写真に触れて見る「凹凸写真」➀

ぼんやりとテレビを見ていた時、ある映像が流れた。
目の見えない人たちに写真の魅力を伝える活動をしている、写真家の尾崎大輔さんを取り上げた映像だ。
わずか3分ほどの映像だったが、尾崎さんの取り組みに興味を惹かれ、すぐにスマートフォンで調べてみた。
調べれば調べるほど、この人の話を聞いてみたいと思い、専門学校日本デザイナー学院の副校長であり、日本写真芸術専門学校で講師を務める菅沼比呂志先生にご協力を頂き、今回のトークショーが実現した。
尾崎さんの写真教室の参加者で視覚障碍(全盲)のあるお二人、山口和彦さん、西尾憲一さんにもお越し頂き、目が見えなくても写真を楽しむことができるのかについて、語り合ってもらった。

 

ー写真との出会いを教えて下さい。

(西尾)私は、写真教室です。ネットで見てて、視覚障碍で写真なんてありえないと思ったんだけど、一回見に行ってからハマりました。

(菅沼)なるほど。西尾さんは視覚が無くなる前から写真は楽しんでらっしゃるんですか?

(西尾)いやいや。尾崎さんのワークショップに参加してからです。

 

(菅沼)お隣が山口さんです。山口さんよろしくお願いします。

(山口)私は、留学生を世話する団体に属していた時があって、その時に留学生の写真を撮りたいって尾崎さんがうちの施設に来られたんですね。その時にイギリスで視覚障碍のあるカメラマンがいるっていうことを聞きまして、どうやって楽しめるのかなと思ったら、尾崎さんが使い捨てカメラを貸してくれて、「なんでもいいから撮って」と言われたんです。

それを立体コピーにして触る。最初は情報がありすぎて、何が何だかよくわからない。重要なポイントだけ浮き出して触ればなど、色々試行錯誤しながらやっていました。

せっかくだから、写真教室をやったらっていうことで、私と尾崎さんで、写真教室をやり始めたんですね。健常者の方も実際にアイマスクをして視覚障碍のことを体験して頂く。まあ、ユニークな写真教室をやりながら、今現在も写真を楽しんでいるような状況です。

 

ー尾崎さんと山口さんの出会いが不思議だった?

(山口)国際視覚障害者援護協会の理事長を私がやってまして、そこへ留学生が海外から、日本でマッサージやITなどを勉強するために、うちの施設に来てたんです。それを尾崎さんが写真集を作るっていうことで海外の留学生を撮りたいっていうのが最初のきっかけでしたよね。

(菅沼)それが建前で・・・

(尾崎)本当に山口さんと最初に会ったのは、横断歩道で僕が待ってる時に酔っぱらってぶつかってきたのが山口さん。山口さん、酔っぱらってるのか、よくわかんなかったので、とりあえず、家まで一緒に行きましょうかって言って、その道中で話をしていく時に留学生の支援をされてるっていうのを聞いたんです。

(菅沼)視覚障碍者の方と写真っていうと、ちょっと結び付きにくい感じがするんですけど、そこでやってみようと思われたのはどんな思いからですか?

(尾崎)僕は最初、視覚障碍の留学生に対して写真を教えたいっていうのがあったんです。山口さんが昔いらっしゃった団体というのは、アジアを中心とした発展途上の国で視覚障碍が生まれてきた方に対して、鍼灸あん摩とか覚えて自国でもやってもらおうという団体の会長さんをやってたんです。

実際に留学生と話をしてる時に、プールがわかんなかったりとか、パチンコ屋さんとか、見えないと分かんないじゃないですか。ということは多分、その方たちは日本に来ても、日本のそういうのが分からないって言うか、興味があって、そこに何かがあるだろうと知ってるんですけど、わかんないまま住んでいるんだろうなと思ったんです。そういう方たちに写真を撮ってもらったら、どういう風に撮るんだろうなっていうのに興味があって。山口さんに、留学生にカメラを持ってもらって撮ってもらうってできますか?っていう話をした時に、山口さんから、じゃあ留学生だけじゃなくて、一般の人にも門を開いて、色んな人に参加してやってもらえればっていうので始まったんです。

 

ー凹凸写真を始めたのは?

