「卒業作品展2025」レポート—現代社会を見つめるデザイン

桜の季節が待ち遠しい3月上旬の上野。曇り空で冷たい風が吹いていましたが、寒さを忘れるほどの熱量を感じられる展覧会を訪れました。

2025年3月2日から6日まで東京都美術館で開催された「専門学校日本デザイナー学院 卒業作品展2025」。
2,000平方メートルを超える公募展示室には、学生たちが学びの集大成として制作した作品が並びました。

この記事では、展覧会の様子をレポートするとともに、卒業年度生2名にインタビューし、制作の背景や本校での学びについて掘り下げます。
どのような視点から作品が生まれたのか、どんな思いを込めて制作したのか、デザインを専門的に勉強した学生たちの考え方をお伝えします。

「卒業作品展2025」展覧会レポート

「専門学校日本デザイナー学院 卒業作品展2025」展覧会入り口

会場には、グラフィックデザイン、インテリアデザイン、イラストレーション、ビジュアルデザイン、マンガという5つの学科ごとに作品が展示されました。

ここでは、4つの学科の展示をご紹介します!

グラフィックデザイン科の展示

グラフィックデザイン科のコーナーでは、再利用可能なパッケージの提案や、写真とイラストレーションを組み合わせた絵本などが出展され、デザインの力で課題を解決する作品が多く見られました。

インテリアデザイン科の展示

こちらは、インテリアデザイン科のコーナーです。「不思議の国のアリス」を題材にしたフォトスポットや、チョコレートの販売とイートインが融合した店舗など、「実際にあったら行ってみたい」と感じる作品に出会えました。

イラストレーション科の展示

幅広いジャンルの作品が見られるイラストレーション科のコーナー。オリジナルキャラクターのイラストから、絵本、アプリのデザインまで、様々な作品がありました。自身の表現を探究し、どのような形で見せるか考え抜かれていると感じました。

マンガ科の展示

作者の世界観が一目で分かるマンガ科のコーナー。パネルを眺めていると、「どんなストーリーなのか知りたい」「作者の他の作品も見てみたい」と興味がわきます。冊子を読めばさらに作者の世界に浸れるため、マンガ科ならではの展示だと感じました。

「卒業作品展2025」の全体を通して、コンセプトが伝わるよう入念に準備された様子が伝わりました。
同時に、広い空間に負けないよう、それぞれの学生が自身のスペースを最大限に活用し、のびのびと表現しているからこそ、どちらの作品も見応えがあったのだと感じます。

卒業年度生の作品紹介とインタビュー

ここからは、卒業年度生2名にフォーカスし、制作の背景や本校での学びについて、詳しく紹介します。

今回は、会場に在廊していた、八代雛さん(昼間部グラフィックデザイン科2年)と市川明莉さん(総合デザイン科グラフィックデザイン専攻3年)にお話しを伺いました。

インタビューを通して、学生たちの問題意識や、本校で学んだデザインの本質が見えてきました。

まずは、八代さんと市川さんが制作した作品をじっくり見てみましょう!

八代雛さん《Truth of 生理》

八代雛さんと《Truth of 生理》の展示

八代雛さんの《Truth of 生理》は、「目に見えないを、見てみよう。」というコンセプトで、生理を可視化した作品です。

「生理の血って、どんだけ出るの?
生理痛って、お腹だけじゃないの?
生理って、お金いくらかかるの?
生理って、いつ終わるの?」(※)
という疑問をテーマに、4つの作品を制作しました。
※《Truth of 生理》のポスターより抜粋したテキスト

上の写真は、作品のひとつであるカレンダーです。初潮から閉経までの480ヶ月分を蛇腹折りのカレンダーで表現し、生理が長期間にわたることを視覚的に伝えています。

《Truth of 生理》の展示

《Truth of 生理》領収書の作品(左)と生理痛を表現した作品(右)

また、上の写真は、初潮から閉経までに発生する費用を「領収書」として表した作品です。(写真左)
ナプキンや生理痛薬など、必要なものの合計額はおよそ119万円にのぼると試算されています。

