
【展示レポ➁】フォトアートゼミ学生展 [Blind, Blend, Blunt] - 車周燕『なくしたもの、のこったもの』について
写真科フォトアートゼミに所属する学生11名によるグループ展「Blind, Blind, Blend」が、日本写真芸術専門学校8FのWALL GALLERYにて開催中(2025年6月29日(日)まで)。
展示レビュー企画 vol.2。今回は車周燕さんの作品『なくしたもの、のこったもの』をピックアップ。ほかの作品も、それぞれの学生たちの個性が光る秀作揃いですので、どなたもぜひ足をお運びください。
フォトアートゼミ・グループ展「Blind, Blend, Blunt」
日本写真芸術専門学校8F WALL GALLERY
2025.6.6(金)- 6.29(日)
9:30-20:30
※土日は17:00閉館、6.8(日) & 6.22日(日)は閉館
入場無料
文/編集部 佐藤舜
『なくしたもの、のこったもの』車周燕
落とし物をテーマにしたその作品のタイトルは、意味深だ。
『なくしたもの、のこったもの』。
落とし物だから「なくしたもの」はわかる。では「のこったもの」とは何だろう? ものを失くす、という悲しい出来事でしかないはずの落とし物が、それでも世の中に残す何か、とは。
それはおそらく「落とし物はなぜわたしたちの心を揺さぶるのか?」という問いにも重なる。
落とし物は動物の足跡に似ていて、「かつてそこに誰かがいた」という痕跡である。しかも、足跡よりも多くの情報を含んでいる。
たとえば子供用の靴下なら、この子はおそらく1~2歳くらいの男の子だろうか、靴下が落ちてそのままということは、お母さんに抱っこされながら自分で脱いでしまったのだろうか、となると、けっこうわんぱくな子どもなのだろうか、この子のお母さんは、靴下を落としたことに家に帰ってから気がついてしょんぼりしたのだろうか――など、さまざまなストーリーが想像される。
落としものを通じて私たちは、誰かの人生の一端に立ち会い、その人柄や感情、行動の形跡などを目撃したような気分になる。落とし物には、落とし主の生活や感情の記憶が含まれているのだ。
その記憶は、偶然通りかかったわたしたちの心を小さく揺らして、淡い何かを残していく。直接顔を合わせたり、言葉を交わしたりすることはおそらく一生ない誰かの心に、落とし物という接点を通じて一瞬だけ触れたような気がすることの不思議。
*
また車さんの作品を見て気づかされたのは、落とし物とは、必ずしも落とし主だけで完結する事象ではないということ。落とし主だけでなく、拾い主の痕跡もそこに残っていることが多いのだ。
道ばたに、ぽつんと残された「なにか」。
それは誰かが落としたものかもしれませんが、それを見つけた人が、まるで「ここにいるよ」と伝えるようにそっと拾い、きれいに置き直してくれることもあります。
(車さんのステートメントより抜粋)
たとえばこの写真。
小さなぬいぐるみが、道端の車止めポールの上に乗っている。偶然落ちただけではこうはならない。落ちていたぬいぐるみを誰かが拾い上げて、人に踏まれないように寄せておいてくれたのだ。
この写真を見た私たちの気持ちがほっと安らぐのは、ぬいぐるみの可愛さもさることながら、写真には写っていないその拾い主の温かい心の痕跡が「写っている」からではないだろうか。
写真が「記録」を超えて「芸術」になるのは、画面に写っていないものを写せたときなのかもしれない。
またこの一枚は、子どもであろうが容赦なく悲しみに陥れる「残酷さ」と、それでもどこかには手を差し伸べてくれる人が必ずいる「優しさ」という、現実世界の多面性を描いてもいるようで魅力的だ。
*
そういえば写真、というか表現行為というものも、この「落とし物」にどこか似ている。
作品は誰かが受け取って初めて完成する。しかしその作品に込めた意図は、まずそのまま伝わることはない。作品は多くの場合「誤解」され、「曲解」される。落とし主が不明であるように、 “作者の意図” が完全に理解されることは基本ない。
しかしその誤読によって、作品はより豊かな意味を帯びる。わからないからこそ鑑賞者は、自由に想像力を羽ばたかせて作品の背後に思いを巡らせることができる。ときには作者が想像もしなかった意味が、鑑賞者の手で「拾われる」こともある。
作者は作品を「贈る」つもりでいる。しかし実態としては「うっかり落っこちて、意図せず拾われる」と言うほうが近いのかもしれない。
それを象徴するかのように、車さんは展示のなかに自分の作品を「落とす」。
「自由に持っていってください」のメッセージとともに、いわば作品自体を「落とし物」にしてギャラリーの床に置いているのだ。落とし物を撮った写真が次の落とし物になり、訪れた誰かとの偶然の出会いを待っている。
なぜ車さんはその写真を撮ろうと思ったのか? なぜそのアングルや構図を選んだのか? 真意は明言されていない。
落とし主を想像するのは、わたしたち拾い主だけに許された自由だ。
***
フォトアートゼミの学生たちが、それぞれの個性を発揮した作品を楽しめる本展示。将来の写真家たちの、みずみずしい感性をご堪能ください。
フォトアートゼミ・グループ展「Blind, Blend, Blunt」
日本写真芸術専門学校8F WALL GALLERY
2025.6.6(金)- 6.29(日)
9:30-20:30
※土日は17:00閉館、6.8(日) & 6.22日(日)は閉館
入場無料