今月の写真集/美術専門古書店 SO BOOKSの推薦一冊。vol.2

親子孫3代にわたる百年がかりの写真プロジェクト

ドイツの写真家アウグスト・ザンダー(1876-1964)は肖像写真の金字塔『二十世紀の人々(Menschen des 20. Jahrhunderts)』(未完)で知られます。しかし今回はアウグスト・ザンダーの別の作品を導入口として、戦間期に生き翻弄された写真家の悲哀を、そして子孫へと受け継がれたその壮大な企図を紹介したいと思います。

「二十世紀の人々」とは新世紀の機運もまだ残る戦前のドイツ・ワイマール期、当時ケルンで写真スタジオを営んでいたザンダーが、国内のあらゆる階層と職業の人々を記録網羅すべくおこなったドイツ人の肖像写真プロジェクトです。当時一般的だった西洋絵画的な写真手法ではなく、比較/観察という彼の方法論を織り込んだうえで、当時の社会階層やコミュニティを偏りなく記録採集していくことでドイツの現実を描写するというものでした。単に独立したポートレートとして秀逸なだけでなく、後のベッヒャーへと繋がるタイポロジーアートのスタイルを提示したものとしても高く評価されています。

さてザンダーは1927年に地元ケルンでこの「二十世紀の人々」を最初に披露したのち、1929年に計60点からなる抜粋版の写真集『時代の顔(Antlitz der Zeit)』を刊行。

しかしそこに写っているのは、当時ドイツで実権を握りつつあったヒトラー率いるドイツ労働者党がプロパガンダとして標榜する”民族の純血”とはほど遠い人々の姿でした。暫く後の1934年、当局によってその本の組版と残部は全て没収破棄されてしまいます。ナチズムに反対する活動をおこなっていた長男エーリッヒを助けて、左翼政党のビラの複写などをおこなったことが発端だったそうですが、もし本の内容が、典型的アーリア人種、つまり金髪碧眼の人々ばかりだったら、そうはならなかったでしょう。まあ、ありえませんが。ナチス政権の意向に沿った映像を1936年ベルリン・オリンピックで撮ったレニ・リーフェンシュタールとは対照的です。

が、そのエーリッヒは、結果的に捕らえられ獄中で無残な死に方をします。悲嘆に暮れたザンダーは故郷へと戻り、山河の風景ばかりを撮るようになります。それがこちらです(画像参照)。

若い頃から風景写真は撮っていたそうですが、荒木経惟が妻陽子亡き後に空ばかり撮っていたときの作品「空景」を思わせるメランコリックで物悲しげな風景ですね。しかしこれさえもが、ドイツ国内の戦略上の重要拠点を撮ったものではないかとの疑いを受け、更に多くの写真を没収されたそうです。

でもザンダーはそんなときでさえも、実は隠れて「二十世紀の人々」の活動を細々と続けていました。その頃に制作されたのが「国家社会主義に捕らえられた政治家たち」のカテゴリと、「迫害されたユダヤ人たち」のカテゴリだといいます。やがて1964年に彼はこの世を去りますが、エドワード・スタイケンの世界巡回写真展「The Family of Man」で一部が紹介されたりなどはしたものの、結局生前に完全なかたちで「二十世紀の人々」が陽の目をみることはありませんでした。

その後月日は流れ、アウグスト・ザンダーの遺志は、運良く連合軍の爆撃やナチスによる没収を逃れた膨大な写真資料を譲り受けた次男グンターによって引き継がれます。そして1971年の縮刷版を経て、1980年にようやく431点の図版からなる写真集が誕生。2002年にはグンターの息子つまり孫のゲルトの編纂によって、全619点の作品を収録した圧巻の全7巻組からなる新版が刊行。更には新たな研究成果に基づき再解釈された改訂版が2010年に刊行と、その壮大な企図に基づくプロジェクトは、まさに親子孫の3代にわたりおよそ百年がかりでようやく実現したわけです。ちなみに現在残る実際のオリジナルネガの点数は1800余点にのぼり、後年のエステートプリントではなくオリジナルのプリントもドイツ・ケルンにあるPhotographische Sammlung / SK Stiftung Kulturで所蔵されているとのこと。もし実際目にしたらその百年の移ろい、百年にわたる写真叙事詩に思いを馳せ心揺さぶられるでしょうね。

 

文・ 小笠原郁夫(美術専門古書店 SO BOOKS)
2001年写真集/アート専門のネット書店書肆小笠原が前身。屋号をSO BOOKSと変え、代々木八幡に実店舗を構えて12年目に突入。本の買取もおこなっている。
https://sobooks.jp/

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