八代さんは、「数字で表すことで、説得力が生まれると考えました」と話します。
女性特有の悩みを様々な属性の人に知ってもらうためには、理解しやすい仕掛けが必要です。
そこで、生理の期間や費用、出血の量という数字に着目し、コンセプトが伝わるようにデザインしたそうです。
さらに、八代さんは「ひとつひとつの作品で驚きを与えたい」と話します。
生理を生々しく表現すると、鑑賞者が作品から目を背けたくなるかもしれません。
そこで、事実を客観的に伝えて驚きを与えれば、関心を持ってもらえるのではと、八代さんは考えました。

《Truth of 生理》生理の1日分の経血量を表す作品。鑑賞者が円形の台に乗り、どのくらいの量なのかを体感できます。

会場では、作品を見て「そうなんだ」と驚き、お互いに感じたことを話し合っている来場者が何人もいました。
「目に見えない悩みを可視化して伝える」という八代さんのコンセプトが鑑賞者に伝わり、性別や年代を問わず生理を考えるきっかけを作り出したと言えるでしょう。

市川明莉さん《after ORIGAMI》

市川明莉さんと《after ORIGAMI》の展示

市川明莉さんは、「無駄なものをあえて拾う」という意識で制作に臨んでいます。
今回の展示で制作した《after ORIGAMI》は、折り方を誤ってしまった折り紙を捨てようかと悩んだ時にアイデアを思いついたそうです。
本来ならゴミになってしまうものを活かせないかと考え、一度折り目がついた折り紙で鶴を折り直すという作品を考えました。

《after ORIGAMI》の折り鶴

赤い線は、富士山や兜、おにぎりなどの折り目を表しており、もともとは鶴とは異なる形を持っていたのだと想起させます。

しかし、一度折った紙を再利用して作ると、シワが目立ちみすぼらしく見えてしまいます。
そこで、市川さんは「その折り目を折り鶴の前世と捉えて、汚く見えていた線を可視化させ、逆に際立たせてみた」と展示キャプションに綴っています。
また、「折り目を活かすことで、鶴の個性が生まれ、多様性の表現にもつながるのではないか」と考えたそうです。

《after ORIGAMI》のフォトブック。市川さんがデザインした折り紙を挟み込んで、実際に使えたらさらに楽しめるかもと構想しているとのこと。

様々な思いが込められている作品ですが、彼女のデザインはシンプルで洗練されています。
どのように削ぎ落としていったのかと尋ねると、「方向性を迷う時もありましたが、伝えたいことがストレートに表現できているかを意識しました」と市川さん。

当初のアイデアでは、紙をカラフルにして、白い線で表現していたそうです。けれども、卒業制作のゼミで、先生から「線のほうが大事なのに、見えづらくなっているのでは」と指摘を受けました。
市川さんは、「先生の客観的なアドバイスをきっかけに、作品の軸となる部分に気づきました」と話します。
こうして、赤と白の2色を使ったシンプルな作品が生まれました。

会場を訪れた人々は、「なぜ折り鶴に赤い線があるのだろう」と気になった様子で、展示をじっくり見ていました。
身の回りを注意深く観察し、本来は捨ててしまうものをデザインした市川さん。シンプルさを追求した表現に、来場者も注目していました。

八代雛さんと市川明莉さんへのインタビュー

八代雛さん(右)と市川明莉さん(左)インタビュー風景

八代さんと市川さんは、それぞれ異なる作品を制作していますが、「自分のメッセージをいかに伝えるか」という視点が共通していると感じます。

本校でどのようなことを学び、デザインに対する考え方が育まれたのか、二人にお話しを伺いました。

学びを活かして発見した表現方法

八代さんは、社会課題をデザインで解決したいと考え、様々な手段を学ぶために入学を決意しました。
目標は決まっていましたが、自分の言いたいことを表現する最適な方法を探したいと思ったそうです。

生理をテーマにした作品《Truth of 生理》も、「女性の悩みを形にしたい」という思いからスタートし、相応しい表現方法を探ってきました。

授業で特に面白かったのは、装丁やウェブサイトのデザインだったと振り返る八代さん。
「作るとすぐに形が見えて、実際にモノになるのが面白かったです」と話します。
《Truth of 生理》は、蛇腹の本やポスター、初潮から閉経までにかかる費用が印刷されたレシートなど、様々な形態で表現されています。
多様な手段を学んだからこそ、伝えたいことがダイレクトに伝わる方法を選択できたそうです。

