写真家 鈴木邦弘エッセイ「ダンス、ダンス、そして魂について」

「トゥクトゥクトゥッ、トゥクトゥクトゥッ・・・」太鼓を叩く音が静かに村に響き渡る。「ウォー、ウォー、ウォッ・・・」「イェー、イェー、イェッ・・・」誰かがリズミカルに叫びだす。1人2人とピグミーたちがそのリズムに合わせて太鼓の周りをすり足で移動し始める。その人数は徐々に増え、腰に手を当ててすり足で腰を振る人々で踊りの輪がどんどん広がっていった。森の最深部の集落サッサンバでは、まだ午前中だというのにピグミーたちが何の前触れもなく踊りだそうとしていた。

私はこの集落にたどり着くまでに森の中を10日間歩いた。そしてその途中で、ドングー、ロッソ、ガゴ、モンガリ、ディニャウクレ、ンバベ、モランダ、ディニオンガなど多くのピグミーの集落を訪れた。中には通過しただけの集落もあったが、宿泊したところでは、ピグミーたちは必ず踊っていた。そのため、私は彼ら彼女たちのダンスを数えきれないほど見ていた。しかし、それは夜に限られていた。昼間に踊るピグミーたちとの遭遇はここサッサンバが初体験だった。

思い返してみると、初めて訪れるところではどこでも、私たちが集落の中に入って来ると、近くにいる人たちが三々五々集まって来て、ピグミーのガイドのジャンクロードと話し、次に私たちのところに来るという順番で初対面の挨拶を交わしていた。しかし、ここサッサンバに初めて入った時の経験も他の村とは異なっていた。

「ンボテー」(意味は挨拶の言葉で、こんにちはと同じ)

値踏みするようにじっと私の顔をにらみつけていた婆さんが突然叫んだ。全身しわくちゃで腰蓑だけを身に着け、むき出しのオッパイはへそ近くまで垂れ下がっていた。私は彼女の顔をじっと見つめながら、完全な位負けを感じていた。そして、あわてて「ンボ、ンボテー」と嚙みながら大声で返答した。すると婆さんは満足そうな顔をして「ンー」と一声発してその場を去っていった。その様子を見ていた他のピグミーたちが、ガヤガヤと私たちの周囲に集まってきた。ガイドのジャンクロードが彼らと話すと1人の老人が集落のはずれにある屋根の半分が朽ちている小屋を指した。通訳のマヌーが振り返りながら私に告げた。「スズキ、今日はあの小屋に泊まる」私たち一行は、どうやら滞在を許可されたようだ。

ピグミーの踊りは相当古くから有名だった。古代エジプトの遺跡に刻まれているヒエログリフ(象形文字)に、紀元前2278年ごろにファラオに即位したペピ2世が、「小人の神のダンスを見たい」と地方行政官に通達したという記録がある。当時、ピグミーたちは、「神の踊り子」と呼ばれていた。

その日の夜は集落の様子がいつもと異なっていた。踊りを踊っている輪の中に男たちがいない。踊っているのは女と子供と老人たちだけだった。いつもの夜の踊りより盛り上がりに欠けているようで静かに踊っていた。しばらくその状態が続いたが、徐々に歌声が大きくなり踊りの動きも激しくなっていった。

それは男たちがいなくても女と子供と老人たちだけでそれなりに盛り上がり始めたころだった。「ウォー、ウォー」「イァー、イァー、イァー」と野太い声の叫びが漆黒の闇に包まれた森の奥から突然聞こえた。すると、歌いながら踊っていた女や子供の声が一切に止み、皆踊ることをやめてしまった。お互いに顔を見合わせる女たちの真剣な表情が、焚火のオレンジ色の炎に照らされていた。彼女たちはひそひそと話し合っていた。すると、「ウォォー、ウォォー・・・」とさらに大きな声が闇の奥から響き渡った。集落の女、子供たちはしゃべるのを止め、声がした闇の方をじっと見つめていた。それらの顔には恐怖の表情が浮かび上がっていた。焚火にくべられた薪が燃えてはじける音以外は、完全な静寂が集落を包んでいた。

「ウォォー、ウォォー、ウォォー」という叫び声とともに男が一人闇の中から駆け出してきた。広場にいた女、子供が逃げ惑う。その場が一瞬で大混乱になった。その男は広場の真ん中に立っていた。私と通訳のマヌーはあっけにとられてその場に立ちすくんでいた。私はマヌーと顔を見合わせて、その男のところに行った。

「いったい何が起こったのだ。何があったのだ」。私はそれ以上の言葉がでず、その男に尋ねるのがやっとだった。

「モコンディにつかまった」。と男は答えた。そして、「これがつかまれた跡だ」と裸の胸を突き出した。そこには、白い手のような跡がくっきりと残っていた。

しばらくして、森の中から男たちが何かを囲むようにして出てきた。男たちの輪の中心には、黒い面をかぶり、全身を布で包み腰蓑をつけた人物が踊っていた。

「あれがモコンディだ」。とマヌーはいった。

その後、太鼓、空のポリタンク、二つに切った太い竹、そして手拍子とあらゆる音の出るものを叩き、それらが出す激しいリズムに合わせて、老若男女集落のみんなが歌い、踊った。それは深夜まで続いた。

(つづく)

 

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