(尾崎)凹凸写真自体は結構早めの段階で、あるっていうのは知っていたんです。もともと理科の教材とかに使ってたやつですね。

(山口)今はもう3Dプリンターでやってますけども、写真撮っても、そのままじゃなくて、それを情報を加工して分かりやすく触って分かるようにする。その技術かノウハウがあると思って、試行錯誤しながら尾崎さんにお願いしたんです。

(菅沼)もともと凹凸で触って、ものの形を知るとかで使われていたメディアなんだけど、それをお二人が写真っていうものを視覚障碍者の方々が楽しむためにはこれが使えるんじゃないかと。ただ目の前の風景を撮っても、それを全部凹凸にすると情報があまりにも多くなり過ぎてしまうので、シンプルにしていくっていう方法論をお二人で作ってきて、尾崎さんが最終的には編み出したということなんですね。

 

ー西尾さんは、美術館で美術を鑑賞する会に参加されたと伺ったのですが、どんな会だったんですか?

(西尾)僕は元々絵とかあんまり興味なかったんで、ついていくだけだったんですけど、説明されてるうちにね、見えるような気がするんですね。ああなるほど、こういう感じでって、ものすごくリアルに分かるような気がして。いやこれは面白いなと思ってね。見える感じ、それは凄く面白かったですね。

(菅沼)ご自分が描いてらっしゃるような気分にもなったって聞いたんですが。

(西尾)過去に見てたことがある絵は分かりますけど、全く知らない絵とか写真っていうのは、最初に白紙なんですよ。説明を受けているところが描かれていくんで、自分で描いている感じです。

(菅沼)真っ白なキャンバスに、説明聞いてるうちに、それが形になって表れてくる。

(西尾)そうです。イメージがだんだん出来上がっていくのは、それはほんと面白かったですね。こういう見方ってちょっと今までなかったんで。

 

ー凹凸写真はどのように楽しまれている?

(西尾)凹凸はね、点字あんまり読めないんで、触ってもよく分かんなかったんです。なので最初の尾崎さんの写真展で帰りに凹凸写真を皆さんに差し上げますよっていうことだけど、僕いらないって断った。途中から、写真を始めてしばらく経ってから、凹凸の写真を触ったときに、自分が写真撮る時に、レンズがちょっと左に向く癖があるっていうことが、触って初めて分かりました。傾きを修正するためにあれは役に立ちましたね。

(菅沼)山口さんはどうですか?

(山口)写真教室でいつもガイドさんと一緒に歩きながら、自分はこういうものを撮りたいんだみたいなことを話して、そのガイドさんの情報を基に、イメージを頭の中で作っていく訳ですね。作り上げていくその過程も面白いし、それを印刷して、あれ?これ俺の思ったものとこんな違うとか、そういうのも分かる。

印刷することによって、また新たな情報も得られたり、自分なりの楽しみれを見つけていけばいいんじゃないかなと思うんです。

 

ー情報がたくさん載っている写真から凹凸写真にする過程は?

(尾崎)写真教室に参加されて凹凸にする場合もあれば、凹凸だけを受けてるっていう場合もあります。一番最初に受けた時にもお伝えするのが、人によってイメージできるかどうかはまちまちです。ほとんど訳分かんない人もいれば、触ってイメージできる人もいます。ただ、写真で凹凸がなかったら、結局視覚障碍のある方にとってはゼロなので、そこに何かが映ってるんだっていうのは触って分かるので、ゼロが1になります。そこからは、コミュニケーションのツールだと思ってもらってやってくださいっていうので。よくあるのは、ご家族の写真を凹凸にしたいっていうのが多いんですけれども、人の写真とかだったら分かりやすい。風景の写真であったりとか、情報量が多くなった場合、例えば遠近法が発生すると、遠くのものが小さくなる。そのイメージが視覚障碍のある方って、かなり難しいんです。なので、どれくらい視覚障碍なのか。例えば、中途失明されて何年ぐらい経っているのかとか、昔にどれぐらい見えてらっしゃったのかとかをお聞きして、背景を全部消す場合もありますし、背景がすごい重要になった場合はそれを残したりとか。ただこれは十年ぐらいやってますけども、正解が分かんなくて。

西尾さんが水滴を撮った写真があったんですね。銀座の工事かどっかの場所で、水滴を撮って(凹凸写真を)触った時に、普段毎回いらないって言ってる西尾さんが、水滴を触って、水滴って大きさが違うんだって言った時に、僕らでは当たり前と思っていることが当たり前じゃないことが分かったんです。先ほど山口さんが言ったみたいに、イメージと違うっておっしゃったのが、じゃあ僕らは山口さんがどういうイメージをされてたんだっていうのが気になる訳なんですよね。そこでコミュニケーションが始まるので、僕はそれがすごい楽しいところだと思います。

(菅沼)そうですね。私もそういうお話を尾崎さんと出会った時に、視覚障碍のある人がどんな絵を見ますかって問われた時に、え?どういうことですかって聞いたんです。やっぱり我々が描く世界と、多分違いますよね。

