いとうみちろう先生が教える!「美術解剖学入門」ー顔の描き方ー

人体の描き方ということで、今回は「顔の描き方」の話をします。

 

ここに3パターンほど「顔」の絵を並べてみましたが、正直イラスト表現はあまりにも多様で、顔の描き方だってそれこそ無数にあるようです。マンガやアニメのタッチにはよく知られた「〇〇すると良い」というようなノウハウがあり、一方写実的なタッチやアート的な表現にも伝統的なさまざまな手法が知られています。

そう考えると、どこから手をつけていいのか分からないで途方に暮れてしまう感じがしますが、そういった時こそ「基本が大事」ということで、今回は話題をしぼって以下の点を紹介します。

顔の面の変わり目を意識する

顔は立体であり、図にある赤のラインで面が変わるという話をします。顔を描く際に、この面の変わり目を意識することはデッサンや肖像画、その他の美術表現で非常によく言われます。アニメやマンガのノウハウでも多く紹介されています。

絵では「ビッグシェイプ」(大きな形)ということがよく言われるのですが、人体の細かな凹凸や部分的な細部の描写よりも、より大きな形の構造が優先される傾向があります。

で、上記のように顔には面の変わり目があり、その構造が顔の中でも特に重要なビッグシェイプということになります。顔や頭蓋骨は、一見ボールのような印象に見えるので「面が変わるポイント」というのは結構分かりづらいです。そのため知識としてこの点を押さえておくのが重要です。

 

例えば風刺のきいた肖像画のようなイラストがあるとして、上記の内容に合わせて絵を見ていきましょう。

顔の前面に光が当たり、横面が影になり絵に大きな構造感を与えています。

さらに、デッサン等では形の変わる部分に強いタッチを置くという基本があるのですが、それを意識すると前述の頭蓋骨に赤ラインで示した場所に描き込みを増やしたり意識的なタッチを入れたりします。

でこの場合、影の面や画面の奥はあまり描き込まず、むしろ少しぼかした表現にすると全体に立体感がでます。目立たせたい手前を描き込み、奥の方はあまり描き込まないといった処理をします。

陰影を感じさせ、一定のリアリズムをもった顔になりました。

実技的な話は今回はこれだけです。まとめると以下のような感じでしょうか。

顔とか頭蓋骨ってボールみたいな形をしてるから気づきづらいけれど・・・

・顔を描く際、面の変わり目を意識する。
・頭蓋骨のもつビッグシェイプを意識する。
・光と影の変わり目にその構造を意識する。
・描き込みや視線誘導にその構造を意識する。

 

おすすめのイラスト上達方法

少し肖像画っぽい表現を例にして説明しましたが、こういった知識をもった上で世にあるイラストを眺めてみると結構多くのもので、顔の面が変わるラインが意識されていることに気付けるようになります。ゲームのキャラクターやアニメーションの中、あるいは伝統的な絵画にこういった点を発見するとなんだか楽しいものです。

もちろん立体感などまったく関係のない、魅力的な顔の表現はいくらでもありますが、今回はあえてこの内容にしてみました。なぜかと言えば、これは学生あるあるなのですが、ある程度絵が上手くなってしばらくすると、今まで何の苦も無く楽しく描くことができていたキャラの顔が突然上手く描けなくなることがあります。色を塗るとなんだか変な感じになってしまったり、難しく考えてしまってぜんぜんまとまらなくなったりします。

これはある種の成長痛のようなもので、構図や立体感、陰影などについて高度な表現ができるようになってくると、今まで2次元に納まっていたキャラの表現に、その他のさまざまな要素が加わってくるので、それを自らの絵に落とし込むのにちょっとした試練や試行錯誤が必要になることがあるのです。

日本のコミックやアニメのキャラクターは、多くの場合完全に3次元的に辻褄の合った造形というわけではありません。例えば、正面から見ると鼻が省略されたキャラが、横から見ると突然しっかり鼻が出ていたりすることがよくあります。

それには決まったルールはなく、作家ごと、絵柄ごとに漠然としていてさまざまです。考え出したらきりがないのですが、ルールに一貫性もないため、答えは自ら見つける必要があります。そういったときに現実的な立体と自らのスタイルのはざまで、しっくりとくる顔の表現の答えを見つける手がかりの一つとして今回の話を紹介しました。やはり迷ったときは基本が大事

もっとも、いろいろ言いましたが私がおススメなのは、コミック調のキャラ絵を描く人は、だれか一人(もしくは1作品)目標とする絵師を決めて、その人の表現を研究して身につける方法です。

多くの人は、たくさんの好きな作家さんから、自分が参考にしたい要素を部分的に抽出して、それを寄せ集めて自らの作品に反映させていきますが、目標を一人に決めた方が焦点が定まります。こんなにたくさんのステキな作家さんがいるのに、だれか一人に決めるというのは勇気もいるし、少しの苦痛を伴うこともあります。ただし先ほどの立体と平面の兼ね合いの話もそうですが、作家さんが試行錯誤して体得した工夫や表現に自然と触れることができます

いったん目標とする作家さんを絞ってそのやり方を学び()→それが身についたらまた別の方法で発展させ()→やがては自分独自のやり方に発展させていく()、「守破離(しゅはり)」のようなスタイルが効率的だと感じています。

一方で、写実的な人物表現を追求したいのであれば、しっかりとデッサンの勉強をするのがおススメです。特に石膏デッサンは顔の表現を高めるのにとても役に立つでしょう。デッサンというのは上達するのにどうしても時間がかかり、それなりの力を身につけるには多くの場合2、3年はかかるものです。地道な感じがするし、実際多くの学生がデッサンをするのを嫌がります。しかし考え方によっては、人類がこれまで築き上げてきた数百年にわたる絵画の方法論を、たかだか数年で学べる超効率的かつ爆速の方法です。実はこれが一番ラクだったというオチも大ありです。学生らには、卒業してから10年くらいしたらそのことに何人かが気づいてくれればいいな、くらいに思っていますが(笑)。私も必要を感じてデッサンを学び直したのは30半ばだったので、別に気づいてからやればいいと思っています。

さて、いろいろ話しましたがつまるところはお好きなようにお好きなスタイルで楽しみながら「顔」が描けたらそれが一番です。顔の描き方にはもはや数えきれないようなスタイルがあって、どれが正解というものはもちろんありません。顔の構造がどうとか、細かいことを気にしない方がよい場合もいくらでもあります。だからどんどん描いてください。ただし、もしも「もっと上手くなりたい」とか「もっと魅力的な絵が描きたい」というのであれば、やるべきことはいくらでもありますので、そのヒントの一つとしてこの記事の内容が少しでも参考になれば幸いです。

 

NDS講師 いとうみちろう
イラストレーター。児童書や絵本、教科書や雑誌、アプリ、カード、舞台美術などさまざまな分野を手掛ける。教育関係の仕事の傍らフリーランスとして活動をはじめ、これまでカルチャーセンターや美術学校などで、小学生から高齢者まで幅広い年代を対象に講師として指導。

 

▼いとうみちろう先生の前回の記事はこちら


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