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「あの本」のブックデザイナーを調べてみた。 – 尾崎世界観『母影』デザイナー・寄藤文平について

ブックカバーは本の顔であり、言葉の茶の間へ私たちを招き入れる靴脱ぎ場でもあります。ステキなデザインの表紙が目に留まって本を手に取りたくなったり、読む前や読んだあとに表紙を眺め(あるいは撫でまわし、頬ずりし、匂いを嗅ぎ……)作品世界に深く浸るのも、読書の楽しみのひとつですよね。

特に売り出し中の本は「面陳列」(通称:平積み)、つまり本の表紙を前面に見せる陳列のしかたが取られることも常。ブックデザインとは単なる装飾ではなく、「本」という世界のまぎれもない一端であり、作品の一部なのです。そのわりに「この表紙を誰がデザインしたの?」ということは意外と顧みられることがありません。

今回は、2021年に話題となった尾崎世界観『母影』のカバーデザイナー・寄藤文平さんと、その作風やデザイン過程にスポットを当てました。

文/佐藤舜(編集部)

尾崎世界観『母影』カバーデザイナー・寄藤文平とは? 

『母影』は、ロックバンド「クリープハイプ」ボーカルの尾崎世界観さんが著した、第164回芥川賞候補作。ある居場所のない少女が、母親の勤める「マッサージ店」(実際には風俗店だが、それを少女はまだ理解できない)のカーテン越しにお客とのやりとりや母の苦悩に耳を澄ませるという、生々しくも切ない物語です。

カバーデザインを手がけたのは、アートディレクターの寄藤文平さん(HPX)。本や雑誌、広告など、広いフィールドのクリエイティブに作品を提供するアートディレクター/デザイナーで、誰もが一度はどこかで目にしたことがあるであろう広告シリーズ・東京メトロ「家でやろう。」や、JT(日本たばこ産業株式会社)の大ヒット広告「大人たばこ養成講座」のアートワークなどが代表作です。

東京メトロの広告「家でやろう。」

本章冒頭に挙げた『母影』文庫版の表紙は、物語のキーアイテムである「ガチャガチャ」と「100円玉」をモチーフにしたものであると寄藤さんは語ります。

(ガチャガチャと100円玉の)それぞれを立体的に並べたら、ちょうど眼球のようになりました。“見る”というのは『母影』のキーワード。100円玉の黒目とその影の中点として少女を置くことで、物語に通ずる不穏さも漂わせています。

語り・寄藤文平 ※括弧は筆者が施した。
出典:PR TIMES|文庫新カバー公開!クリープハイプ・尾崎世界観の芥川賞候補作『母影』(おもかげ)(新潮文庫7月28日発売)

『母影』の表紙と見比べてみると、シンプルな構図や線の扱い方、そして華やかな黄色の使い方に “ヨリフジ節” が垣間見えますね。

2024年6月に上梓した著書『デザインの仕事』の中で寄藤氏は、自身のデザインについて次のように語っています。

僕のイラストがどこかしら「おかしみ」の入っている作風になったことに関しては、自分でもわからないのです。おそらく、全体の印象というか、線の感じはいいかげん、なのに細部はきちんと描こうとするので、そのバランスの悪さがおかしみになっているのだと思っています。真剣な印象の絵にしたくても、妙にコメディ感が出てしまって、自分でもうまくコントロールできないのです。
(出典:寄藤文平.『デザインの仕事』.筑摩書房.2024年)

この解説を踏まえて作品を見直してみると、『母影』の表紙も全体的には几帳面に整った構成になっているのに、仔細に見ると線が手書きのようにくにゅくにゅと歪んでいたり、「家でやろう。」のポスターも線やレイアウトや配色がシンプルにまとまっている一方で、人物の顔の造形や新聞紙の描き方などがちょっと “いいかげん” だったり。「整っている、のに、どこか整いきっていない」というバランス感覚が寄藤デザインの魅力を担っています。しかもそれは「個性を出そう」としてわざとやっているものではなく、「自分でもうまくコントロールできない」いわば手癖のようなものだと言うのですから興味深いですね。

哲学者・千葉雅也さんの著書『センスの哲学』にも「アートの個性とは、アーティストの “癖” や、不完全さに由来する偶然性が現れたもの」という趣旨のことが書かれていましたが、まさに寄藤デザインの「個性」もそういうものなのかもしれません。個性的であるために作為された個性、個性のための個性ではないからこそ、それは自然かつ本当の意味でのユニークな表現となり、多くの人の心を惹きつけるのでしょう。

ちなみに寄藤作品のトレードカラーとも言える華やかな「黄色」も、たまたま使っていた蛍光ペンの色に由来するとのこと。デザインのラフ案を描くとき、大事なところを目立たせるために蛍光ペンを使っていたのですが、それを見たクライアントが気に入り「文平がいつも使っているあの黄色がいいよ」ということになったのがきっかけだったと同書で述べられています。色彩の個性も、やはりある種の “癖” から生まれたのです。

「作風に個性がない」とお悩みのクリエイターは、悪癖も含めた「ついついやってしまう」自分の癖を見つめ直してみることで、思わぬ個性のタネを発見できるかもしれませんよ。

そのほかにも『デザインの仕事』には、寄藤さんが幼少期からデザイナーを志すまでの話、業界で体験したリアルな仕事のエピソード、アイデアをデザインに落とし込むまでの思考プロセスなど貴重なお話が満載ですので、クリエイターの頭の中を覗いてみたい方はぜひ手に取ってみてください。

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本のデザイナーの名前は、最後のほうのページのクレジット覧などに「装丁:誰々」という具合に記されており、比較的簡単に調べることができます。お気に入りの本のデザイナーを調べてみることで、優れたクリエイターとの思わぬ出会いがきっとあるはず。デザインという観点からも、奥深い本の世界を楽しんでみてはいかがでしょうか?

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