Lines of Sight ーそれぞれのアジアへの視線ー vol.10
学校法人呉学園 日本写真芸術専門学校には、180日間でアジアを巡る海外フィールドワークを実施する、世界で唯一のカリキュラムを持つ「フォトフィールドワークゼミ」があります。
「少数民族」「貧困」「近代都市」「ポートレート」「アジアの子供たち」「壮大な自然」、、
《Lines of Sight ーそれぞれのアジアへの視線ー》では、多様な文化があふれるアジアの国々で、それぞれのテーマを持って旅をしてきた卒業生に、思い出に残るエピソードをお伺いし紹介していきます。
ある日
PFWゼミ1期生 羽立 孝
今思うとなぜそこに行こうとしたのか思い出せない。ただ今またそこに行きたいと思っている。
ベトナムというとサバナ気候に属し、日中は肌を刺すように太陽の日差しが降り注ぎ体力を削り、外を歩くにも気力をもって出歩かなければいけないように思うかもしれない。
そんなベトナムにあって、その印象を大きく覆す街がある。夜は10度前後まで気温が下がり、みなブルゾンなど厚めのアウターを着込んでいる。昼間でもみな長袖を着て過ごしている(自分以外は概ね長袖だったように思う)。フランス統治時代に避暑地として開発されたダラットは、標高1500m(日本でいうと長野県の上高地がこの高さにあたる、軽井沢は標高1000m前後)と、ベトナムという国にありながらとても涼しく(寒い)、ベトナムに降り立って身に纏った暑さを全て脱ぎ捨てて過ごすことができる。
そういった”リゾート地”としてのダラットに行こうと思ったわけではないのだが、以前にベトナムを訪れた時にはハノイやホーチミンといった都市を巡るだけだったので、ベトナムに再度行くにあたり、その地方を覗いてみたいという気持ちにかられ、フランス統治時代の名残やまた風土を探す過程でこのダラットを選んでいたように思う。
ダラットへはホーチミンからバスで6-8時間(どうも迂回先があると長いらしい)、車中特にすることもないのでホーチミンからダラットへの車窓から見える風景に想いを馳せる。そこには都市と都市の間によく見られる農村が広がっている。
遠い東南アジアのベトナムという国の、名も知らぬ土地と人々の暮らしを目の当たりにして、当たり前に続いている現地の人たちの生活が、一つの映画のように流れて過ぎ去っていく。そういった自分もまたその一つに過ぎないのだとも感じつつ、これから出会う人や風景、空気、匂いに少しずつ感化されていく。まだ行ったことのない街に行く時のこの”待つ”時間は、まだ見ぬ土地への期待や新しい発見に対してより想いを深めていく。
そんな時間を心地よく感じつつも、それなりのシートに接する体と相談し、たまに軋んだ体を捻り、鈍く残る痛みが現実に戻していく。そんな時間を幾度か繰り返すうちにようやくダラットについた時には日もだいぶ傾いていた。
節々に痛みを覚えながら、その痛みから解放されるべくバスを早々に降りる、そこにはバスの中とは隔絶された空気が広がっていた。高原ならではの少しひんやりした澄んだ空気が体中に溶け込んでいくようで、同時に長距離の移動を忘れるような高揚感に包まれていくのを感じ、ホテルまで4km弱、歩くと40分程度になるがその空気に絆され移動を徒歩に委ねることに迷いはなかった。
そこにある日常を自分のそれとを重ね合わせていく。国道を抜けてスアンフーン湖を右手に中心街の方に歩いていく。時間も夕刻、日没に迫ろうとしており、半袖では寒さを覚える。見回してもみんな長袖である、ここではそれが普通なのだろう。長袖と言っても雨具代わりになるようなものしか持ちあわせておらず、Tシャツにホーチミンで買った半袖のシャツを重ねるのみで押し通すことにした(幸い風邪は引かず)。
ホテルはファンディンフン通りにあるDreamsというホテル、今更ながら調べるとファンディンブンさんというフランス統治時代の革命家の名前が取られた通りだった。その通りにはダラットの美味しいものが一通り揃っているらしい(当時から抜け目がないことが窺える)。そこを少し降ったところにそのホテルはある。
移動での疲れを落とし、リフレッシュして改めてダラット1日目の朝を迎える。朝食をとりに食堂へ、ホテルを転々とすると思うが朝食付きというのはなんともありがたい。