(山口)結局写真って光がないと撮れませんよね。全盲の場合は、実際に物体としては見えないんですけど、想像することは自由にできるわけで、説明してもらえば分かりやすい。説明してもらうことによって、目が見えるように、分かる、理解できる。だから、ほとんど写真撮るっていうこと自体は、見える見えないはあんまり関係ないんじゃないかな。誰かの目を借りて、こっちに向けてとか、周りの状況を説明してもらったりとか、そういう情報は必要なんだけど、その情報をもらった後に組み立てるのは、やっぱり一人一人同じなんで。目の見える人は目から情報を得ているだけで、それを頭の中でどう撮ろうかってっていうことだから。撮り方はみんな同じなんじゃないかなと思うんですよね。写真を撮って何を伝えたいのかっていうのを、基本に考えた方がいいと思うんです。伝えるのと伝わるのはちょっと違うと思うんで。昔、尾崎さんが個展をやってた時に、私の写真も飾って頂いて、見に来た人たちにアンケートをしたんです。一番良かったのは、私がちっちゃい頃の母親が、私を抱っこしてる写真があるんですけど、それが一番だったんですよ。写真自体は、昔のカメラだから大して機能が良くなかったと思うんですけども、写真が人に何を訴えるかっていうのを、考えて撮ると面白いのかなと思います。

(尾崎)凹凸写真の依頼って、いろんな写真が送られてきて、中には途中から目が見えない方、見えなくなってしまったり、年配になってから目が見えなくなってしまったり、そういう方たちがアルバムを凹凸にしてほしいって送られてきたりする。普段は僕もカメラマンなので、良い写真悪い写真っていうのを決めてピックアップして見せてるわけじゃないですか。ただそのアルバムが送られてきた時に、写真が選べないんですね。全部凹凸にするわけにもいかないですし、どれを選ばれるかわかんないもんで。で、山口さんに許可を得て、山口さんのアルバムを送られてきたら、あなたはどれを凹凸にしますか?っていうのをアートのギャラリーで展示してみたんですよ。それでアンケートを取った時に、一番わかりやすかったのは、小さい頃の山口さんの写真で、山口さんがお母さんと一緒に抱っこされてる写真が一番ダントツで票が多くて。

(菅沼)写真の色んな側面があるけど、一つは自分の記憶だったり、思い出っていうものを確認するためのメディアでもある。その写真の楽しみ方ってことですね。最初に山口さんとお会いした時に、何で写真撮られるんですかって聞いたら、よく旅に行くと。行った時にその場所の匂いとか風の音とかっていうのを、その写真を触ることによって思い出すんだっておっしゃってて、一緒なんだなっていうふうに思ったんですよね。

 

尾崎大輔(写真家)
1983年三重県生まれ。2006年、早稲田大学社会科学部卒業後、渡英。2007年、London college of communication(ABC diploma in photography)卒業。2011年より視覚障碍者を中心に知的障碍者、精神障碍者などを対象としたワークショップを多数主催。日本視覚障碍者芸術文化協会(Art for the Light)副会長。

菅沼比呂志
キュレーター。1963年生れ。’87年(株)リクルート入社。’90年若手アーティストを支援するギャラリー「ガーディアン・ガーデン」の立上げに参加。以後、若い世代の新しい表現を求めた公募展『ひとつぼ展』(’ 92~ ’08年)、「1_WALL」(’09年~)等の企画に携わる。’17年よりフリーに。’18年「粒子にのせた言葉~日本現代写真の源流」展( 韓国・古隠写真美術館/ 釡山)、’ 21年「とどまってみえるもの」展(横浜市民ギャラリーあざみ野)等を企画。現在、T3Photo Festival Tokyoの運営委員を努める。

山口和彦
1946年、東京生まれ。
上智大学を卒業後、25才の時に緑内障で失明。
1983年東京都失明者更生館の開設に伴い指導員として勤務。視覚障害者の自立生活訓
練指導を行う。また、視覚障害を持つ海外留学生へ支援する。
2009年12月 日本視覚障碍者芸術文化協会を設立、視覚障碍者のための写真教室、
「香り奏でる朗読会」などを企画、運営する。
現在、NPO 法人tOMO理事長。
2020年 厚生労働省から障碍者の援護功労賞を受賞。

西尾憲一 70歳
網膜色素変性症にて36歳のころ失明
一般企業を退職後はり灸マッサージ師免許を取得
現在 東京都台東区で 西尾はり灸治療室を運営
2011年10月 写真家 尾崎大輔氏主宰 視覚障害者と一緒に楽しむ写真教室に初参加
2020年2月 写真展 「盲目の写真世界 vol1」を開催
2022年11月22日より 「盲目の写真世界 vol2」を開催予定

文・PicoN!編集部 山﨑

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