市川さんは、親戚の一人がデザイナーで、その方からずっと影響を受けてきました。
「こんな楽しそうな仕事があるんだと思いました」と話します。
デザインの仕事を身近に感じていたため、大学ではなくデザインの専門学校に通いたいと当初から決めていました。

もともとは雑誌やパッケージのデザインに関心があった市川さんですが、幅広いジャンルを学びたいと考え、総合デザイン科に入学。
授業では、コピーライティングなど初めて知ることがたくさんあったと言います。
「色々な分野に興味を持つようになり、やりたいことを絞るのが大変でした」と振り返りました。
《after ORIGAMI》では、これまで学んだあらゆるスキルを組み合わせ、折り紙やポスター、フォトブックと、様々な形で作品を制作しました。

「デザインとは何か?」

自身の展示を紹介する市川明莉さん(左)

八代さんと市川さんは、先生方から「デザインとは何か?」を学んだと話します。
「デザインは自分のやりたいことを表現するものではないと、何度も教えてもらいました」と八代さん。
市川さんは、「デザインは誰かのために作るものだと思います。自分もずっとそう考えてきたし、これからも誰かのために作っていきたいです」と言います。

また、二人は「入学してから、世の中の見え方が変わった」と口を揃えました。
以前は、広告や雑誌を何となく眺めるだけでしたが、今では意識しなくても観察する習慣が身についたそうです。
広告を見て、「あの部分は、こういうデザインにしたらもっと良くなる」など、分析できるようになったと話します。
入学して間もない頃に、先生方から「身の回りのデザインに目を向けるように」と指導してもらったことで、観察力が養われたという二人。
八代さんは、「見る力が育ったと感じます」と話し、成長を実感していました。

誰かのためになるデザインを目指したい

社会課題を解決するためにデザインの手法を磨いてきた八代さんと、幅広いジャンルに興味を持ち自身がやりたいことを突き詰めてきた市川さん。

二人の共通点は、様々な表現方法を学んで、自分が伝えたいことを適切な手段に落とし込みたいという考え方です。

八代さんは、「自身も生きづらさを感じていて、それを解決しようという試みが、結果的に他の人の悩みを解決することにもつながると考えています」と話します。
社会課題をデザインで解決する企業に就職が決まったそうで、八代さんの取り組みはより社会に近づいていくことでしょう。

市川さんは、「誰かのためになるデザインを目指したい」と目標を立て、「最初は小さなことかもしれませんが、ひとつずつ積み重ねれば、誰かに貢献できるのではと考えています」と話します。
また、「最近、コツコツやるのが大事だと感じています。気が進まないことでも、少しずつ取り組めば、実現できることがあると思います」と市川さん。

自分の問題意識を中心に置きながら、どのように表現したらメッセージが伝わるのか、どうすれば課題を解決できるのかを考え抜いてきた二人。
これからも、変化が激しい世の中を鋭く考察し、デザインの力で様々な解決策を提示してくれることでしょう。

まとめ

専門学校日本デザイナー学院の全卒業年度生による集大成が展示された「卒業作品展2025」。

この記事では、展覧会のレポートをお伝えするとともに、卒業年度生2人に焦点を当て、制作の背景や本校で学んだことをご紹介しました。

展覧会を通して、​​それぞれの学生が、現代社会の問題に向き合い、デザインの手法で解決しようとする様子を体感できました。

また、制作者に直接お話を聞くことで、デザインが持つ力を深く理解するきっかけとなりました。
学生たちの視点やアイデアは、人々がより暮らしやすい社会を作るための重要なヒントになるでしょう。

それぞれの学びを活かし、自ら課題を見つけ、デザインで解決しようとする未来のクリエイターたち。
彼らが作り出すデザインに、色々な場所で出会えるかもしれません。これからの社会で活動する卒業年度生の活動に、ぜひ注目してみてくださいね。

文/浜田夏実
アートと文化のライター。武蔵野美術大学 造形学部 芸術文化学科卒業。行政の文化事業を担う組織でバックオフィス業務を担当した後、フリーランスとして独立。「東京芸術祭」の事務局スタッフや文化事業の広報、アーティストのサポートを行う。2024年にライターの活動をスタートし、アーティストへのインタビューや展覧会の取材などを行っている。
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