朝食はパンと卵料理と皿に盛られた果物。起き抜けで意識も朧の中、すぐにその朝食に意識が引き込まれていく。パンはフランス統治下の名残なのか、フランスや日本で食べたパンよりも美味しく(この後おかわりをする)、卵料理はその場で焼くか混ぜるか選ぶのみだがその卵自体の旨味(濃厚なわけではない)をその時以上に感じたのはこの時をおいて他にはない。果物も非常に美味しかった。素材の鮮度なのだろうか。だいぶ季節感を感じなくなった日本のスーパーの食材を振り返りつつ、恵まれた環境であることはさておき、その場その時間にあるものを大事にしつつ、自然に逆らわず有り体であることも重要なことであるように感じられた。
アジアを回るうちに、何かしら強めの味付けに慣れてしまっていた自分がいたところもあり、過剰なところもあるかもしれない。ただここには4泊するのであと3回この朝食を食べることができるのはとても嬉しい。この街でのベースが心地よいものであることを感じ、落ち着いたところで街へと向かう。
雨季ということもあり、到着した日の夕方は曇りがちだった。他の国でも夕方にはスコールに見舞われることもしばしばだったが、この日到着して早々にスコールに当たらなかったのは運が良かったと思ってもいいのかもしれない。この日は高い青空に雲が浮かんでいる。気持ちのいい青と街の緑のコントラストが美しい街並を歩いていると花屋が多いことに気づく。調べたところダラットは花の栽培が盛んらしい。年間を通して涼しい気候ならではである。季節が雨季と乾季の2つだけというのはどうも日本で生まれ育った自分にはあまりピンとこないところでもあるが、年間を通して暑すぎず寒すぎないというのは、人にも花にも心地よいものなのだろう。
今回のテーマは”川”だったので川を中心に散策する。撮影の時には4×5のカメラを使用していたので一旦ホテルに置いておく。珍しいカメラなのでインドでは人だかりができるほどだった。三脚は、カメラに合わせてジッツォの大きいものを持ち運んでいたのだが、その三脚を肩に担いで移動していたら「どこに戦争に行くんだい?」と声をかけたこともある装備になるので、一旦身軽なままロケハンに向かうことにした。
地図を頼りに川のある方向へ歩いていくにつれて、少しずつ中心街から外れていく。中心街はいわばダラットのリゾート地としての一面なわけだが、当然それだけで成り立っているわけではない。当たり前のようにそこに実際に暮らす人々がいて、いつもと同じように暮らしている。来たばかりの初心者にはどの程度が貧しく、どの程度が裕福なのか、そういったものはよくわからないが、そこにある環境や風景や人々がそのまま知覚され認識し経験していく1つ1つの過程を、街を歩きながら少しずつ積み重ねていく。そういった自身が未だ認識できていない自分の知覚の外側と対話できる喜びを”旅”というものは教えてくれる。
午後も大きく回り、高台に位置した場所にカフェを見つける。喉が乾いていたことを思い出したかのように瓶のコーラを1つ頼み一気に飲み干す。そのまま去るのも申し訳ないので、テラスに設えられたビーチパラソルを添えてある見晴らしのいい席に座り、眼下に広がる風景を目で追う。雲がそよぎ草はなぎ、遠くには子どもたちの声が聞こえてくる。テーブルに出されたベトナムコーヒーの香りがその風の中に少し溶け込んでいるのを感じつつ、あたりがオレンジに染まっていくのを眺めていた。
そういった時間を繰り返しながら滞在最終日を迎えることになるのだが、最終日にはそれまで恵まれていた天気が嘘のように盛大なスコールに見舞われ終日ホテルで過ごす。思ってみれば吹き溜まりのような場所を探し歩いたところで、洪水のような雨がコンスタントに降るのであれば全てを流し去ってしまうだろう。それであればスナップ的に撮影できてもよかったかなと、重戦車的な撮影装備に縛られていることが頭をよぎりながら降り続ける雨を眺めていた。
次の目的地は山から海側へと降りていく。そこには今と全く違うベトナムらしい暑さが待っている。その場所や人との新しい出会いに期待を膨らませながら、また一路固いバスのシートに身を預けていく。