見過ごしてはいけない現実『失われたウイグル』

みなさんは、ウイグル民族弾圧についてご存じでしょうか?
最近では、米国などが中国政府による少数民族のウイグル人に対するジェノサイドや人権侵害を挙げて、北京五輪に外交的ボイコットをするというニュースを目にした人も多いと思います。少し前にウイグル人の出生率が5年で2〜9割減、ウイグル民族を狙った人口抑制策が実施された疑いが強まったとされた情報もあり衝撃を受けました。

このような現実が今まさに起きている中、今年の名取洋之助写真賞を受賞したのは、このウイグルを長期に渡り追い続けてきた作品でした。

名取洋之助写真賞
新進写真家の発掘と活動を奨励するために、主にドキュメンタリー分野で活躍する35歳までの写真家を対象とし、公益社団法人日本写真家協会が公募。社会の動向に向けた鋭い視線と豊かな感性による、斬新な作品を期待。 

今年の第16回名取洋之助写真賞受賞者である川嶋久人さん(日本写真芸術専門学校卒業)に、ウイグルについてや作品に対する想いをお伺いしました。

川嶋 久人
1986年 千葉県生まれ。35歳。
2016年3月 日本写真芸術専門学校卒業。
IT業界紙のカメラマン、写真事務所でのアシスタントを経てフリーに。
取材費を稼ぐためアルバイトをしながら、 写真や文章をメディアで発表している。
埼玉県在住。

 

第16回「名取洋之助写真賞」授賞式

中国の新疆ウイグル自治区を取材し始めたきっかけ

シルクロードの民、ウイグルの民族文化に魅かれたことがウイグルの写真を撮るきっかけとなりました。

ウイグルをはじめて訪れたのは、2009年7月5日に区都のウルムチで起きた、ウイグル人と武装警察、漢人が衝突し多くの犠牲者が出た事件(ウルムチ事件)の後です。もともとイスラームの世界に興味をもっていたぼくは、この事件をニュース番組で見て、いてもたってもいられなくなり、大学の夏休みを利用して現地に行きました。このときはまだ事件のほとぼりが冷めない時期で、ウイグル人が行き交う街なかを漢人の警察官がものものしく警備しているのを見て、ここが中国領であるのはなんか変だなと違和感を覚えさせられました。

しかしそんな状況下でも、ウイグルの方々は客人であるぼくを丁重にもてなしてくれるんですよね。道端でウイグルのおじさんに声をかけられ、日本から来たんですよと答えると、「おお、マジか! じゃあ、ウチに来い!」と、たったこれだけのやりとりなのに、自宅に招いてチャイ、果物、ナンなどでもてなしてくれるんです。会話は「日本では何をしているの?」「結婚はしているのか?」「家族は元気か?」と、たわいないものでした。情報通信が発達していない時代、シルクロードでは客人をもてなして政治、経済、そして戦争の情報を得ていたそうです。ことばがうまく通じないときもあったでしょう。そのときはきっとぼくがそうであったように、家族や仕事についての、たわいない話でもしたのだろうと思います。

この客人を丁重にもてなすシルクロードの文化、伝統がウイグルには残っていて、それに触れたいがためにウイグルに何度も足を運んだんですよね。ただ、その客人を丁重にもてなす文化、伝統を写した、「これだ!」という写真は、まだ撮れていませんが(笑)

ウイグルへは、年に2度ほどのペースで行っていました。1回の滞在期間は2週間〜1ヶ月間です。最後に行ったのは2019年7月です。それ以降はコロナ禍で行けていません。

どんな想いで続けていますか?

木村伊兵衛が秋田の民俗を写した写真集の解説で、2016年に101歳で亡くなった秋田出身のジャーナリスト・むのたけじはこう述べています。

「平々凡々と思える日常の暮らしの現場こそが、人間生活に真に役立つニュースの母胎である。歴史を変えていくエネルギーは、そこで生み出されるのだ」と。

はじめてウイグルを訪れたとき、かれらの民族文化の生きる日々の暮らしに魅了されたぼくは、むのたけじのこのことばに強く共感します。なので、大手マスコミでしばしば見られるように、対立を煽ったり困難を悲愴的に語る、そういう視座でウイグルを撮るつもりはありません。あくまでもかれらの暮らしのありよう、生き方をかれらと同じ眼の高さで見つめ写真を撮っていこう、そういう想いで撮影をしていましたが、2018年に1年ぶりにウイグルを訪れたとき、そういう視座で写真を撮って行くことの困難にぶち当たりました。1年ぶりのウイグルは、警察官、検問所、国旗、監視カメラの数が劇的に増えていて、自由がまったくなくなっていたんです。年々少しずつ状況は悪化していましたが、それでも、ウイグルの民族文化は撮ることができました。けれど、2018年に訪れたときは、弾圧が苛烈に強化され、文化はあるにはあるんですが、そこに笑顔がまったくなくなっていて、いままで撮っていたような写真は撮ることができなくなりました。なのでそれ以降は、かれらから笑顔が消えてしまった背景にはなにがあるのか、それを伝えるための写真を撮っています。

現在起こっていることを聞くとその土地に踏み入れることも正直怖い印象があります。実際はいかがでしょうか?

中国政府は新疆ウイグル自治区を観光地として売出しているので、簡単に現地に行けます。漢人の観光客が観光地にはたくさんいます。ただ、いま行ったとしても観光地化されているので、弾圧前に行ったことがない限り、マスメディアで報道されているような凄惨な弾圧のありようを見てとることは難しいかもしれません。それに外国人がツアーではなく個人で行く場合、場所によっては常にスパイに付けられる可能性があります。

ウイグルの状況が状況なだけに、写真を通して伝えたいのは、ウイグルが現在どのような政治状況に置かれているのかということに尽きます。多くのひとに知ってもらわない限り、なにも変わらないからです。

そしてこれは、ウイグルとその写真に限ったことではないのですが、写真を通して、それを観てくれた人のこころのなかにある壁が少しでも低くなってくれたらなと思います。こころのなかに壁があるが故に、差別や偏見、憎悪が生まれるからです。いまの情勢下におけるウイグルの写真ではそれを実現するのはむずかしいですが、その想いを胸に、これからも撮影に励んでいきます。

 

 

「2021年 第16回 「名取洋之助写真賞」受賞作品 写真展」として、FUJIFILM SQUARE(フジフイルム スクエア)内、富士フイルムフォトサロン 東京 スペース1で開催されます。

ウイグルの人たちの笑顔が消えてしまった背景、失われるべきではないウイグル文化を、川嶋さんの写真を通してぜひ知っていただき、ウイグルで起こっている現実について考えるきっかけになることを祈っています。

2021年 第16回 「名取洋之助写真賞」受賞作品 写真展
開催期間:2022年1月21日(金)~1月27日(木)
開館時間 10:00-19:00(最終日は16:00まで、入館は終了10分前まで) 会期中無休
会場 FUJIFILM SQUARE(フジフイルム スクエア)内、富士フイルムフォトサロン 東京 スペース1

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