「和デザイン」のヒミツを探る – ドナルド・キーン『日本人の美意識』で読む日本建築
神社やお寺、旅館、茶室、日本庭園など、「和風」のデザインには独特の風情があり、心癒されるものだ。最近では新海誠作品などの影響で、「和」の良さに改めて目覚めた人も多いかもしれない。
でも、そもそも「和風」とは何なのか? そのデザインや美学にはどんな特徴があるのか?と尋ねられると、なかなか答えるのは難しい。
そんな疑問への示唆を与えてくれるのが、日本文学研究者ドナルド・キーン氏が著した名著『日本人の美意識』。日本特有の美的感覚を分析し、その特徴を「あいまいさ」「いびつさ」「簡潔さ」「ほろびやすさ」の4つに分類した本書の内容をベースに、和風の建築やデザインがもつ情緒のヒミツに迫ってみよう。
※「あいまいさ」については、原文の「暗示、または余情」を簡単に言い換えた。
文/編集部・佐藤舜
和デザインの特徴①「あいまいさ」
日本人の短所と言われることも多い「あいまいさ」が、和風の美のまずひとつめの要素だ。
著者のキーン氏が例として挙げているのは《かれ朶(枝)に 烏のとまりけり 秋の暮れ》という俳句。この俳句では、「烏」が一匹なのか複数なのかわからない(そもそも日本語には複数形がない)。そして「秋の暮れ」というのが「秋の終わり」のことなのか、「秋の夕暮れ」を指すのかもわからない。そういうあいまいさがたくさん含まれているからこそ、読者はさまざまに想像力をめぐらし、余白を楽しむことができる。
デザインや建築にしても、そういう「あいまいさ」を含んだものに私たちは「日本らしさ」を感じるはずだ。
日本の伝統的な庭園様式「枯山水」も、そんな「あいまいさ」のある和デザインのひとつ。
山や水の景色を表現していると言われるが、そのまま写実的に再現している感じではない。余計なものが徹底的にそぎ落とされていることで、まるで抽象画のような、鑑賞者の想像力しだいでいかようにも楽しめる解釈の幅が残されている。
和デザインの特徴②「いびつさ」
機械でつくられたようにかたちのよく整った茶碗と、少しデコボコした手作り感の残る茶碗。この2つの茶碗を比べたとき、多くの日本人は後者のほうが「なんかいいな」と感じると思う。書道でも、教科書のようによく整った字より、クセのある字の方が「味」がある。こういう「いびつさ」を、日本人の美意識の2つめの特徴としてキーン氏は挙げている。
先述の枯山水も「いびつ」だし、ほかのデザインや美術を見ても、西洋ほど完璧に左右対称(対称的)なものは少ない。茶室も、神社の境内も、「神奈川沖浪裏」も「風神雷神」も、あえて対称性を避けてつくられているかのように、いい意味で「整っていない」。
そういういびつさ、つまりは人工的すぎない感じを見るとき、私たちは生の自然に触れるような安らぎを覚えるのかもしれない。
和デザインの特徴③「簡潔さ」
改めて言うまでもなく、「簡潔」であること、つまりは素朴で質素で色が派手すぎないことも、 “日本らしい” 美しさの特徴だ。
わかりやすいのは「お寺」のデザインだ。たいていのお寺は塗料で派手に塗られることなく、木がむき出しのまま使われている。茶色と白だけの、質素なモノクローム。日本のお寺は、八割方そんな控えめなデザインになっている。
「お寺が地味なのは当たり前じゃん」と思われるかもしれないが、じつは決して当たり前ではない。ほかの仏教圏の国では、赤や黄色で鮮やかにデザインされた寺は珍しくない――というよりむしろ主流である場合さえある(中国や台湾やタイの寺をイメージしてほしい)。
色や装飾がそれほどけばけばしくない控えめなデザインに、私たちは「日本らしい美しさ」を感じるのだ(金閣寺や日光東照宮やなど例外もあるけれど)。
和デザインの特徴④「ほろびやすさ」
4つめにキーン氏が挙げているのは「ほろびやすさ」という特徴。 “西洋的” な感性が「永遠に滅びないもの」を求める一方、“日本的” な感性は、儚く移りゆくものを「美しい」と感じる。その象徴といえるのが、日本人の「桜」への愛着である。
梅の花も、見たところ桜とそう変りはない(中略)のに、桜よりもはるかに下の花とされている。というのも、梅の花は、桜よりずっと長い間、枝にへばりついているからである。
(出典)ドナルド・キーン『日本人の美意識』
いわゆる江戸ッ子的な感性を思い出しても、「宵越しの銭は持たねェ」とか「花は桜木、人は武士」とか、まさしく江戸の花火のように太く短く散ってゆくものが「粋=美」とされていた。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず(方丈記)」、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり(平家物語)」という表現もある。
この春は遅咲きの桜を眺めながら、「日本の美」の本質に思いを馳せてみるのも一興かもしれない。
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