たちはいつか自分自身が当事者となったり、家族の介護に関わったりする可能性を抱えています。そうした中で、孤独や孤立に直面したときに、アートリップのような活動があることを思い出してもらえたら。いつか必要とする誰かの記憶に残り、選択肢のひとつとして思い出されることを願っています。

 

<取材協力>
一般社団法ArtsAlive 代表理事 林 容子様
http://www.artsalivejp.org/
大田区立龍子記念館 副館長 木村 拓也 様
龍子記念館

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