【写真学校教師のひとりごと】vol.35 佑木瞬について
わたし菊池東太は写真家であると同時に、写真学校の教員でもあった。
そのわたしの目の前を通り過ぎていった若手写真家のタマゴやヒナたちをとりあげて、ここで紹介してみたい。その人たちはわたしの担当するゼミの所属であったり、別のゼミであったり、また学校も別の学校であったりとさまざまである。
これを読んでいる写真を学ぶ学生も作品制作に励んでいるだろうが、時代は違えど彼らの作品や制作に向かう姿が少しでも参考になれば幸いだ。
かの女、佑木瞬は珍しいケースだと思う。
つまりこの渋谷の写真学校に入ってきた段階で、写真をやっていくことが、かなり確信的だったのではないかと思われる。
皆んなそのつもりで写真学校に入学するのだが、なかなか写真との関係がスムーズにいかなくてそれなりに悩み苦しむことが多い。
佑木瞬の場合は写真学校に入る前に、高校時代に、「女子寮の中」というテーマというかタイトルで自分の寮生活を撮り、写真コンテストに応募した。
そして新風舎平間至写真賞ハミングバード賞を手にし、それによって写真集出版にこぎつけている。入学前に。(2004年「女子寮の中」新風舎)
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このときからかの女は佑木瞬と名乗りだした。
通称である。物書きのペンネームのようなものだ。
かの女は2017年11月上旬に異なった写真作品で5回写真展をやっている。
もちろんそれぞれ別のギャラリーでだ。赤レンガ倉庫とかギャラリー三日月とかすべて函館市内だが。
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少しでも自分の存在を示すために、手間のかかる仕掛けをするのを厭わない人のようだ。
だから出身地の今金町を撮って本を出そうと思い、今金町に協力を申し込んだり、実にストレートでアクティブな行動をとる。
そして実際に協力金を手に入れ、写真集出版にいたるのだから、大いに素晴らしいと言いたい。
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ほかにも以下のような出版がある。
2005年 じいやん 新風舎
2006年 0時に教室で 新風舎
2015年 26nix オフィス写真部
2017年 願わくは終わりに花を オフィス写真部
2023年 今中の壁 オフィス写真部
そして作風はアート調ではなくストレートな写真だ。
特別写真に興味があるわけではない巷の人に自分の撮った写真を見せて、虜にしたいという思いがあるようだ。
他に写真展として今年の2月にやった「ふれる花が舞い落ちる行方に」(ルーニー247)がある。
このように今までにここに登場した人たちの中では、破格の活動をしているのだ。
しかし、活動域というか活動範囲が地味なため、そのわりに知られていないところがある。
展示発表する場所を函館以外、東京でもどんどんやることだ。
函館で発表したものでも東京で発表することはできるし、逆に東京で発表してから、次に函館での方が物事はよりスムーズに運ぶと思うが。
やりかたによっては、メーカーなど業界の協力も得られるようになると思う。
発表するギャラリーについては、どこでやるかをもっとよく考えたほうがいいと思う。
その写真作家の運命を大きくかえてしまうことがありうるほどに重要なことだと思う。
そして今の状態で満足することなく、写真にもっと磨きをかけ、より恵まれた環境を手に入れることを考えるようにしたらどうだろうか。
女子の中ではかの女のように、歯切れよく明るく明快に喋る人は数少ない存在だし、ものごとはすすめやすいはずだ。
その明るく明快に表現する性格を最大限に生かしてみたらどうだろうか。
菊池東太
1943年生まれ。出版社勤務の後、フリー。
著作
ヤタヘェ~ナバホインディアン保留地から(佼成出版社)
ジェロニモ追跡(草思社)
大地とともに(小峰書店)
パウワウ アメリカインディアンの世界(新潮社)
二千日回峰行(佼成出版社)
ほか
個展
1981年 砂漠の人びと (ミノルタフォトスペース)
1987年 二千日回峰行 (そごうデパート)
1994年 木造モルタル二階建て (コニカプラザ)
1995年 アメリカンウエスト~ミシシッピの西 (コニカプラザ)
1997年 ヤタヘェ 北米最大の先住民、ナバホの20年 (コニカプラザ)
2004年 足尾 (ニコンサロン)
2004年 DESERTSCAPE (コニカミノルタ)
2006年 WATERSCAPE (コニカミノルタ)
2009年 白亜紀の海 (ニコンサロン)
2013年 DESERTSCAPE-2 (コニカミノルタ)
2013年 白亜紀の海2 (ニコンサロン)
2015年 日系アメリカ人強制収容所 (ニコンサロン)
ほか
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